事実
「まず、大事なことを言っておくね。皇国の言う「魔王」、君達がこの世界に呼び出された理由は、ここ千年現れていないんだよ」
「勇者」についての話は、マキナが爆弾を投下して始まった。最初に口火を切った彼は、一番俺がショックを受けるであろう内容を、初めに言ってのけたのだ。
もしかしたら、それは彼なりの気遣いのような者だったのかもしれない。だが少なくとも、俺としてはもう少し心の準備とかをさせてほしかった。まあ、そんなものしたところでショックを受けるのには変わりはなかっただろうが。
「じゃあ、俺は、俺達は何のために……これまで」
「ストップ。一旦深呼吸だ」
動揺して俺の口から漏れ出た言葉を、マキナは台詞の続きで強引に封じた。それで少し冷静になる。今の混乱している状態では、彼の話が頭に入ってこないだろう。それは良くない。
とにかく落ち着け、そう自分に言い聞かせる。深呼吸を数回重ね、俺は何とか話の続きを聞く準備を整えた。
「うん、動揺するのはわかる。君のこの世界の最も大きな存在意義が消え失せた訳だからね」
そう、魔王を倒す。そのために俺達のクラスはこの世界に飛ばされたと、そう思っていた。だが、そうでないなら?絶対に多大なる金をかけて、わざわざ講師まで用意して、彼らは一体何をしたいのだろうか。
マキナは、俺の疑問に一つ一つ、丁寧に答えていく。
「それを知るには、「勇者」の存在とは何なのか、根本的に理解する必要があるんだ」
彼はそう言って、長い長い昔話を始めた。
「勇者の起源は、「継」の時代の終わりかけ、五千年前まで遡る。あ、「継」ってわかるかな?」
ジンとの会話はまだ記憶に新しい。この世界の常識を一つ一つ覚えていく上で、彼の存在は非常に大事である。会話内容とかは極力忘れないように努めているつもりだ。
俺は、小さく顎を引いて質問に答え、話の続きを促した。
「そっか、ジン君に教えてもらったのかな?航君の交友関係少ないからね」
何気に、と言うか、かなり失礼なことを言いながら彼は話を先に進める。風評被害である。いや事実だが。言っていいことと言っちゃだめなことがあるってやつだ。
ここで、「交友関係は広い」って反論できないのが俺の悲しいところなんだよな。多分これからも変わらないと思うんだけど。
「とにかく、五千年前、この世界は荒れに荒れていた。すでに少数派となっていた「継」の一人が「雑」を支配する強行態勢に出たことでね。たった一人であるにも関わらず、彼のせいでこの世界は破滅すると思われたほどに。それが、「魔王種」と呼ばれる者の誕生。「魔王種」は、すでに始まっていた「雑」の時代を脅かした。それを討伐するため「始祖の勇者」が生まれたんだ」
始祖の勇者、ね。で、そいつが勇者の起源って訳だ。でも問題はそっからだな。もう人類以外の「継」がほとんど残っていない状況で「継」である「魔王」が生まれる訳が……いや、でも生まれなくなったのは千年前って……
「始祖の勇者は無事に「魔王種」を討伐した。自らの命を燃やしてね。だが、健闘虚しく「魔王種」の全てを消し去ることはできなかった。そいつは、この世界に自らの力の非常に強力な残滓を残して消えていったんだ」
「魔王種の出涸らし。それが魔王。残滓が定期的に魔物に憑き、異形となる。その度に人類側は、異世界から勇者を呼んで対抗した。なんでこの世界から勇者を選ばなかったのかは知らないけどね。だけど、その残滓は、ちょうど千年前、最後の魔王の出現により途切れた」
じゃあ、もう魔王が現れないってみんな把握しているんじゃ……少なくとも国の上層部くらいは魔王出現のからくりを知っていたはずだろう?
純粋な疑問が思わず口から突いて出てしまう。
「そう、なのに何故人間は勇者を召喚したのか。実は、公には勇者召喚は千年前に途切れ、もう行われていないんだ。今回と前回の勇者召喚は、唯一の異世界人召喚技術を持つ国家、アノルフィア皇国の独断で秘密裡に行われたんだよ」
うん、何だかそんな気はしていた。そんなことを言ったら後出しじゃんけんというふうに思われるかもしれないが、確かに違和感はあったのだ。
皇女が直々に指導に動いたりとかも、そう言われると、勇者の存在をなるべく隠すためではないかと思ってしまう。と言うかその解釈でほとんど間違いはないだろうな。
「何でだと思う?陳腐だけど、戦力の獲得だよ。異世界人は例外なく強い力を持っている。彼らはその力を我がものにするべく、五百年前の勇者達を廃人にした。皇帝の言うことしか聞かない、操り人形にね」
そういう意味では、君は幸運だったかもね。彼はそう言って微笑んだ。その笑みがあまりにも普通で、ああそうだ、こいつも長い時を生きてきた化け物なんだ、と何回目かわからない恐怖を覚えることになった。
自分だけが良ければ良い。いくら冷徹ぶっていたって、俺はその思考には辿り着いていない。日本というぬるま湯で育った平和の象徴であり、弊害。それが、常識が全く違うこの場所では俺の心を蝕む毒となる。
「でも、今回の勇者は楽かもね。例年よりも、魔力の質が低いと思うよ。一種の状態異常である君の「悪役」に誰一人抵抗できなかったんだから。君の能力がいくら強力とは言え、召喚勇者は同族の能力に耐性を持っているはずなのにね」
「生かして、操るだけの価値があると判断されるかどうか。でも、一思いに殺されて、魔力に変換された方が幸せだろう?」
いや、お前は何で俺のスキルの詳細を掴んでいるんだ、とかマキナに聞きたいことは山のようにあるが、そんなことよりも、彼が言った言葉が脳裏にこびりついて一瞬たりとも離れようとしない。
「殺されて、魔力に変換」?あいつらが、か?全く想像ができない。俺達はこれからも、何となく生きて、何となく死んでいくものだと思い込んでいた。そんなぬるい考えを、今更ながら持ってしまっていた。だからこそ、青天の霹靂に対する心の準備など持ち合わせてはいない。
「助けなければ」そんな思いが脳を支配する。でも、「俺を追放した奴らを?」そう言っている自分も確かに存在している。二極化した正義と悪。価値観の対立。
そんなかっこいいものじゃないが、俺の中で激しい葛藤が巻き起こっていることは確かだった。それは、渦巻く旋風のようで、俺の心が廃れていく様がはっきりと見えたような気がした。
考えることでこの世界に対応しようとしてきた俺が、本当の意味でぶつかった初めての問題。自分が全員助けるか、全員殺すかを選べる歪なトロッコ問題。それは、意地の悪い神とやらが面白半分で俺にぶつけてきた究極の問いだった。
自分を見捨てた奴らなんてどうでもいいじゃないか。そういう考えが自分の中でかなり強くなってくる。だが、それを諌める自分だってまだ確かに存在している。
自らの思いに押しつぶされそうになる中、マキナは何も考えていないような呑気な顔で、いつも通り飄々とした笑顔を浮かべながら、俺の悩みを吹っ飛ばした。
「まあさ、君が彼らを助けたいかどうでもいいけど、彼らは結局のところ助かるよ。だって箱庭と通じでいるのはアノルフィア皇国だもん。通じている先も、しっかりと潰さないとね。それが出来る男ってやつさ。だから存分に暴れてくれよ」
運がいい。この世界に来て初めてそう思ったかもしれない。心に短期間で蔓延った葛藤が完全に除去されたような、晴れやかな気持ちである。
結局は、自分の気持ちに結論を出さなかった思考の放棄だ。それは分かっている。だけど、今だけはそれでもいいか、そう思えた。初めて天が自分の味方をしている。そう思ったから。
今回は存外マキナがよく喋りました。私自身も書いていてびっくりです。




