少女
「ん……」
静かな会議室に、寝起き特有の丸みを帯びた少女の声が木霊した。彼女は、小さく伸びをしたかと思うと、「ちらっと」と言う擬音がこの世で最もふさわしいように思える可愛らしい動作でこちらを伺ってくる。
その可愛さは、一瞬、ぴょこぴょこと揺れる耳と尻尾の幻覚が見えたほどだ。いや、彼女が本当に獣人なのであれば幻覚じゃなくて本当に耳と尻尾が出てた可能性もあるのか……?よく分からない。
そんな思考をしている間も、彼女はずっとこちらを見つめている。無反応は可哀想なので話しかけてあげたいところなのだが、俺は対人関係を築くのに絶望的に向いていない。かと言ってジンも話しかけようとしないし、俺が対話するしかなさそうな雰囲気である。
「おはよう」
俺は彼女を泣かせてしまった前科があるので、怖がらせないようになるべく優しい声で声をかけた。まずは、警戒心を抱かせないことが重要だろう。全てはそこからだ。
だが、『悪役』のせいで友好的な人間関係を築くことが難しくなっている俺にとっては、そんな簡単なことですら非常に難しくなる。
スキルの効果増強する技術の逆の要領でなるべくスキルを抑えて、自分にできる最大限の優しい笑みを浮かべる。今初めて試すのだが、案外うまくいったと思う。
浮かべている笑顔は確実に引きつっているだろうが、俺にとっては精一杯である。どうか許していただきたい。
俺の全力が報われたのか、彼女はなんとか笑みを返してくれた。俺の隣にいるジンに視線が向いている気がするのだが、気のせいだと思いたい。うん、きっと気のせいだ。
「おはよう…ございます?」
一応、彼女は挨拶を返してくれた。やはり、俺の隣に向けて挨拶しているように感じるが。もう気にしないことにしよう。
何はともあれ、第一関門突破である。だが、俺にはこの先会話をどう進めていけばいいかのビジョンが見えていなかった。何をどう話せばいいのかが全くと言っていいほど分からない。
俺は、あまり仲良くない人との話題に困ったら自己紹介するべし、と言う程度の知識しか持っていないのだ。
というわけで、自己紹介タイムである。あまりにも安直だが、絶対に必要なことではあるのでちょうどいい。そういうふうに思うことにする。
「俺は、東 航。ここで、用心棒みたいなことをやっている者だ。よろしく。」
用心棒?別に間違ってはいないだろう。少し虚勢を張ったが、人物の印象は初対面で九割決まるとも言うし、許していただけるとありがたい。
それよりも、ちょっと能力のコントロールが上手くいかず、威圧感のある印象を与えてしまったと思う。失敗した。難しいんだよな、能力の調整。まだまだ荒削りだし、特訓しなければならないだろう。
彼女がそこまで怯えている素振りを見せないのだけが救いである。もしかしたら、『魅了』が働いているのかもしれないな。そうだとありがたい。
場が少し気まずい感じになってしまったので、ジンが俺をフォローするように挨拶を始める。つくづく優秀な人物だ。俺はさておき、彼がいたらそのうちこの組織も箱庭になれるかもしれない。
「ジン・フェリスタークです。よろしく」
できる男感がばっちり出ている彼ならば、特に気にしなくても相手に好印象を与えることができる。非常にうらやましい限りである。
「私は アリア・ファリアル。……獣人族、です」
彼女は、次は自分の番だと察したのか自分から自己紹介を始めた。自己紹介を相手に求めるのは、案外気まずいことなので非常にありがたい。
そして、今の挨拶で彼女が獣人族だと言うことが立証された。大体想像できていたので、あまり驚きなどは感じないのだが。
俺が、彼女から獣人の要素を探していると、隣に立っていたジンが彼女の方に歩いて行き、彼女の肩を掴んだ。その仕草が存外乱暴なもので、少し戸惑ってしまう。
「ちょっ、やめっ」
俺の制止が聞こえなかったかのように、彼はアリアに顔を近づける。その表情は、凄みようなものに溢れているように感じられた。
彼が俺の発言を無視することなど滅多にない。俺の制止が情けなすぎて聞こえなかったのではないと思いたいが……
「それだけ、ですか?」
ジンは、珍しく相手を威圧するような声でアリアに問いかける。普段温厚な彼がこのような感情を見せるのは非常に珍しい。
だが、今彼のやっている事は多分無意味だ。アリアの反発心を煽るだけだと思う。聡明な彼なら、こんなことわからないはずもないのだが……
「あなたは、本当にそれでいいのですね? 知りませんでしたよ。謝意もまともに表せないような腰抜けでも獣人を名乗れるとは」
おいおい、それは完全に逆効果だろう。ジンがアリアに何を言わせたいのか知らないが、もう少し優しく話しかけるとか、何かしらやりようがあるはずだ。
そう思ったのだが、予想に反して彼女は口を開いた。どんな時も気丈に振る舞おうとする意思が見え、アリアに対する敬意とでも呼ぶべき感情が湧いてくる。
「私は、誇り高き「猟犬」の家系。獣王の牙の末裔だ。本当に不本意だが、お前を一時的に『主人』と認めてやる」
アリアは、これでいいか?と言うようにジンを睨みつけた。それに対して、ジンは良くできました、と言うような笑みで応じる。
というか、アリアから敬語が消え去ったが、ジンはそれでいいのだろうか。まあいいんだろうな、うん。
いろいろあったが、俺たちの仲間が一人増えた。そう考えていいだろう。
本日は遅くなりました。大変申し訳ありません。




