北征 ー戦闘準備
ちょっと短めですが……
真夜中とは言えど、その範囲は存外幅広い。零時程度であれば、まだうっすらと紫ががった雰囲気を空から感じることが多い。本当に黒、漆黒に空が染まるのは、丑三つ時、闇が最も深まる頃である。
そして今は、零時十分前と言ったところ。だから、空は紫立ちたる雲の細くたなびきたる状態でも別におかしくはないのだ。本家とは違って夜だからそれでも相当暗いけどな。だがしかし、今の空の色は、漆黒、暗黒、墨汁をこぼしたキャンバスのような奥行きのない、ただただ黒いだけの塗りつぶされたような色だ。
その空は、俺達に何かが起こる予感と、寂寥に似た何かを感じさせた。それと同時に込み上げてくるのは、焦燥。闇にせき立てられるが如く、俺たちの時間は少しづつ、ゆっくりと、だけれどたしかに進んでいった。
「皆さん、あと1分で零時です」
ジンのくぐもった、だけれど不思議と全員によく聞こえる声が、夜空に響き、吸い込まれるように消えていった。そこからの六十秒は、まさに五劫の擦り切れを待つかの如く長い時間に感じられた。時計の単身の鳴る間隔がやけに長く感じられたことはないだろうか。あんなイメージである。
呼吸、鼓動音、風の吹き込む音、全てが止まったようにゆっくり感じられた。だが、所詮は六十秒。いくら長く感じられようとも、何もできないほど短い時間に過ぎない。すぐに時は過ぎ去っていき、一過性の時間は二度と元には戻らない。鼓動音が徐々に氷が溶けるように早くなっていくのと同時に、時間感覚が段々と戻っていく。
「さぁ、始めましょう」
体内時計がよっぽど正確なのか、ジンがその台詞を言い終わるのと同時に、俺たちは次の日を迎えた。大岩が、大きな音を立てて塵となって崩れ去っていく。結晶化した岩石が剥がれ落ち、のぞいた内側は、小さな集落となっていた。
小さな、と言えどさすがに下街、そして裏町から分岐できるほどの力を持った集落。裏町と違って単一組織の集まりであるにも関わらず、その集落が収容できる人数は、目算で約三百人。
ここまでの規模であれば、先ほどの小集落という言葉が少し正確ではないと思えてくる。だが、ここは便宜上、小集落と呼ぶことにしようと思う。
この組織、「ヘキサンド」の名称からも分かる通り、数個に分岐した集落が一つになって大きな組織になっているのである。そのため、ちょっとここで大集落とか言ってしまうと話がこんがらがってしまうのだ。なので、あえての小集落という呼び方である。これは俺のこだわりみたいなもんだからそんなに気にすることでもない。ちなみにこれは完璧に蛇足だが、「ヘキサンド」の集落は裏町を中心として、大連峰中に円を等分するようにして作られている。
なんだか妙に神秘的にも感じられる崩岩の光景を呆けたように眺めていた情報屋の面々だったが、崩れていた岩が橋から順に再構築され始めているのを見て、慌てて侵入の準備を開始した。このような結界の形は裏町でも滅多に触れることのできない技術なので、興味深げにしているものも何人かいるが、ジンがそういうものには後にしろと声をかけている。
何せこれは結構重要な戦いなのである。今この瞬間から作戦行動が終わるまで一瞬たりとも気を抜いてはならない。これはそれくらい重要度の高い作戦なのだ。
俺は自分にもそう厳しく言い聞かせ、気を緩めないように留意しながら組み立てかけられている大岩の外観を慌てて潜り抜けた。
「では各々、散ってください。証明しましょう、我々情報屋の底力を」




