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悪役覇道  作者: wisteria
第二章 『裏町覇道』
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種明かし

 ファイズは怒っていた。猛烈に。側から見ている俺でもわかる。濃厚で芳醇な、マグマのように熱い憤怒。それが一心にサリサへと向けられていた。常人であれば睨まれただけで怯み、失神してもおかしくないほどの怒気が。


 サリサは、壁に叩きつけられてしばらくぐったりとしていたが、気付け薬のような怒気に当てられて慌てて意識を覚醒させた。このまま呆けていては何をされるか分からない。そんな生存本能が彼の怒りによって呼び覚まされたのであろう。

 「良薬は口に苦し」と昔から言われているが、悪薬にも、もちろんのこと苦いものはあるわけで。


「証明してあげよう。あの方の神の如し威光を。全てを見通す計略を。震えるがいい。神の裁きに怯えて」


 静かに彼の口から紡がれた言葉は、その口調とは裏腹に殺気を大いに含んだものであった。まだ短い付き合いではあるが、彼が激情に飲まれることは本当に珍しい。そんなことくらいは流石にわかる。

 彼の怒りがサリサ、ひいてはハマーディッシュに直接向かっているからいいものの、その感情を自らが浴びたら、と思うとぞっとしてくる。『偶像の祖悪魔』。その力を見せつけられた今では、ファイズに万が一にでも勝てるとは思わなくなってしまっていた。そして何よりも恐ろしいのが、そんな配下を従えるマキナ。


 そんなことはきっとサリサも分かっているはずである。先ほどの彼女の虚勢は、彼女自身がまだ負けていないと信じ込むための自己暗示みたいなものであったのかもしれない。


「ショータイムだ」


 もう一度、そして高らかに。彼は右手の指を鳴らした。その音は、世界中に響き渡ったと思えるほど遠くまで飛んでいって、残響がただただ俺の耳の奥にこびりついて離れることはなかった。


「そもそも、サリサ、君が「傭兵組合(クラン)」に潜入することになった理由。言ってみな」


 マキナは唐突にサリサに話を振った。多分「答え合わせ」に必要なことだろうとは思うのだけれど、あまりにも急だ。いきなりすぎてサリサも呆然としている。だが、まあファイズが彼女に配慮しなければいけない謂れもない。そもそも彼は彼女を追い詰めるためだけにこの茶番を作り出しているのだから。

 サリサは、しばらく呆然としていたが、答えないと何かしら危害が加えられる可能性がある、なんて最悪のことに思い当たったのか、渋々とではあったが口を開いた。


商会長(ボス)から指示が入ったからだけど?まさかそれすら計画のうちだなんて負け惜しみ、言うはずがないわよね」


 喋るとなったらはっきり喋るのだが、いかんせん素直に喋れないのが困ったところである。生殺与奪の権を握っているのがどちらかなんて分かりきっていることであろうに。


 ファイズは、ぴくり、と一回目尻を動かした。明らかに怒っているであろう時に出る生理現象だ。今の彼を怒らせたらただでは済まない。だが、彼女には「役目」がある。俺もそれについては全く知らないが。

 とにかく、彼は仕事ができる男なので、その「役目」を果たすまではサリサに対してほとんど危害を加えることはない……はずだ。その分、彼女が「役目」を終えた後どんな地獄が待っていてもおかしくないのではあるが。


「そんな負け惜しみを言っちゃうんだなぁ、これが。全部コントロールされてたんだよ?君達は」


「君がヴァルキリアに来たのって二ヶ月ほど前だよね。その時、「表」の中心部で何が行われてたかは知っているよね?」


 俺でも分かる簡単な問い。いや、俺だからこそ分かる問い。そして、サリサも何かしらピンとくることがあったようで、浮かべていた怪訝そうな表情を一瞬腑に落ちたものへと変えた。


「勇者召喚か」


 勇者召喚。俺のこの世界での記録の第一ページ目にして起源。俺はあの白い光を絶対に忘れることはないだろう。たとえこの先何十年、何百年と時を重ねたとしても、だ。


「ご明察」


 ファイズは楽しそうに笑う。心底愉快そうに。だが、その顔の笑みと比例するように、サリサの顔は曇っていくばかりだった。


「今この世界の「勇者召喚」だなんて表に言えない大儀式、どこかしら噛んでるに決まってるよねぇ、裏の人間が。でもそれをしちゃったら盟約破りじゃん?だから僕達はアノルフィアを徹底的に洗った」


「そしたら、出てくる出てくる「マーディッシュ商会」の痕迹。冗談みたいに隠蔽が甘くて逆に罠なんじゃないかと疑っちゃったよ。そこらへん「協会」はもうちょっとちゃんとしてたぜ?」


 この組織内通してんじゃないか?じゃなくて、この団体と内通してる組織がありそうだな、という考え方な訳か。確かに今回みたいなケースの場合その探り方が一番正しいように思える。


「で、絶対になんらかの形で情報の探りを入れてくると思ったマキナ様は、あえて検閲をゆるくした。君みたいなマヌケを誘い込むためさ。その時期に入ってきた「秘書」志望。怪しいよねぇ?疑われるのもわけないでしょ。流石にさ」


「だって「秘書」だなんて、傭兵組合に入って熱望するような職業じゃないしさぁ?秘書やりたかったらもっと別のとこ行くでしょ、普通。それに何より、秘書なんて、さぁ情報探りますよって言ってるもんじゃん」


 この話を聞いている限り、最初から計画のうち、ってことはなかったように思えるけど。あくまで臨機応変に対応しているだけ、というのが俺の感想だがな。

 でも、多分今の追い詰められているサリサにとってはファイズの話すこと全てが真実に聞こえるはず。巧みな話術、なんてレベルじゃない。精神操作の域で相手を手玉に取っているじゃないか。


「でも、だからと言って今この状況を全て作り出したと言うのには無理がある。作戦なんてもんじゃなく、今お前らが有利なのは、悪魔の力と偶然の産物じゃないか」


 確かに彼女の言っていることも理にかなっている。今の説明だけじゃこの戦況の全てを計略でコントロースしたとは言い難い。だが、マキナならやりかねない。そう思わせるだけの実績と実力が、彼にはあるわけで。


「愚図が、話は最後まで聞け」


 ファイズは、途端に不機嫌になり、冷たい視線で罵倒の言葉を浴びせたかと思うと、急に機嫌の良い顔になって再びマキナの策略の種明かしを再開した。


「じゃあ聞くけど、何故「契約不履行」になる恐れがある中で、喉から手が出るほど欲しい「黒髪黒目の少年」に手を出さなかった?君たちが望むように彼は魔法の才すら証明して見せたと言うのに」


 「黒目黒髪の少年」、か。何故、マキナがあそこまで確証を持ってマーディッシュが俺を狙うと言い切れたのか、それが分かったような気がした。つまり、攻略の優先順位の話だ。

 今回の勇者は日本人なのだから、ほとんどが黒目黒髪。仕入れてきた奴隷を勇者のスケープゴートにするとでも考えれば、必然的にそのような容姿の者の存在が必要になる。それで俺が狙われるとあそこまで自信満々に断言できたのか。不思議に思っていたことが、一つ腑に落ちる。


 サリサは、そんなファイズの質問に端的に答えを投げ返した。


「マキナに聞かされたからだよ。その少年が囮だってな。正確には私が勝手に聞いていただけってことになるんだが。いつもは、新入りだからって理由で重要な会議とかには同席できないから、何かしら情報が得れないかと探っていたのさ」


「そしたらその少年がマキナと話をしている席にたまたま同席できてね。そこで「囮」の話をしていたってわけさ」


 でも、マキナが内通を疑っている相手に対して重要な作戦情報を流すとは考えづらい。つまり……


「それこそがマキナ様の戦略。うっかりして貴女に聞こえるように作戦内容を喋ってしまった?マキナ様はそんな下手を打たない。貴女に聞かせるために喋ったんだよ。今日、この時、貴女をこの場所に留めるためにね」


 留める、だとしたら非常に合理的である。相手の作戦の裏を書いて嫌がらせをしてやろうと思えば、この場合最も効果的なのは俺にずっと囮をやらせることである。サリサ達はこの場でただ耐えるだけでいい。それだけで俺たちの作戦を破ることができる。

 だけど、留める?なんのために?サリサをこの場に留めてなんの徳があるって言うんだ。俺が消耗するだけで何も起こったりは………


「まさか…」


 サリサの声は力なく彼女の口から吐き出された。彼女が思い当たったであろう最悪の可能性。おそらく俺も今、同じことを考えている。


「貴女がここでしてやったりとほくそ笑んでいる間に、全ての奴隷の解放と「証拠」の改修を行なった。貴女が今、この屋敷の最高守護責任者だから、それが機能しなくなるのは大きかったよ」


 ありがとう、彼はそう言って、サリサの目をしっかりと見て微笑んだ。それは、明らかに追い打ちをかけるための感謝の言葉だった。


 絡め手、小技。それを駆使して、マキナはマーディッシュ攻略の一番の障害を取り壊して見せたのだ。俺は、今回の作戦の全貌を初めて知り、ただただマキナの深謀遠慮に驚愕を感じ、呆然と立ち尽くすしかなかった。

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