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悪役覇道  作者: wisteria
第二章 『裏町覇道』
32/59

狩猟

「私と、戦ってくれませんか」


 その言葉に、数秒硬直してしまう。今日はいろいろありすぎて心の回線が重めなのだ。現状を分析する時間が必須であると思う。

 戦う?この子が?俺と?クエスチョンが無数に出現してきて、それは止まるところを見せない。疑問の雨あられが降ってくる感じだ。


「いいけど……」


 マキナには完全敗北を喫したが、俺は強い方である。多分ではあるが。こんな少女と戦いというのは……攻撃するのも罪悪感があるというのに。まあでも、頼みを聞くと言った以上やるしかないか。



 というわけで、俺達はそれぞれ着替えて訓練場に集合していた。アリアも、マーディッシュの奴隷用の服から俺と同じ訓練着に着替えている。あんまりかっこよくないけど、動きやすいのだ。まぁそれが一番だな。男子としてはかっこよさも重視してほしいのだが。


「じゃあ、やりますか。先に有効な攻撃を入れたほうが勝ちってことでいいよな。審判はジンで」


 と言っても、鍛えている様子もない少女だ。さすがに少しは手加減をしたほうがいいだろう。全力で攻撃なんてしたら倒れてしまいそうな気がする。


「本気でお願いしますね。航様」


 俺の逡巡を感じ取ったのであろう。遠慮がちに念を押される。だがそう言われても、なかなか本気は出し辛い。

 だって……どこからどう見てもか弱い少女なのだ。本気で攻撃できるわけがない。できたとしても、なんだか大事な物を失う気がする。自尊心とか、そういう類のものだ。あんまり失くしちゃいけない感じの。


「では、始めます」


 ジンの号令で戦闘が始まった。互いに、まずは様子見。相手の実力を見極めると言えば大げさだが、普通初手から何も考えずに突っ込んでいくやつなどいない。

 そんなのは馬鹿の所業で、勝利の女神は絶対に微笑まないと皆知っているから。単純に相手の力量もわからないのに、無策でとりあえず攻撃したっていいことなどどこにもない。

 だから、圧倒的な実力差があったり相手のことをよく知ってでもいない限り、急に戦いが始まることなのほとんどない。「観察眼」は、戦いにおいて最も重要な要素の一つなのだ。


 相手の足さばき、呼吸のリズム、筋肉のつき方、重心移動の仕方。そういうのを観察し終わって、初めて戦いが始まる。戦いにおいて先手を取れるのは、観察眼が優れている者なのだ。

 手練れになればなるほどこの時間は短くなるので、すぐに戦いが始まっているように見えるが、実際は真逆だ。高度な読み合いを超高速で行っているからこそ、強者たり得るのである。


 もちろん俺にそこまでの実力は無い。だが、観察眼であればなかなかに優秀な方だ自負している。「トレース」のために鍛えまくったからな。元からそういうのが得意な方ではあったが。

 アリアの動きはどうかと言うと、一見しただけでは普通の少女のように見える。筋肉も通常くらいで、当たって普通だ。だが、彼女には通常の子供と違う点があった。それは、重心の取り方である。


 通常時、人間は体の中心より少し前に重心がある。もちろん動きによって変化するものではある。だが、基本的に体の中心にあるものと考えて間違いは無い。

 しかしアリアの場合、重心が前にある。少し半身になり腰を落とした状態で、重心があるのは通常軸足。前の足だ。彼女の場合もそれは例外ではない。だが、その重心は常人よりもはるかに前に置かれている。


 これは、走る際に最もスピードに乗りやすい体勢だ。あの縮地法にもつながるところがある。すなわち、彼女の攻撃は一撃必殺。

 二メートルほど離れて向かい合っている俺達の距離を一瞬で詰め、勢いのまま攻撃を叩き込む。そういう作戦だろう。これなら筋力はほとんどいらない。

 だが、この作戦には大きな欠陥がある。筋力をカバーするためにスピードを生かすわけだが、それはつまり避けられてしまったらそれまでと言うことだ。

 急な転換が効かず、どうしても隙を晒すことになる。そこを突けば簡単に勝てるであろう。


 と、ここまでいろいろと考えたが、まだ戦いが始まって十秒くらいである。互いに様子見をしている状態だな。側から見たら何やってるんだこいつら、という感じである。だが、当人達からすれば戦いは充分過ぎるほど始まっている。


「獣人化  秘奥 壱 顎咬(アギト)


 短い膠着状態は、アリアの声によって破られた。「獣人化」その言葉にふさわしく、彼女の体が作り替えられていく。いや、元の状態に戻っていくと言うべきだろうか。

 相変わらず細身ながらも、しっかりと鍛えている事がよくわかる立ち振る舞い。筋肉もかなりちゃんとついているように見えた。

 そして、何よりも目を引くのは耳と尻尾。ああ、やはり彼女は獣人なのだな、と実感する。


 ほっこりしたのも束の間、彼女は素早くこちらに移動し、攻撃を仕掛けてくる。気付いたときには懐に入り込まれ、足の甲をかかとで強く踏まれていた。この技、地味なように見えてすごく痛い。予測できていたはずのことなのに、一瞬処理落ちするくらいである。


「つっ」


 思わず苦痛が口から漏れ出す。アリアを完全に舐めていた。筋肉量をスピードでカバーするとはよく考えたな、とかなり上から目線で物事を考えていた。

 彼女は立派な武人である。今まで一歩一歩地道に訓練を重ねてきたのであろう。とてもじゃないが、俺なんかがかなう存在ではない。


 でも、ここは何とか威厳を示さねばならない。そうでないと俺の立場は危うくなってしまう。この世界で平穏に暮らしていくために、それだけは避けなければならない。


 痛みで体が硬直している間も、俺は思考を張り巡らす。しかし、痛みが回復するよりも追撃が来る方が早かった。

 両手での同時攻撃。空手の技などに出てくる、諸手突きである。本来、この攻撃自体には、ダメージを与える力はほとんどない。


 だが彼女の攻撃は、本来の諸手突きと異なり、二拳が同じ箇所を狙っている。鳩尾である。拳の構えもただの殴打ではなく、打突点で上下を噛み合わせるようなものだ。加えて、獣人化した今の彼女の力であれば……


 背筋がぞっとする。今確信した。彼女は、狩られる側ではなく狩る側である。自然界の最も単純な法則。弱肉強食。この試合は狩猟だ。俺が一方的に狩られるための。俺には、彼女が俺を噛み殺そうとしている狼に見えて仕方がなかった。

 「トレース」で必死に体を動かす。今この場で俺が勝っているのはただ一つ。体格。ならば……


 ほとんど反則に近い技であるが、「トレース」で超高速で体を動かす。相手だけでなく、自らも知覚できない速度で。アリアの拳目掛けて、上から自らの体重をすべて乗せた攻撃を。


 訓練場に、ごん、という鈍い音が響く。俺の()()()が彼女の鳩尾に当たった音だ。互いに、拳はすんでのところで当たらなかった。

 俺の膝蹴りが一番早かったのである。本当に卑怯だが、俺は拳と同時に膝蹴りも行っていた。というか、そっちが本名である。本来ならバランス的に不可能な攻撃だが、それは「トレース」が解決した。定石から外れた俺の攻撃は、アリアも認識できなかったらしい。


 彼女は、俺の攻撃を受けた後、白目をむいて意識を失った。大きな体格差のある相手から超高速の攻撃を叩き込まれたのだ、無理もないであろう。


「航様の勝利です」


 ジンの声が響く。彼は、素晴らしいです、などと言って褒めてくれている。しかし、俺の中では非常に後味の悪い戦いとなった。

明日も十二時に投稿します。

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