前座
ロジックが全て解き明かされた時の爽快感。そんなものを感じたことはないだろうか。バラバラだったピースが一つに集まっていく、疑問の欠片が一つの模様を描き、真実が見えてくる。そんな感覚。清々しい、なんて言葉で表してもいいかもしれない。
そういう感覚を、俺は今感じていた。戦闘中だというのに、我を忘れて驚きに暮れるくらいには。自分たちを駒に見立ててチェスをしているの眺めているような、不思議な感覚。
頂上の読み合い。そんな美しいものじゃなく、一方的な嬲り。ただただ俺の知らないところで巻き起こっていた知戦が集結していくのを見守るしかできることはなかったが、それでも俺は楽しかった。その光景に不謹慎にも見惚れてしまったんだ。
「『顎咬』」
ただ攻撃を重ねる。それは、今の俺にとっては自傷行為以外の何物でもなかった。
精神力がどんどん削り取られていき、意識が朦朧としてくる。体と心は繋がっているというが、全くその通りで、集中力の減少や焦りみたいなものが積み重なるごとに、俺の技のキレは下がり、魔法の威力は落ちていった。
終いには、手が震え、呼吸が浅くなる。酸素欠乏症のような症状が出るありさまであった。考えて見れば当然のことである。二ヶ月ほど前まではただの高校生であった俺が、殺し合いではないにせよ、互いにはっきりと悪意を持って傷つけあう、そんな状況に何も感じずにいられるわけがなかった。
『悪役』を演じ、気丈に振る舞ったとしても心は変えられない。所詮、本性は自分が傷つきたくないだけの臆病な小狐。ぬるま湯に浸かっているのが最も心地よいと感じるただの臆病者。
本当は戦わなくていいなら戦わない方がいいし、戦いたいだなんて大それた願い、持ったことは人生で一度もない。そんな暇があるなら寝たいし、遊んでいたい。
でもそれが叶うことはない。この世界は戦わざるもの食うべからずだし、少なくとも何もしないやつを住まわせるようなお人好しで余裕のある奴はいない。
だから戦う。臆病な狐は死ぬことにも臆病だ。だから抗う。だって生きていたいじゃないか。死ぬのってたまらなく怖いじゃないか。少なくとも、俺は誰かを傷つけるのを悪しとし、理性で死を受け入れる人間ではなく、小賢しく生き抜き、他人を蹴落としたって生きたい狐でありたい。
「よく耐えたね。ここからは、僕たちの時間だ」
俺は、意識の世界で弱音を吐き出し続け、自らの弱さを露呈することで逆に自分を鼓舞していた。お前はこんなにも弱い、醜い。だから戦え、お前を救えるのはお前だけだ、と。
限界と死界の間。死の淵の際の際の際。そんな状況に陥った俺を、ファイズは言葉で掬い上げた。
その時の彼の声は、なんとなくマキナに酷似しているように感じられた。マキナはアルトボイス。ファイズは一般的な成人男性の声くらいでしっかりとしたテノールだ。高さから声質から全て違う。でも、その不敵な笑いと自信満々な態度がものすごく似ていて、思わず笑ってしまう。
俺が少しリラックスをしてのを確認して、彼は俺を自分の裏に下がらせた。さっきは限界すぎて気づかなかったが、少し余裕のある今になって見てみると、彼の後ろには三人の付き人が控えていた。
全員十五から十六の男子くらいの背丈。深々と被ったフードに隠されて顔が現れないので、実際のところ、年齢は一切不明だ。男性なのか女性なのか、鈍色の衣装は付き人たちの体格を覆い隠すように緩く設計されており、それすらもわからない。
だが、一つだけわかること。ファイズほどではないにしろ、付き人たちも相当強い。「トレース」なしの俺だったら相手にならないし、魔法合戦でも多分勝てない。本気で能力使ってもギリギリだろう。能力に恵まれ、まあまあ強者の立場である俺がそうなのだ。多分裏町に彼らに勝てるほどの実力を有する者は多くないだろう。
明らかな戦力過多。はっきり言うと、無駄である。肝っ玉の小さい俺は、別のところに戦力を回せよ、なんて発想が浮かんできてしまうのだが、たぶん何か戦略があるのだろう。
彼が何もなしにこんな無駄なことをするとはちょっと考えられない。俺には知らされていない何か別の情報があるのか、それとも……
まあ、そんな事をうじうじと考えていても仕方があるまい。まずは、この状況を何とかすることが最優先である。とはいえ、まだ疲労から回復していないし、そもそも俺がこの状況でできることなど何一つとして存在していない。結局俺は、ファイズの言動を固唾を飲んで見守るしかなかった。
彼は、今この場にいる者の視線の全てをかっさらっていた。彼の一挙手一投足に誰もが目を向ける。攻撃すら跳んでこない。風格だけで完全なセーフティゾーンを創り出していた。
今の俺なら、多分仮面ライダーの変身中に攻撃しない敵の気持ちが分かると思う。気圧される、じゃないが、何といえばいいのだろうか。独特の雰囲気に飲まれてしまって行動に移せないのだ。
明らかに存在している隙。一歩踏み出せば倒せてしまうかもしれない。だからこそ手が動かない。なんだか得体の知れない恐ろしさを感じて。そんなイメージだ。
ファイズは、右手を挙げて一回、大きく指を鳴らした。その音はやけに大きく空間に響く。わざとらしいほど鬱陶しく芝居がかったその動作に、何故か見惚れてしまっていた自分がいた。
「ショータイムといこう」
この世の誰もが脇役で、俺は所詮彼の前座に過ぎず、彼こそが主人公なのだ。自分は舞台装置、もしくは脇役。だが、それでもいい。何故かそんな気持ちになった。




