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悪役覇道  作者: wisteria
第二章 『裏町覇道』
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「『偶像崇拝(チャーミングアップ)』」


 ファイズの発したその声は、恐ろしくもどこか惹かれる魅力を孕んでいた。もっと聞いていたい。これ以上聞いたら呑まれる。そんな相反する考えが顔を出すほど危険な雰囲気を持ち合わせていたのだが、それでさえ聞き惚れる理由に拍車をかけるだけのものでしかなかった。

 明らかに危険であるはずなのに抵抗する気にならないその声は、するりと自分の内側に入り込んできて、俺の根底を揺るがし始めた。

 曰く、「ファイズ・ヴァルキリアに忠誠を」。曰く、「喜びの起源こそが彼への従属である」。と。


 その考えは、たちまち心内に根付いて、自らの拠り所となりつつあった。あんなに抱いていた「ジン・フェリスタークへの信頼」が掻き消され、残っているのは、ファイズへの賞賛と彼を称える讃美歌。

 数秒前の自分であったらありえないほどの変わりよう。まだ冷静に思考できる部分が残っているからなんとかなっているものの、後数秒でこの思考回路さえも「ファイズ様万歳」という阿呆なものへと変わり果ててしまうであろう。

 それは流石に避けなければいけない。臆病な狐は決断と行動を怖がるが、それよりももっと誰かの言いなりになることを拒むのだ。何が一番危険を孕んでいるのか、身に沁みて知っているから。


 かといって、俺にできる抵抗法は『気合い』だけだ。プラセボ効果とかいう曖昧で、火急のピンチに拠り所にならなさそうなものに頼るのは可能な限り避けたかったのだが、もうそれでなんとかするしかない。


 せめてもの抵抗。彼の目を見ない。身内で響く賛美の声も聞かない。ただ、自らを『悪役覇気』で覆い隠し、ひたすらに耐える。愚直で、解決する見込みもほとんどないような粗雑なプランだ。

 だが、もう頼れるものがそれしか残っていないことも認めたくはないが事実。ただ耐える、耐える。


 そうしていると、だんだんと根元を塗り替えるために必死に心の中で張り続けていた賛美の声がどんどんと弱くなって行くのが感じられた。これ幸いとさらに心を保護し、閉じこもる。数秒もたてば、完全に奇妙なファイズ支持の思考はどこにも見当たらなくなっていた。


 ほう、と一息大きなため息をつく。そして、耐えるために固く引き締めていた瞳を世界を映すために緩めた。この戦いの決着をつけよう、醜い心内ではなく、うわべだけでも綺麗な外界に目を向けよう、と。

 だが、眼前にあったのは、混沌と醜悪そのものだった。


「は?」


 思わず漏れるは、多くの感情を含んだ疑問の声。いや、疑問と呼んでいいかも分からないほどに簡潔で、さまざまな思いが載せられているものだった。

 疑問、混乱、失望、現実逃避、何に対してか分からぬ憤怒。何より、人の心内を表すが如しその光景への、失望。


 目の前の世界に広がっていたのは、野蛮で醜い戦い。別にファイズとサリサのものじゃない。今までファイズに信頼と神に向けるが如し視線を送っていた元敵のファイズ信徒達が争っていたのだ。

 一応「殺さない」みたいな取り決めがなされているのか死亡者は出ていないようであったが、数十人がただただ相手を害するためだけにこの光景を繰り広げているのには心底吐き気がした。


 だが、同時に大きな疑問が俺の中を駆け巡った。言うまでもなく、「how」。「どうやって?」である。考えても見てほしい。俺が自らの根源を揺るがす声と戦っていたのは長い時間ではない。やけに長く感じられただけで、実質時間はほんの数秒。色々と計算に入れたとしても、ファイズの声が響いてからまだ十数秒である。たったそれだけの時間で、こんな混沌が作り出せるわけがない、と思う。


「分かったかい?これが『偶像の祖悪魔』の力だ。彼らは一の心に招き入れた『偶像(ぼく)』を一生信仰し続け、どんな命令にも従う。僕の命令には忌避感すら抱かなくなる。僕に堕とされた奴は、魂を喰われたようなもんさ」


 種明かしは単純。強者による、弱者のことなどまるで考えないただの暴力。この世で一番理不尽で、この場で最も正しい理屈。「強いものは何をやっても許される」。まさにここは、裏町の縮図と化していた。欲しいものは暴力で奪い取る。

 そんな考えをどこの誰からもひしひしと感じ取れる。俺は、なんでもいいからこの状況が終わってくれと、切に願った。


 その願いが叶ったのか、はたまた偶然か。間違いなく後者だろうが、醜い喧騒は鳴り止んだ。だが今度は、逆にうるさいほどの耳鳴りがしそうな異常な静けさがこの場を支配していた。俺は、醜い喧騒の発生源が今どうなっているのか、恐ろしくて目を向けることも出来ず、ただそちらを見ないように棒立ちでいることしか出来なかった。


「おや、終わったみたいだね」


 静寂を破るように、ファイズのあまりにも軽すぎる声が聞こえてきた。こんな状況を創り出しておいて、何故そんな声が出せるのか、俺には理解のしようもなかった。ただ、彼と俺は全く違う人種なんだな、と思い知らされた。


「これで分かっただろう?僕が「祖」であるってさ。吸血継帝(きみ)の魅了の力じゃあここまでは出来ないもんね。分かったら跪け。「継」が僕の手間を煩わせるなよ」


 一変してあまりにも冷たいファイズの声。もう俺にはこの状況がなんだか分からなかったが、一つだけ身に沁みて分かったことがある。絶対にファイズを敵に回してはいけない。絶対に。それだけで、死ぬほどの苦痛を与えられて、それでもそのことに疑問を抱けない。そんな最悪の未来が起こりうる。

 そう考えると身震いが自然に巻き起こる。完全に俺はファイズに恐怖の感情を抱いていた。彼は、俺なんか比べ物にならないほどの「悪役」。そんな彼に対する純然たる畏敬が俺に襲いかかってきた。


 恐ろしいのだろう。サリサは先ほどから一言も声を発していない。その白い顔ははっきりとわかるほど青に染まり、表情は絶望を抱いている。よく見れば目も僅かに焦点が合っていないのが分かった。つまり、心が折れたのだ。完全にではないだろうが、それも恐らく時間の問題である。


「黙ってんなよ。君に今折れられたら困るんだ。まだ働いてもらわなきゃならないんでね。君は今から噛み締めるんだ。マーディッシュ商会の終わりと、君らが侵した罪の償いの様子を」


 マキナの声は、俺には死刑宣告のようにしか聞こえなかった。冷たい声は、元同僚としてのサリサを完全に見ておらず、一片の情けさえも感じさせることがなかった。


 その瞳に臆されながらも、サリサはなんとか言葉を捻り出した。彼女なりの最後の抵抗。俺にはそれはとても儚いものに感じられたが、恐らく彼女にとっては最大の拠り所。その分それが潰された時の恐れは大きそうであった。


「私達には皇国の後ろ盾がついた。それに、今回の「定例会議」で『一位』を排除する計画が進んでいる。それが成功すればお前らの首なんてすぐに地面と仲良しになるさ」


「私を威圧するんじゃなく、逃亡の準備でもした方がいいんじゃないかい?大事な大事なご主人様が泣き喚いて死ぬのを見届けたくないんならさ」


 あ、地雷を踏んだ。そう思った瞬間、サリサの体は壁に埋まっていた。その少し後に遅れて響く轟音。つまるところ、ファイズの怒りを買ったのだ。彼の魔法が直撃したのである。ヴァルキリアの面々は心の底からマキナについていきたいと願ったものばかり。マキナへの侮辱は、彼らの前で決してしてはいけない。

 ファイズは、サリサの目の前まで歩いて行って、殺すような目つきで彼女に言葉を放った。その声は、今までのどんなものよりも低く、恐ろしかった。


「馬鹿にするなよ。ヴァルキリアではマキナ様が一番強い。お前に「役目」がなかったら、お前の首が地面とくっついていたかもな。自分の立場を弁えろ。言葉遣いには気をつけろよ」


 彼の言葉が虚勢でないのは誰の目から見ても明らかだった。

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