世界の半分
「合格だ。案内してやろう、真の園へ。真実の楽園、『トゥルース』へ」
その言葉と共に表れた浮遊感に誘われるが如く、俺は深い深い深淵へと落ちていき、長い長い落下の果てに、ついに意識を失った。
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「やっと起きたか。間抜けめ」
次に俺が目を覚ました時、そこは古びた木造の建物の中であった。ところどころ腐りかけの場所があるように見えるほど古い建物である。そして、俺を覗き込むように見ている人物が一人。ジンである。場所こそアジトとここで違えど、何だか既視感を感じさせるような目覚めであった。
「っと、ここは?……」
俺が意識を失っていたのは、短時間、と言えるほど短い時間ではなかったのだろう。実際、仰向けになって寝かせられていた俺の背中は、軋むような痛みを訴えている。少なくとも、先ほどのことは数分というような短時間の出来事でない、というのはよくわかった。
そうとなれば次に行うべきは、この状況の把握である。俺の思考はこういう時ほどよく回るのか、確認しないといけないことが、リストアップされて次々と出てくるのだ。
一つ、此処は何処だ?
一つ、俺は今、何でここにいる?
一つ、俺に、何が起こった?
もちろんこんなのは序の口であって、もっと考えなければいけないことは大量にあるのだが、そんなことを言っても始まらないので、とりあえずこの三つに絞っておくことにする。その中で、一番把握しやすいこと、せめて頭に入れておくべき知識。そう考えたときに、俺が選択したのは場所の確認であった。故に、先ほどの発言である。
「おはようございます、航様」
対応するのは、もちろんのことながらジンである。というか、俺がこんな状況でジン以外に質問なんてするわけがない。状況把握という分野において、ジンの腕は一流なのだから。
「そして、ようこそいらっしゃいました。「お客様」」
俺が違和感を覚えた時には、それはもう終わっていた。ジンの声がエコーがかかったような声に変わっていく。そして、彼の顔が、崩れたのである。砂山が乾いて風に飛ばされるように。そして、その光景は、すぐさま首、そして胴へと広がっていった。徐々に、だけれど確実にジンの肉体が崩壊していく。だが、俺はそれを唖然と眺めることしかできなかった。
ジンが、彼の肉体が崩壊しているから、ではない。その崩れかけた体の中から、少女の姿が垣間見えるからなのである。
その少女の年齢は、外見は大体十歳。幼さの残る、というには幼すぎる形相をしている。髪型はツインテールで、暗めのピンクゴールドの豊かな髪を、惜しげもなく揺らしている。服装は、藍色の分厚いコートに身を包んでいるため、明らかにはなっていない。額にかけてある黒い胡蝶蘭のような色のゴーグルが特徴的である。
そんな少女が急に崩れ出したジンの肉体から現れたのだ。俺はきっと、相当に間抜けな顔をしていたのだろう。というか、そういう状況になって、自分が格好つけられるようなビジョンが見えないのだ。そんなことを考えながら俺が間抜け面を晒している間に、その少女は、わざとらしく足音を立てながら俺の前に近づいてきて、こう言った。
「ジンの知り合いだな?お前は『合格』だ。あの扉の向こうでこジンがお前を待っている。さあ、いけ」
高く、落ち着いた声を発した少女は、視線で俺に進むべき方向を伝えると、今度は足音を立てずにどこかかへ去っていってしまった。その少女が去って行くのを視線だけで見送りながら、俺は狐に摘まれたような気持ちで思考を巡らせていた。おそらくその時の顔は、先ほど他はまた違った形で間抜けな面持ちになっていただろう。先ほどから間抜けな顔しか晒していない気がするが、きっと気のせいである。うん、気のせいだ。きっと。
何はともあれ、先ほどの少女のことばかり考えていては何も始まらない。とりあええず彼女の話を信じるとして、俺は一歩、少女が指した扉へと歩み始めた。
その扉は、至って普通のものである。強いていうならば、古びていて少しカビ臭い、というようなものだが、それはこの店全体から感じる雰囲気そのものであり、特に扉自体にこれといった特徴はないものと思われた。
その先でジンが待っている。ならば、とりあえず進むべきだろう。俺は、そう思って勢いよく扉を開けた。正直罠なんかを疑わなかったわけではない。だが、先ほども思ったように、疑っていては始まらないのだ。それに、扉に罠を仕込めるようなつくりはない。作りがシンプルすぎて、細工の余地がないのだ。それくらい普通の扉なのである。そういう理由もあって、とりあえず信じてみようではないか。そう思ったのである。
扉が開くにつれ、光がどんどんと漏れ出してくる。よろめくほどの光が、俺の網膜に突き刺さってくる。そして、俺はその先に広がる空間に、人影を認めた。一目で分かった。それは、俺にとってこの世界で最も馴染みのある人物、ジンのものであると。
彼は、扉の音に反応したのかこちらに体を向けた。そして、その瞳に俺の姿が映ったであろうその瞬間、彼は俺に笑いかけ、深く頭を下げたあと、口を開いた。
「ようこそいらっしゃいました。航様。ここは、この世の半分が集まる場所にして、情報屋第二のアジト、『万象を見通す目』。私たちの基地の一つです」




