姉妹
アリスフィーネの瞳は『銀』だった。その事実は、瞬く間に宮廷中を走り抜け、「承血の儀」に呼ばれなかった貴族とも言えないような弱小貴族たちにも伝わることとなった。
それからしばらくの間、マーガレットはアリスフィーネといる時になると奇妙な感覚を感じていた。嘲るような、失望したような、軽んじるような目線。それが、自分ではなく、敬愛する姉に向かっていたのだ。そのような視線を受けるのはいつも自分であったし、そもそもアリスフィーネは今まで非難を受けるようなことを何ひとつとしてしてこなかった。
だからこそ、アリスフィーネには深く刺さったであろう視線。それを前にして、マーガレットは何もしなかった。何もすることができなかった、ではない。しなかったのだ。姉への擁護も、そのような視線を向けたものへ怒りを発露させることも。
もちろんマーガレットは姉への親愛と敬愛を失ったわけでは決してなかった。相変わらず姉へは溢れんばかりの尊敬を向けていたし、それはポーズでもなんでもなくマーガレットの心からの感情であった。
ただ、マーガレットの中で、姉は庇う存在ではなかったと、それだけの話なのであった。アリスフィーネはなんでもできる。そんな妄信にも似た考えが、マーガレットの脳内を占拠していたのだから。だから、ほんの少し瞳を横に向けて、姉を気遣う。それだけのことがマーガレットにはできなかった。アリスフィーネの瞳が日に火に澱んでいることに、気づかなかったのである。
だが、数ヶ月もすればその視線はだんだんと消えていった。『銀」の瞳というのは、確実に血統魔法を受け継いでいる証であったからである。単に親から受け継ぐ血の薄さが要因であって、アリスフィーネ自身に何ら問題は無かった、周りのものもそう捉えていた。
血統魔法の「血」は、武芸に優れ、智才豊かで、芸事さえもそつなくこなす、そんな者を好む。それは、固有魔法を発現させた者のように豊かな才を持つ者に惹かれているからである。であるから、アリスフィーネが多才な少女であった以上、単に親から受け継がれる血が薄かったのだと、そう解釈するしかないのであった。
アリスフィーネが『銀眼』ならば、マーガレットも等しく『銀眼』か、それ以下の証を持たない瞳。当然のように、アノルフィア皇国の中枢部はそう考えた。であるから、今まで通り、皇女姉妹の関係性はなんら変わることの無かったのである。
その状態は、数年続いた。アリスフィーネが次期皇帝だと目されていることに、誰も疑問を持たない、そんな日々が。だが、世界の意思と運命の神は、どこまでもアリスフィーネに無情だった。
マーガレット十歳。アリスフィーネから数年遅れての「承血の儀」が、アリスフィーネを地獄に叩き落とした。
「我が血、我が器、我が心、存分に育ちけり。我が祖よ、貴殿の血を、我に、解放したまえ」
変わらず広大で荘厳な広間に、マーガレットの声が響き渡る。一文字、一文字、声が響き、反響を生み出すたびに、金色の光が、アリスフィーネを包んでいた。明らかにアリスフィーネの時とは違い、確実に祖から祝福を得ているのだと思わせるその色、光景。その場にいた誰もが本能的に感じた。無才であると侮っていたこの妹こそが、より濃く血を受け継いだのだと。
その推測は正しかった。金の光が儚く飛び散っていった後、マーガレットの目は、元の銅褐色から、爛々と輝く『金』へと変化していた。それは、確実に血統魔法を受け継いだ証拠。血は多才な姉ではなく、目立たなかった妹の方を選んだのである。
その日から、皇女姉妹の日常は、一変した。アリスフィーネは、『金眼』のものが姉妹にいる以上、何をどうしても皇帝になることは叶わない。「初代の血の濃い者が皇帝になる」。それが皇国の絶対的なルールであり、大国を支える拠り所からである。当然、今まで惜しみなく与えられてきた教育の資金はマーガレットに回されることになる。
今まで万物に愛され、愛してきたアリスフィーネに愛を向けるものは、もうほとんどいなくなってしまった。アリスフィーネの手元にあるものは、ほんのわずかな後援資金と、小さな別邸だけになった。優秀な講師も、共に語らえる仲間も、婚約者さえも、皆マーガレットの元へ向かったから。
それに引き換え、マーガレットは、今まで姉に向けられていた期待の視線が自らに向けられることに喜びと不安を感じる毎日であった。いつも「二番目」であったマーガレットにとって、それは大変ながらも、やりがいのある日々。マーガレットは、今まで全く無かったことに戸惑いながらも、着実と仲間を増やし、能力を磨いていった。
大国中から選りすぐられた講師が彼女の学習をサポートしたし、心強い友も、素敵な婚約者もできた。何者にも遮られず、自由に、自らの思いのままに過ごせる毎日。マーガレットは研鑽に励んだ。期待に応えたい、その一心で。
その全てが、もともと姉のものだったと知らず。姉が今、どんな屈辱とかんじ、どんな生き方をしているのかも知らず。
何はともあれ、その結果、マーガレットは姉に比類するほどの力を身につけた。芸事も、武芸も、知識も。元々血が選んだ者である以上、マーガレットのポテンシャルは相当に高かったし、それ以上に恵まれた環境が後押ししたからでもあった。「誰でも天才になれる」言ってしまえばこのような環境が、マーガレットを育てたのだから。だがそれは、国の頂点たるものは非凡でなくてはならないという、力あるものの驕りに過ぎなかった。
だが、この変化による副作用は確かに存在した。姉妹の仲が、徹底的に拗れる原因となったのである。アリスフィーネは自分の全てを奪っておきながら褒められ、のうのうと暮らしている妹に対して複雑な感情を抱いていた。嫌悪、嫉妬、その一歩手前の感情と、妹への愛が混雑する、そんな思いを。
また、マーガレットはいつも努力を重ねていたのにもかかわらず『瞳の色』などという理由で生きがいを奪われた姉にどう関わればいいのか分からず、遠慮して二人で話す機会を持とうとしなかった。
こうして、そこそこ仲の良かった姉妹は、完全に断絶されてしまったのである。
マーガレットは、それでもアリスフィーネに対する敬愛を持ち続けていた。何があってもアリスフィーネは自分の大切な姉なのだと、その思いを捨てなかったから。だが、二人の関係は歪んでいく。
アリスフィーネは負の感情を全く表に見せず、溜め込み続けるようになった。マーガレットは、姉に構ってほしい、その一心と、期待に応え続けようと気張ったせいで、どこかで忍耐の糸が切れ、肥大した自尊心を持つに至ってしまった。
負のサイクル、悲劇である。権力を持つものの周りではよくあることではあるのだが、当人たちにとっては悲劇以外の何者でもない。それが普遍的な物であろうとも、悲劇は悲劇。世界を壊してしまいたいと、そう願い始めてもおかしくないほどの重圧が、まだ多感な少女たちの胸に大きくのしかかっていた。
どこか歪んだ姉妹の関係は、ゆっくりと、でも着実に、周りを巻き込みながら、国にさえ影響を与えながら、壊れ始めていた。
明日から三章に入る、と言いたいところですが、二日間程お休みをいただきます。現在ストックが完全に消失し、一日一話という非常に危うい状態を繰り返しております。作品の質が下がることも考慮し、お休みをいただきたいと思います。とはいえ、気が向いたら明日もキャラクタープロフィールなど、軽いものを挙げるかもしれませんので確認していただけたら幸いです。




