到達点は今此処に
アイシル・オブザベート。どこか暗い雰囲気を湛える彼女は、自らそう名乗った。『協力者』にして『観測者』。そんな彼女の名前である。
だが、そんなことよりも、俺には気になることがあった。アイシルは、俺を「堕ちた勇み人」と言ったのだ。それはつまり、俺の出自を把握しているということに他ならない。俺が「勇者」としてこの世界に召喚された存在であるということは、徹底的に隠蔽されている。おそらく、皇国側の意思だろうと思うのだが、元々勇者は「三十九人」であり、「四十人目」である俺の存在は無かったこととなっていた。
それに、マキナの方もしっかりと俺の存在については秘匿しているはずなのだ。その方が何かと都合がいいし、言質だってとったのである。もしもマキナ経由でバレたのだとしたら、もうただただ呆れるばかりである。
だが、多分そんなことはないだろう。マキナは俺たちを騙してくるが、一応嘘はあまりつかないタイプである。どっちかと言うと、曖昧な情報から相手を勘違いさせて楽しむタイプだからな。悪い意味でだが、そう言う意味では俺はマキナを信頼しているのである。
だとしたらどこから漏れたのか?皇国以外には考えられないだろう。もちろん、皇国のセキュリティだって並大抵のものではないはずだ。一国の中心地となれば、きっと相当なものである。だが、それだとしても傭兵組合「ヴァルキリア」よりも厳重かと問われれば疑問が残るところである。つまり、「皇国」経由で俺の素性が伝わったと考えるのが最も自然なのである。
にしたって、それはもちろん容易なことではない。俺は皇宮には行ったことがあるからなんとなくわかるが、とんでもないセキュリティである。だが、先ほど見せられた変身術が有れば……おそらく不可能ではない。それにしても、高度な情報収集能力が必要である。少なくともジンと並ぶレベルの強者。俺はアイシルをそう定義した。
「妄信者、ですか……」
アリアは、アイシルの発言に反応していた。小声で、アイシルに聞こえないように、そう呟いていたのである。そりゃ自分の祖先を妄信者呼ばわりされたら気持ちが良くないのはわかるが、今はどうかこらえてほしい。そう言う気持ちで、俺はアリアを見た。
どうにかその思いは伝わったようで、なんとかアリアはアイシルに矛先を向けずに怒りを自らの中に抑え込んだ。俺は、その光景を見て、ほぅ、と一息、大きなため息を吐く。どうにも気苦労が絶えなくて、困ったものである。
何はともあれ、相手が自己紹介をしてきたんだから、次は俺たちが名乗らなければ礼儀に反すると言うものだろう。正直なところ、アイシルはどうやら俺たちの背後関係を徹底的に洗ってきたっぽいので俺が今更自己紹介をしてもな……と言う感じなのであるが、こう言うのは形式が大事なのだ、と思って進めることにしよう。
俺は、一歩前に出て、言葉を発した。
「俺は、東 航。情報屋に世話になっているものだ。よろしく頼む」
「私は、アリア。アリア・フェリスタークなのです」
俺に追従するように、アリアが自己紹介を後から挟む。多少強引ではあったが、俺でこの場の全員が、名実共に顔見知りになった、と言うわけだ。これで、やっと本題に入れるわけである。
今日の本題は、もちろん情報屋の箱庭『八位』昇階の件である。だが、俺たちとしては、その前に一つ、説明を挟んでもらいたい限りであった。それが……
「さっきの幻影?あれは一体、なんだったんだ?」
そう、先程の出来事。ジン曰く、「試練」であった。これについて少し詳しく聞いておかないことには、ちょっといろいろなことが気になりすぎて話に集中できない気がするのだ。いや、この際はっきりと言い切ることにしよう。集中できない。俺は別にそんなできた人間じゃないので、気になったことを考えすぎちゃったりするわけなのである。
と言うわけで、是非とも説明をしてほしい次第であった。ジンが、アイシルの方をチラリと伺う。アイシルは、ジンの視線に気付いたかと思うと、小さく顎を引いて同意を表現し、口を開いた。
「さっきのは、私が準備したあなたたちの「人間の本質」を見るための試練。私のスキル『到達点は今此処に』の力の拡張を利用して練り上げた、あなたたちの奥底を見るためだけに作った空間」
「私の能力は万象の『到達点』を見る。その応用で、あなたたちの原点、『思想の根底』を見た。あなたたちが受けた試練、それは、あなたたちが深層心理で考えた、自分が最も受けたくない試練。それをあなたたちは乗り越えた。だから、合格」
アイシルは、初対面からずっと崩さぬ淡々とした口調で、俺達にそう述べた。
「『到達点は今此処に』?」
能力名であることは明らかだが、そこから連想できる力の内容がさっぱりだ。『到達点』を見ると言われても、正直言って、具体的になんなのか、全く想像がつかない。逆に言えば、抽象的な能力こそ応用のしがいがあるということではあるが。
あくまでいいように言えば、ということであるので、普通に考えればただ曖昧な能力、と取ることもできるわけなのだが。物事のいい面と悪い面、そんな感じである。
「そう、私の能力、『到達点は今此処には、『到達点』を魅せる力。人の欲望の根源から、自然の摂理というべき法則まで。全てを、観測し、それを映し出すことができる」
心なしか、アイシルは饒舌になっているように思われた。自らの能力の効能、その人間の根源。それを曝け出すということは、あくまで一部ではあるが自分の本質を見られるのとなんら変わらないわけであって。
信用に足る、と判断されたのであれば、それさえも信頼をさらに強固に形作るための道具にもなるわけで……まぁ、それ以上に自分の能力を自慢したい、なんて気持ちが隠れているのかもしれないが。
「一つ、例を示してあげる」
そう言って、アイシルは声を張るために、息を大きく吸った。凛とした声が、狭い部屋に響く。
「範囲指定、「下街」。映し出せ、『万物の観測書』」
その声と共に、アジトは暗転した。
ちょっと短かったので、明日加筆するかもしれません。そちらも見ていただけるとありがたいです。




