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悪役覇道  作者: wisteria
第二章 『裏町覇道』
35/60

始動

「ありがとう、本当に」


 それは、何に対する感謝だったのだろう。なぜ俺は、他人のためにこんなにも感情を揺らしているのだろう。わからない。きっとこれからもずっと。

 だが、はっきりと言えること。俺の冷静さが欠けたと言うこと。心が揺さぶられたと言うこと。心の氷が、溶けかけたと言うこと。

 それらが、俺の心をどうしようもなく掻き立てる。気付けば、俺の頬を生暖かい液体が伝っていた。それは、何に対しての涙なのか、俺にはさっぱりわからなかった。



 ガチャ。そんな音が聞こえた。言うまでもなく、ドアの開いた音である。ドアベルを鳴らさずに入ろうとしたら警備システムが働いて結局入れないはずだ、とかいろいろな考えを脳内で巡らせるが、俺はそんなことをしている場合ではなかった。


 今この瞬間、俺にとって最も都合の悪いこと。それは、俺がモ耳少女を泣きながらハグしていると言う事実である。

 過程をすっ飛ばして、それを側から見ると、俺の単なる変態行為である。俺は、驚きに固まって思考に逃げる前に、言い訳を考えるなりアリアを放すなりすれば良かったのである。


「あぁ、えっと……お邪魔だったかな?」


 はい、完全に誤解されてますね。完全に要らぬ印象が他者に伝わってしまった。これが学校だったら一日で噂が広まるとこだが、異世界にそんな暇な奴はいないであろうから、それだけは安心である。


「いや、ちょ、まっ」


 俺は、俺は謎に気をきかせて、一度去ろうとした人物を呼び止めた。さすがに誤解を抱かせたまま帰らせるわけにはいかない。

 少年のような見た目に反し、裏町で有数の実力を持つ男、マキナ。彼は、呼び止めた俺を見てニヤッと笑った。こちらをからかうことしか考えていない、非常に嫌な笑みである。


「いいのかい?お楽しみだったんじゃないの」


 こいつ、明らかにわかってて言ってるよな。意地の悪いやつだ。会った時からずっとだから今更と言った感じだがな。

 俺は「トレース」で油断しきっている彼に軽く一発を入れる。少しだけ威力が強くなってしまったかもしれないが、それくらいは許してもらいたいものだな。


「どうしたんですか、こんな時間に。(防犯)もしっかりとしていたはずですが」


 今は真夜中である。普通の人間なら寝ているところだが、裏町の人間にとっては単なる稼ぎ時だ。なので、この時間をフリーで使う者なんていないに等しいのである。

 逆に、昼に寝ているものなんかが圧倒的に多い。だからこそ、この場所に人が訪ねてくることなんてほぼないのだ。


「抱えていた案件が終次わってね。要件があったから空き時間に来たって言うわけ。あと、セキュリティ突破方法は……秘密?」


 相変わらず自由奔放な人間である。こいつ、強くなかったらただの奇人だぞ、と思うことが多々あるのだ。そう言う変人っぷりこそが、彼を強者たらしめている原因の一つかもしれないがな。

 だが、そんなことはこっちとしては知ったこっちゃない。彼が話している間にわジンとアイコンタクトを行い、玄関の鍵を変えることを決める。流石に、情報屋に勝手に入れる状態って言うのは良くない。


「というか、増えたんだね、人」


 そういえば、彼とアリアは初対面である。というかそんなことを言うならば、アリアは俺とジン以外の人ほとんど全てと初対面なんだが。


 俺とジンがそれぞれアリアとマキナを紹介する形で初対面の挨拶を終える。マキナは混ぜたら危険タイプなので、アリアが彼に苦手な感情を持たなさそうかどうかを、まず見極めないといけないのだ。


「いいね、なかなかに強そうだ。これから、仲間の実力者はどれだけいても多いってことはないからね」


 彼の言葉は、それだけこれからの戦いが厳しいものになるかもしれない、と言うことを予期させるものだった。どうしても少し、げんなりとしてしまう。


「というか、アリアちゃん?とはどういう関係なんだい?」


 本当に意地の悪い。だが、説明がかなり難しいので、ここは逃げの一手を打つのが正解だろう。


「で、どんな要件で来たんだ」


 無理矢理話題を変えるようにして発せられた俺の疑問に、彼は端的に答える。その淡々とした表情からは、何の感情も読み取れなかった。


「始めるよ。裏切った箱庭(ガーデン)への粛清を」

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