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悪役覇道  作者: wisteria
第二章 『裏町覇道』
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過去

 彼女は、意識が覚醒したてだとすぐにわかる寝ぼけ眼で俺を迎えた。耳と尻尾を隠さない獣人フォームでのお出迎えである。

 彼女は、その獣人の証しをおそらく隠す気がないのであろう。自らの存在を主張するようにぴょこぴょこと揺れている。


 犬が尻尾を振るのは嬉しい時、だったよな。てことは今……いや、犬型獣人と犬を同列に考えるのは流石に失礼だろう。ごめんなさい、と心の中で謝っておくことにする。

 それとは別で、模擬戦闘の際にやりすぎた件を謝ったのだが、気にしてません、と一蹴されてしまった。残念である。


 さて、今回ここに集まったのは、言うまでもなく、アリアの今後の処遇について決定するためである。号泣からの寝落ち、戦いの最中気絶と、なんだかんだ言って今までずるずると先延ばしになっていたのだ。

 彼女を買ったのは完全な俺のわがままなのだから、別に俺達に遠慮をしなくたっていい。帰る場所があるのならば帰ったって一向に構わないのだ。


「アリアは、これからどうしたいんだ」


 それが、一番大事なことである。例外なく、当人の意思を除外して物事を進めると言うのは下策だ。彼女の人生は彼女の選択によって切り拓かれるべきなのだ。その結果魔境に辿り着いたとしても。何があっても責任を負うのは自分だし、褒め称えられるのもまた自分なのだ。


 彼女は少しの間、俺から視線を逸らし、逡巡する素振りを見せた。無理もない。自分の意思を持って生きるのは周りの環境が辛いことより何倍もしんどい。できれば俺だってそんな境遇にはなりたくない。

 だが、だからこそ選択の経験が必要なのだ。これからの人生の糧にするための。


「選択することを決して放棄するな。自分のこれからは、自分が決めるんだ」


 ただ、彼女の目だけを見つめ、真剣に言葉を放つ。諦め(周りに流され)てここまできてしまった俺を、せめて反面教師にしろと、そんな思いを込めて。


「私の、帰る場所は、もう………な、ないのです。だから、だから……」


 彼女は、詰まりながらも自らの想いを吐露した。それの、どこまでが正しいのか、俺には分からない。結局環境を言い訳にした逃げなんじゃないかとも思う。だが、彼女は今、確かに一歩を踏み出した。

 俺たちと共に生活する決心をしてくれた、そう捉えていいだろう。


「ありがとう、聞かせてくれて」


 場の雰囲気が弛緩する。だが、俺の緊張感は場の雰囲気に反比例するように上昇していた。俺にとって話の本番はこれからである。今から俺は、彼女の最もプライベートな部分に踏み込む。


 一つだけ、不可解な点があるのだ。「秘奥」を習得している以上、一族で生活していたはずだ。なのに、彼女は孤児としてマーディッシュに捉えられている。

 彼女に何かがあったに違いないのだ。万が一、それが今回の騒動と繋がっているのであれば、不躾なことをす?のは承知だが、彼女の過去を詮索しなければならない。


 出来る限り優しい視線を彼女に向ける。ジンも気を利かせて、彼女に茶などを入れたりしている。アリアにとって少しでもリラックスできる状況を作り出し、話をしてもらうのだ。


「聞かせてもらえるか、過去のことを」


 もう少しにこやかに喋れたらいいものの……そんな技術は俺にはない。だから、誠意の伝わるように、相手としっかり向き合って言葉を発する。

 記憶の深くに埋めるほど嫌な思い出なのだろう。彼女は、何かを思い出すように、少しずつ記憶の糸を辿っているように見えた。


「私の故郷、猟犬の血を引く者が集まった集落は、滅ぼされました。何者かによって」


 語るのは辛いのだろう。一旦話を区切り、何かに耐えるように下を向き、唇を噛んでいる。心が痛むが、自分から言い出したことだ。聞かなければいけない。絶対に。


「私達猟犬は、獣王が他界したあとすぐに間を隠しました。先祖は新しい主人を作らなかった。一族郎党と共に山奥の集落に移住し、そこに結界をかけ、ひっそりと暮らすことを選んだのです」


 言っちゃ悪いがありがちではあるな。スケールの大きい出家みたいなものだろう。


「私達は、先祖の残した技を磨き続けました。それが、初代「猟犬」の望みであると、そう思っていたから。その間は少なくとも、平穏に暮らせていたのです」


 ですが、平穏は保たれません。そう彼女は続ける。

 世界は変化を望む。血は薄まり、均衡は崩れる。それが世界の意思だと言うことだ。何事においても、その法則は適応される。


「私が生まれたのです。最初から耳尻尾を隠して生まれてきた先祖返り。血の濃い者。私のせいで、集落内でいくつかの争いが起きました。そのせいなのか、集落の場所が見つかったようで……」


 自分のせいだと悔やんでいるわけか。彼女は周りの強欲の犠牲者だろうに。


「なのに襲撃の際、私は生き残ってしまった。死に場者を探して、この場所に辿り着いたのです」


 一周回って清々しいほど感情が煮詰められた顔になってた彼女は、笑みを見せた。その笑い方は、俺が到底直視できるほどのものではなく、深い悲しみに飲まれそうに見えた。


 彼女ほどの手練れが捕まった理由は不明だが、もしかしたら死ねるかも、と言う思いがあったのかもしれないな。勝手な憶測に過ぎないが。


 俺は、自然に彼女の方に歩み、抱きしめていた。


「ありがとう、本当に」


 ただ、その言葉を言いたくて。

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