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悪役覇道  作者: wisteria
第二章 『裏町覇道』
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継と祖

「ショータイムといこう」


 その言葉は、場の雰囲気を全て掻っ攫っていった。紛れもなく、今この場所においては彼こそが中心。一挙手一投足を誰もが見守る。誰かに指示をされたわけでも、何らかの強制力が働いたわけでもない。彼の先導者の資質(カリスマ)、もしくは英雄の風格(プレッシャー)とでも言えばいいだろうか。ただただそれに圧倒されているだけ。

 所謂、探偵の答え合わせ。それが聞きたい傍観者の心境というものにも近しいものがあるかも知れない。色々な言い方はあるだろうが、ただはっきりしているのは、たった今から、彼が戦況の全てを動かす強力な軍師になったということ。


 さらに言えば、彼に光が集まる分濃くなる闇の中で、好き勝手に行動できる人数が増えるということ。とにかく、ただの登場シーンだけで、彼は俺たちに圧倒的に有利な状況を生み出してみせたのだ。もちろんそれは精神的なもの。だが、精神は体と密接に繋がっている。俺はそれを実感したばかりである。


「やだなぁ。もっと盛り上がってくれないと気分が湧かないだろう?オーディエンスがいてこその種明かしじゃないか。ただ一人でぶつぶつ喋っている奴がいたらそれこそただの変態だろう?」


 彼は、やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめ、不満そうに言葉を漏らした。不満を感じるポイントに絶大な違和感を感じるが、まぁそれは仕方あるまい。「天才の感性は独特」と言うし、やっぱりこだわりが強い方が強い力を発揮できるっぽいので、そう言うのは聞き流すべきだと学んでいる。

 それよりも特筆すべきは彼の影響力だ。場の雰囲気が異様に盛り上がっている。彼の芝居が勝った一つ一つの動作が()()を沸かせているのだ。

 敵を、である。それも、訓練を重ねてきた強者の部類に入る傭兵たちを、だ。俺との戦いを分析しても分かる。彼らは自分の役割を果たすために各々がしっかりと動いてきた。

 敵ながらあっぱれと言いたくなるぐらい見事な連携を披露してみせたりもしたのだ。なのに、そんな洗練された者たちが、裏切りに近しい「敵への共鳴」をするか?普通に考えたらありえないことが、今眼前で起こっている。


 それが、ファイズにとっては技量一つで叶えられるような容易なことなのだとしたら?それはもう、彼が天性の魅了の才能を持っていると言っていい。もしそうならば、集団指揮をことごとく使い物にならなくさせることができるであろう。統率の破壊手、『軍殺し』。俺は、そんなあだ名を心の中でこっそりと彼につけた。


「出てきなよ。君もいるんだろう?『サリサ・ヴァルキリア』。いや、呼び方を変えよう。君にとってはこっちの方が馴染み深いだろう。なあ?姿を見せてくれよ。『サリサ・マーディッシュ』。君がネズミだったんだろう?」


 相変わらずの芝居がかった動作で、彼はすぐ近くの曲がり角の先へと呼びかける。いや、その先にいる何者かに問いかける。

 だが、俺が気になるのは、やはり『サリサ』という人物である。というか、今の話を聞いたら誰だって『サリサ』の存在を意識することは間違いないであろうが。


 実は、一名だけ『サリサ』に心当たりがある。『サリサ・ヴァルキリア』という人名を聞いた時にピンときたのだ。傭兵組合(クラン)「ヴァルキリア」の名を冠するものは裏町にごくわずか。ヴァルキリアの中枢の中枢だけが与えられる姓。それが『ヴァルキリア」だ。

 その中でも、マキナの秘書達は、皆ヴァルキリア姓を与えられていると小耳に挟んだことがある。そう、『サリサ・ヴァルキリア』。マキナの第二秘書の名がまるっきりそれだったのだ。マキナの私室に行った時にお茶を入れてくれた秘書さんである。


 だが、俺は頭に浮かんだその可能性をすぐに打ち消した。いや、それは正確ではないか。「打ち消そうと努力した」が正しい。あの「マキナ・ヴァルキリア」が「ネズミ」つまりスパイのような敵側についている者を自分の秘書にするわけがない。そう信じたかったから。

 別に信頼なんかじゃあない。ただ単に、彼が信頼する人物を信ずることができないのなら、俺はこのあまりにも厳しい裏社会でこの先誰も誰も信じることができないだろう。それだけは御免、ただそれだけの理由だ。

 俺は、『サリサ』という別人がもう一人いて、今まで勝手にヴァルキリア姓を名乗ってきた、そんなあまりにもできすぎな妄想に縋るしかなかった。


 だが、そういう願いはほぼ確実に裏切られる。俺は、今までの経験から自分のそういう勘は悪い方に当たると知っていた。今回も、案の定。


「相変わらず趣味が悪い。なぁ、『一位』様?」


 隠れるのは無駄とでも思ったのか、冷徹に足音を響かせて姿を現したその人物は、確かにあの時、俺に紅茶もどきを入れてくれた秘書さんに他ならなかった。

 ただ、あの時と声も仕草も全く違う。きついショッキングピンクのベリーショートをかき上げ、彫りの深く、白く整った顔立ちと翡翠の瞳を歪め、悪態をつきながらやってくる彼女は、『サリサ・ヴァルキリア』には到底見えなかった。


「知らなかったよ。『二位様』もこんなにもご趣味が悪いなんてさ」


 対する、ファイズの雰囲気も刺々しいものへと変貌している。ちょっと今までのファイズと雰囲気が変わりすぎて困惑しているが、所謂『背景』、彼の影響にあてられた者達は、その違和感すら感じ取れていないように見えた。まるでファイズが精神を完全に掌握したかのように感じられて、恐怖を覚えた。

 同時に実感する。これは彼なりの選別。この影響に当てられずに残ったものだけが、脇役にしろ『物語』に参加する権利を与えられる。

 現に、今意識を正常に保っているのは、この場ではファイズ、サリサ、俺のみ。子供達(チルドレン)は全員別行動であったから被害を免れたのか、魅了にかかったのは完全に敵だけであったのが唯一の救いだ。


「参ったなぁ、いつからだ?」


 サリサがファイズへと問いを投げかける。その眼中には、俺の姿はどこにもなく、自分の立ち位置が「脇役」なのだと強く印象付けられた気がした。現に俺は、彼らが何の会話をしているのかさえほとんど分からない。完全に蚊帳の外である。


「最初から。気づかなかっただろう?魅了した気になってたもんなぁ。間抜けな吸血継帝(ヴァンパイア)さんは」


 ファイズは、単純な侮蔑の言葉をサリサに投げかける。完全に二人の周辺でステージが完結してしまっており、そこに俺が入る隙だなんてどこにも存在してはいない、そんなふうに感じられた。


「馬鹿馬鹿しい。痩せ我慢だね。気付いたのは実は最近なんだろう?」


 彼女はそうやって余裕綽々な態度を見せた。だが、それはどこからどう見たって虚勢でしかなく、逆に彼女の弱さを物語っているようであった。


「馬鹿馬鹿しいはこっちの台詞だ。僕を含め、こちらの幹部は全員「祖」。「継」ごときが騙せると思うな」


 彼の言葉は、冷たかった。圧倒的な威圧感。それは、サリサを完全に飲み込んでしまっていた。


「「祖」?そんなもの御伽噺だろう。じゃあ示してみてほしいね」


 彼女は、浮ついたようにそんな言葉をこぼす。気丈な態度を取ろうとしているようであったが、完全にファイズの雰囲気に飲まれており、その発言は自らの首を絞めるだけのものだとも気付かない。

 そんな発言、自ら死期を早めるだけだというのに。とは言いつつも、俺も彼の種族を知らないのでこっそりと聞き耳をたてる。


「僕?僕は、『偶像の祖悪魔(グラン・デーモン)』。四対の翼をもがれ、闇属性に染まった、天使の成れの果てさ」


 堕天なんて言葉は今どき古くて使わないかな?彼はそうやって優しくー少なくとも表面上はー問いかけた。だが、勿論答えを欲しているわけではない。威圧のためだけに行われる問答。

 さすがマキナの部下。なかなか性格が悪い。相手が何をどうしたら嫌がるのか、完全に把握している。


 既に随分と青くなっているサリサだったが、彼は追求の手を止めない。


「見せてあげよう。『偶像』の骨頂、僕が悪魔である証を」

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