万象を見通す目
『万象を見通す目』。それが、この場所の名だった。ジンの言っていた、下街の全てが集まる店、「トゥルース」である。先ほどの不思議な少女に示された扉を進んだ先にあったのは、小さな空間と、人の姿だけであった。
その空間は、どこからどう見ても「店」と呼べるようなものではなく、どちらかというと、監視カメラの映像パネルのない警備室のような印象を受けた。印象的だったのは内装。そこは、どこからどう見たって古びた木製の建造物の中ではなかった。壁はコンクリートらしきものでできているし、内側から見たら、扉は金属製に見える。セキュリティもバッチリな、「情報屋」の第二のアジトと言われても信じれるような、そんな場所だった。
ジンは、その部屋の中にある、椅子の一つに座るように俺にすすめ、彼自身はたったまま俺をもてなし始めた。心なしか彼が気まずい顔をしているのは多分偶然ではあるまい。おそらく先ほどの少女と関係することなのだと思うのだけれど。
「先ほど、少女がいたでしょう?大方私の変装でもしていたのではないかと思うのですが」
案の定、ジンは「少女」のことを喋り始めた。俺は、とりあえず受けの姿勢だ。彼の話を聞いて、少しでも現状を把握したい。その気持ちでいっぱいなのである。なんだかんだあって、俺は今の状況を詳しく把握できていないし、いろんな出来事が矢継ぎ早に起こって混乱しっぱなしなのだから。
「彼女は、正確に言えば情報屋の一員ではないのですよ。私達に拠点と、下街の「目」を提供してくれている、協力者です。私達は、彼女のような協力者に対して、敬意を込めてこう呼びます。『協力者』と」
「以前、彼女の「先代」を助けたことがありまして、彼女は「先代」によく懐いていたようなので私達の業務を助けようとしてくれているんです。ですが、あくまでも「協力者」ですので、彼女に何かを無理強いするようなことはとてもじゃないですが……」
できない、と。そういうわけか。多分だけど、ジンは「少女」が俺に下ことについて謝ろうとしているんだろうな。別に気にしないのに、というか、ジンが謝っても仕方ない気がする。仮に俺が怒るとしたら、「少女」に対してだと思うのだけれど。
「彼女の方にも、いくら私の仲間とはいえ、力を貸す選考基準がありまして。先ほどのは、彼女の能力を流用した「試練」とも呼ぶべきものなのです。事前に通達していれば、彼女に「不正」とみなされ、航様に力を貸すことは、間接的であれしてもらえなくなってしまいますので」
伝えられず、抜き打ちの試練のようなことをしてしまい、申し訳ない、と。さっきからジンがなんだか気まずそうにしているのはそういうわけか。正直驚いたが、それでジンを責めるようなことは流石に俺はしない。忘れがちだが、そもそも居候になっている身なのだ。ある程度は彼に従うと決めているし、些細なことで彼に怒ったりはしない。
申し訳ありませんでした、そう言ってジンが深々と頭を下げるのを慌てて止めて、俺は彼にも座るように声をかけた。
「それにしても、結局さっきのはなんだったんだ?それに、アリアは……?」
ジンの背後には、先ほどからひっそりと子供達の二人が佇んでいた。気配がほとんどなくて、俺が部屋に入った時は、一瞬気づかなかったほどである。そこら辺はさすが、幹部級といったところか。
つまり、この部屋にいないのは、アリアただ一人なのである。一緒に入店したというのに、この場所に今彼女だけがいないというのは、少し不思議に感じるものがあった。
「少しお待ちください。おそらくですが、そろそろ終わるはずです。アリアがこの部屋へ来たら、全てご説明させて頂きます」
そういう風にジンが言うので、とりあえず待つことにする。まあ、彼としても同じ説明を二回するのは嫌だろうし、そっちの方が合理的ではあるよな、と言う判断である。
と言うわけで、アリアを待つまで、俺達は取り留めない雑談をして過ごした。ここは一応アジトの中なのだから、今後のことについての話をしたっていいのだけれど、それにしたってその話で決まったことをアリアに伝えるのは、結局二度手間なのでは?と思ったからである。
案外時間というのはすぐ過ぎるものなようで、気づいたら、ジンと俺は結構長い間話し込んでいた。裏町と下街の違いについてなんかを、彼に教えてもらっていたら、あっという間に時間が過ぎたのである。
俺とジンの話が話がちょうど一段落したところで、扉が開く音がした。アリアがやってきたのである。彼女も俺と同じように「試練」を受けたのであろう。心なしかいつもと比べて気の抜けたような顔をしている。面食らうことが多かったのだろう。俺もシウだったのである程度は気持ちがわかるつもりだ。
そんなアリアの後ろには、もう一人分人影があった。シックなピンクゴールドの髪。黒い胡蝶蘭のような色のゴーグル。独特な色をしているそれを見れば、先ほどの少女であることは疑いようがなかったと言える。
重厚な音を立てて扉が閉まると同時に、ジンが発言した。
「全員揃いましたね?では、始めましょうか。「下街支部会議」を」
その言葉が響くとともに、ジンの言う「会議」は始まった。ちょっと状況がよく飲み込めていないのだが、つまり、俺達が『万象を見通す目』へと来たのは、ただ買い物をするためではなかった、と言うことはよくわかった。「少女」に対する俺達の披露目など、理由はいろいろあるであろうが。
「まずは、航様、アリア、半ば騙すようにように連れてきてしまったこと、申し訳ありません」
ジンは、俺達に向けて頭を下げる。犬猿の仲、と言ってさえいいジンとアリアなので、彼がアリアに頭を下げるようなところは今まで見たことがなかった。そのジンが、アリアに頭を下げているのだ。仕方なくやったことだと言うことは分かる。
ジンは過剰に謝っているが、別に俺とアリアは大して気にしていない。別に気にするようなことでもないとさえ、俺は思っている。一旦その旨を仁に伝え、頭を挙げさせると、俺は彼に「会議」を続けるように促した。
「では、続けさせていただきます」
「まず、初対面の方々がいるので紹介を。アイシルさん、挨拶を」
ジンは、「少女」に自己紹介をするように語りかける。少女は、ジンの言葉に軽く頷き、俺達の前に出て自己紹介を始めた。
「私の名前は、アイシル。アイシル・オブザベートだ。
この店、『万象を見通す目』の店主にして、情報屋の『協力者』。さらに、十五代目『観察者』だ。よろしく。堕ちた勇み人と、獣王の妄信者の子孫」
本日から改名してwisterealとなります。変わらず読んでいただけると嬉しいです。




