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悪役覇道  作者: wistereal
三章 『皇国覇道ー序 独立』
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到達の試練

「皆、着きましたよ。ここは、「下街」の全てが集まる店、「トゥルース」です」


 ジンは、古臭く腐り落ちかけている木造の建物の前で、そんな言葉を発した。「真実たち(トゥルース)」。そんな名前とかけ離れた外観の建物で、である。その名前からは華やかで豪華な場所が想像されるのだが、目の前にある建造物は、それとは全く反対の存在である。

 だが、ジンの目は冗談を言っているようには見えない。そもそも彼が冗談を言っているところなどほとんど見ないので、彼はいつも通り真実を言っている目をしている、と言った方が正確かもしれないが。とにかく、ジンの言葉を信じるとしたら?俺の中には、ただただ「不可解」が積もるばかりであった。


「冗談を言っているのではないのですね?」


 アリアがジンに念押しをする。正直、俺の気持ちを代弁してくれたようで非常に助かるばかりである。だが、子供達(チャイルド)の方は別に不可解な様子も見せていないことから、本当にここが目的地なのだと一応わかるのだけれど。分かっていてもあんまり信じられない、みたいな感じである。


「百聞は一見に如かず。一度入ってみるのがいいでしょうね。きっと、納得するはずですよ」


 ジンはそう言って、ニヤリ、という擬音語がとてつもなく当てはまる妖しい笑みを浮かべた。なんだか、挑発しているようにさえ感じる、そんな笑みである。そんな反応をされると、入りたくなってくるのが人間というもので……


「分かった。じゃあ、行こうか」


 俺は、先陣を切って、ドアノブに手をつけた。意気揚々と、扉を開けようとする。と、そこでジンから静止が入った。


「ちょっと、待ってください。一つだけ、伝えなければいけないことを忘れていました」


 そう言って、彼は俺たちの方に顔を近づけ、耳元で囁きかけるように、誰にも聞かれたくないかのように声を発した。


「私から言えることは、この店の「顧客」になるためのルールを守ってください。それだけです」


「ルールは一つ。店の中では、絶対に誰にも「嘘」はつかないこと。これだけは、何があっても守らなければいけない規則です。守らなければ、命の保障はできない、とだけ言っておきましょう」


 ジンが、この場にいる者達の実力を、強さを最もよく知っているはずのジンが、「命の保障はできない」と告げたのである。中には一体どんな危険があるのか、さっぱり想像ができない。だが、相応の強者がそこにいる、それだけはきっと確かである。

 おそらく、扉を開ける俺の顔には緊張の表情が浮かんでいただろう。実際に俺は、臆していた。ジンが「俺達が死ぬ」と断言するレベルの何かがそこにはあるのだ。それは、そのレベルの力は「天災」に近い何かだ。無理もない、と思う。だが、怯えてはいられない。その一心で、俺は重く、錆びた蝶番が五月蝿く鳴る扉を、この上ない力を込めて開けた。



 その先にあったのはーーーー天国(へブン)、まさにそのものであった。明るい店内に並ぶのは、色とりどりの菓子であったり、土産物であったりと様々。もちろん魔道具なんかも揃っている。全てが一級品で、一品物のものも多い。雑多に並べられているように見えて、考え抜かれた配置が購買意欲をくすぐる。

 そして、それら全ての商品に共通して言えることは、俺達を皆一様に虜にするということ。どの商品にも魅力があって、すべてのものに自然と目が入ってしまう。まるで、夢のような空間。だから、そんな魅力に流されて、俺は気づかなかった。ある「声」が、聞こえてきていたというのに。


「『到達点は今此処に(ディスティネイション)』 診てやろう、お前の淵を、奥深くを」



 夢とは、覚めるものだ。永遠に見続ける夢とは、それがもう現実と言って差し支えないものなのだから。だから、夢は夢、今は今として切り分けて考える必要がある。現実と夢が反転する前に。


 何が言いたいかというと、俺は今、一人で暗闇の中にいた。一人で、しかも暗闇の中である。不穏な気配が満載、と言ったところだろうか。今さっき、ほんの一秒前まで、俺は確かに店の中にいた。ジンやアリアと一緒に、商品を見て回っていたはずなのである。でも、実際ここは、「トゥルース」の中ではなくて、よくわからない暗闇だ。俺は、瞬きをするような、そんな一瞬の間に、この場所に連れてこられたのだ。

 どうやって、とかはもう基本的に考えることはしない。魔法を使ったらいくらでも不思議なことなんてできるし、純粋な肉体だけで化け物のような者もいる。だから、俺が今考えるべきは、何故。なぜこんな事をしたのか。俺を隔離して相手の目的は?何もわからない以上、迂闊に動くことができないのが現状であった。


 それから数分、とにかく俺は変化を待ち望んでいた。今まで、本当に何も起こらず、周りを警戒しながらずっと「トレース」をいつでも発動できる状態に整えるばかり。何もアクションが起こらない以上、俺が何か行動を起こすのもそれはそれで違う。だからこそ、俺は待つ必要があった。今から、これから何が起きるのかを。


 だから、嬉しかった。狂喜さえした。「足音」が聞こえてきたのだから。それは、明確な動きであり、同時に俺がこれから何をすればいいのかの指針でもあった。その人物の行動に合わせて、俺のこれからのアクションを変えていけばいい。それが最も確実な方法で、失敗しないための処世術だ。



 だが、結果論を語るとするならば、それがうまくいくことはなかった。なぜなら、足音とともに徐々に現れた人物、それは俺、『東 航』そのものだったのだから。

 化けているわけでもない、本能で分かる。目の前には、確かに()()()()。まごうことなき、自分そのものが、今俺に牙を剥いていた。いや、敵対しているとはまだわからないのだけれど、でもまあこのタイミングで姿を見せたということはそういうことだろう。


 パキン、そういう音がした。相手からではなく、自分の手元からである。慌てて自分の手のひらを見れば、俺はガラス片を握力で粉々にしていた。「トレース」を使わない、純粋な握力での話なのだ。普通は、リミッターがかかっていて、やろうとしてもできない、というか、やろうとしない。

 でも、実際今、俺はそれをしていた。震える手を無理やり慰めるように、それをしていたのである。それを見て、俺は理解した。俺は、恐怖しているのだと。この目の前の、絶対に自分ではないのに、自分以外の何者でもなく、得体の知れない男に。

 自己同一性、どこかでそんな言葉を聞いたことがある。それの崩壊、今、俺に直面する宇宙の法則であった。「東 航」は、二重存在を許さない。そんなプログラムが働くのである、それにより、本物偽物問わず、どちらかが淘汰される。いや、違う。勝ち残った物こそが本物なのである。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁ」


 気づけば俺は、威勢とも悲鳴とも取れる声を上げながら、『俺』に襲いかかっていた。死ぬまいと、決死にそれだけを考えて。だが、そんな極限状態であれ俺は、自らの習性を失うことはなかった。『俺』であり、決して俺じゃないそいつは、同じように叫び声を上げて、俺に襲いかかってくるようなことはしなかった。ただ、冷めた目で、ひたすら冷静にこちらを伺っているだけ。

 その様子を見て、俺は急速に頭が冷えていった。俺をできうる限りコピーしちゃいるが、目の前の『俺』は決して俺じゃない。誰か、途方もなく性格の悪い人間が作り上げた幻影とでも言うべき存在。俺を真似た、意地の悪い出来損ない。ならば……


 俺は一旦、郷里を取るようにして、大きく『俺』から離れた。『俺』を作り上げた人間は、おそらくとんでもなく意地が悪いか、とんでもなく臆病かの二択だ。そんな人間なら、どうする?『俺』を倒す方法をどのように用意するか?

 俺だったらこう考える。「「冷静さ」を欠いたものは絶対に勝てないように設定すればいい」。であるならば、狙うべき場所は、俺の最も突かれたくない場所。俺の一番の強みを考えれば……


「目か!」


 俺は、気づきと共に走り出し、一瞬で『俺』に接近を終えたかと思うと、攻撃を繰り出していた。だが、流石に避けられる。やはり簡単に倒せるようにはなっていない。だからこそ、俺の仮説は信憑性を増す。

 俺の放った攻撃は、体を捻って半周して勢いをつけてからの()()()()()。それで流石に目は狙えない。当然だが、本撃は、二発目。


「『トレース』!」


 俺は素早く地面に右手をつけて、体を最大限に捻る。そのまま、死角外から、左足で眉間を破壊するつもりで、蹴りを放った。


 案の定、と言っていいのかはわからないが、俺の攻撃を受けた『俺』は、紙粘土のようにボロボロと音を立てて崩れていった。その結果残ったのは、土のような塊のみ。おそらくは、『俺』はゴーレムのような何かだったのだろう。多分そうだ。

 しかし、一体これは?何のために?誰が?俺は、脅威を排除して早くも思考モードへ没頭しようとしていた。考えなければいけないことは、ごまんとあるのだ。だが、その思考を邪魔するような声が、脳内に響いた。


「合格だ。案内してやろう、真の園へ。真実の楽園、『トゥルース』へ」


 それは、初めて聞くはずなのになぜか寂寥の念を感じさせる声。深く、遠く、そして自分の起源を感じさせるような。何故だか心が掴まれるような声。

 それを聞いた瞬間、地面が開き、俺は否応なしに落下の波へと、人の心の淵のような奈落へと飲み込まれていった。

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