回収
俺は焦っていた。どんどんと時が経つにつれて、じわりと布に水が染み込むが如く、ゆっくりと、だけれど確実に増していく焦燥感。一滴一滴、どんどんと水が溜まっていく。自らの布でその水を吸いきれなくなった時、この戦線は崩壊する。そう思った。
……何故だ?どうして仕掛けてこない?
そんな疑問が思わず口をついて出そうになる。『毒沼』はすぐ解いた。そこから拘束系の攻撃もしていないし、ちょうどいい「餌」の加減を見極め、完璧に立ち回っているはずだ。ミスはしていない。彼らにとって俺は最高に美味しそうな餌であるはずなのだ。
「トレース 『砂塵嵐』。付加加算「爆風」」
俺は、ギアを一段上げ、畳み掛けるように仕掛ける攻撃を強くした。爆風が建物内を襲う。その風は、何物をも穿つ矛であり、絶対的に自らを守る盾。
マキナから受けた『砂塵嵐』に、さらに属性を付加し、強制的に威力を底上げした一撃。そのままでも十分に重く、自らの弱さが露呈するほど厳しい攻撃が、存分に強化されて彼らに襲う。割れた陶器の破片が、床に待っていた砂埃が、全て彼らの敵をする。それぞれに属性がつき、彼らの精神と体力をじわじわと奪っていく。
効いている。それは確かだ。その面において失敗はしていない。
デコイとしての完璧な役割。それを果たした確信があったというのに、それでも敵は俺を捉えようとする姿勢を見せない。ただ、俺の周りにいるだけ。存在するだけ。
彼らは、遠巻きに俺の攻撃を見ている。もちろんその過程で、俺の攻撃を防ぎきれずに、一人、二人とまた脱落者が増えている。だが、それでも彼らの行動は変わらない。ただひたすらに、俺を見つめ続ける。
作戦が相手方に漏れているのではないかと疑うほど、俺の囮は機能しなくなってしまった。ただ、虚しいほどに魔法を吐き出し続けるだけの装置、そう化してしまったのだ。
俺の消耗を狙っているのか、それとももっと別の理由があるのか。俺の魔法は覇気を大本にしているから、殆ど消費はないけれど、それでも体力や精神力なんかは確実に削られていく。
かといって、手を止めるわけにはいかない。それをしないのが俺の役割だし、何より一番の悪手とわかっていることを率先してするほど、俺は数奇な人間ではない。
だが、このままではジリ貧間違いなしである。どうにかしなければ……そんな思いが俺の中で渦巻いていた。
「航君、大変そうだね。次のお願いだ」
通信機がいきなり耳元で言葉を囁き始めたが、それに一瞬気づかなかったほど、俺の中には焦りの感情が蓄積されていた。聞こえてきたのはファイズの声。今回の実質的な軍師である彼ならば、作戦に支障のない範囲内で行動の変更ができるはず。
勝手に行動すればどこから亀裂が入って、何が起こって作戦が崩壊するかわからない。迂闊に動いて戦線を崩してしまえば、最も打撃を受けるのは俺だ。それだけは避けるべく、俺は無意味だと思える囮を続けていたのだ。
彼の言葉の続きを、期待に満ち溢れた感情で待つ。だが、例によって俺の期待は実現しない。この世界に来てからそんな甘い考えは捨てたつもりでいたが、やはり何かを依代に求めないと生きていけないのが人間というものなのだ。
「あと、五分よろしく。その間に全部片付けてあげるから」
無慈悲にも叩きつけられたのは、五分の壁。そんなもの楽勝だろうと思うかもしれない。実際、攻め入りはじめてからは半刻すら立っておらず、魔力、体力的にはじゅう分に余裕があった。
でh、何故五分持ち堪えなければいけないというタスクが酷なのか。それはひとえに俺の今の精神力が関係あることに他ならない。精神力と体力は同期する。じわじわ、じわじわと自らの焦りが体を侵攻していく図が見えた気がして、ぞっとして一気に背筋が寒くなった。
「ふざけるな!」
誰に向けてともわからない怒りを乗せた文句を大声で叫ぶような精神力すらも残ってはいない。いや、元々俺はそんな度胸を持ち合わせてはいないのではあるが。
ここ半刻の酷使で徐々に朦朧となってきている頭を必死に動かし、なんとかこの時間を切り抜けようと画策する。どうにか、策を探らねば……
だが、そんな焦りさえも糧として、消耗はどんどんと広がっていく。
悠久に等しい五分間。精神的なものではあるが、苦しみと痛みにまみれ、途切れそうになった意識は、自らの痛みが覚醒を呼び覚ます。そんな地獄、それが過ぎた後。
「伏線の回収の時間といこうじゃあないか。これからが魅せる時間だ」
幻聴とも現実とも知れぬ声が、脳内に響いた気がした。ただ、その声はとても美しかった。




