獣王
「なぜ私を買った?慰み者にする為か?下働きとして使うか?哀れだと思ったか?絶対に情けは受けない。私は「猟犬」の血筋を弾く獣人。誇り高く生きられないのなら、生きている意味などない。無駄生きよりも、高潔な死を尊ぶ」
彼女は、吊り気味のアメジストの目を目一杯に広げて、こちらを睨んでいた。その姿は凛としていて、強く、頑丈で、何より脆い。
誇り高く生きる。無駄生き。彼女は、そんな言葉を何度も俺に投げかけた。それが、主張と言うよりは自己暗示のように感じられて、なんだか無性に悲しく、虚しくなった。
自分でも気付いていないかもしれない。彼女は、死にたいだなんて一言も言っていない。それが意図的なものなのか、潜在的なものなのかはわからない。だけど、彼女の言葉をそのまま受け取るわけにはいかない。それだけは、はっきりと分かる。
彼女は、生きたいんだ。高潔な死を尊ぶ?選びはしないのだろう?この世を生きる我々には、生きる権利がある。どんなに泥臭かろうとも、どんなにみっともなかろうとも。生きる権利と、義務がある。
「俺は、お前を哀れんでなどいない。この街に、そんな者は存在しない。俺も、例外なくだ。俺は、俺のために、俺の平穏のためにお前を買った」
「お前は死にたいか?死にたいというのなら殺してやる。俺には、その責任がある。俺の無責任に対する責任だ。俺は、お前の意思を尊重する。だから、言え」
口から言葉が零れ落ちる。彼女に対して、どんな言葉をかければいいのかと、延々と考え続けた結果がこれだ。彼女を前にすると、どうにも冷静さを失ってしまう。
明らかに、威圧感のある言葉だったと思うのだが、彼女は、その言葉を聞いて、安心したように笑った。そして同時に、太陽に反射して輝く涙を流した。止まらなくなった涙が、宙に散る。俺には光り輝くそれが、金剛石のように感じられた。
「わたっ……わたしっ、しっ…死にたくっ、な、ない」
「いっっ、いき、生き…たい」
彼女は泣きじゃくりながらも、意思表示という、最も大切な責任を果たした。芯が折れないその姿は、確かに気高く美しい、誇り高く生きる者、彼女の最も尊ぶ姿に他ならなかった。
四半刻ほど後、泣き疲れたのだろう、彼女は眠り始めた。その寝顔が、思いのほか緩んでいることに気付いて、少し顔が綻ぶ。それだけ、安心してもらうことが出来たということだろう。
先程彼女にも言ったが、今回の事は全面的に、というか全て俺の責任だ。俺の勝手な行動で拾った命なんだ。だから、俺の勝手な行動で見守り続けなければいけない。俺の責任なのだから。
「航様は、分かっておられたのですか?」
一人で密かな決意を固めた俺に、ジンガ話しかけてくる。背後にひっそりと今まで全く喋っていなかった彼が、口を開いた。要件は一体……?いや、現実逃避はやめよう。分かりきっている。勝手に奴隷購入宣言をしたことについての説教だろう。
分かっていたのか?という問いの真意はいまいち分からないが。
「航様」
怒られる、そう思って俺は、少し身を縮こめた。
「流石でございます」
…………。俺はこれまでの経験で学んでいる。理解ができないことを言われた時は、一旦落ち着いているふりをして相手に話の続きを促せばいいのだ。
俺は、軽く顎を押し出し、彼に発言を続けるように要請した。
「彼女は『獣人』でした。それも、純血の。それが分かっておられたのでしょう?」
いいや、全く。彼の言っている獣人というのは、ケモ耳種族のことだと思うのだが、眼前の少女には獣耳などあるようには見えない。至って普通の少女だと思う。ただただ首を傾げたくなる思いである。
こうなれば、質問するしかない。自他の認識の乖離は、時に悲劇をも生み得るのだ。
「ご存知ではありませんか?獣人というのは、始祖である「獣祖」から始まった種族のことを指します」
俺の問いに対して、ジンは的確に答えを返していく。そうして、眼前で眠る少女を床に運んだ後、この場は獣人について勉強する教室になっていた。
「まず、獣祖について説明します。この世界には、もともと「祖」と呼ばれる原初の種族がおりました。種族もそれほど多くはなく、それぞれ個体数も少なかったため、互いに干渉することなく棲み分けを行なっていたそうです」
そこまで聞いて、俺には思い当たることが一つあった。「始祖人」だ。この種族も、きっとその「祖」の一つの種族なのだろう。ということは、マキナは「祖」の種族であるかも、ということか……あの強さだし、ありえるな。
「ですが、世界は停滞を嫌います。世代を重ねていくうちに「祖」の血は薄れ始め、我々「継」が現れ始めました。そして、異種族交配が増え、種族が多様化の一途をたどります。そうして「雑」が生まれました。現在は、「雑」が大半です」
人間は、同種族交配を重ねた珍しい種族であるらしく、未だに「継」だとのこと。何となく想像はつくが。
「そして、獣人は「雑」です。強い血を望むかの種族は、かなり「祖」の血から遠ざかっています」
これも、なんとなく分かる。
「ですが、五百年前、「祖」の血が強い獣人、先祖帰りを果たした「獣王」が現れました。彼は、あらゆる獣の特徴を見に宿すが故、普段は人の姿をしていたとされます。そして、その周りにはさまざまな種族の獣人が集まりました」
あらゆる獣の特徴を身に宿す、ね。確かにやりにくいだろう。何かと不便だろうからな。それに比べて、人間は器用さだけは種族全体で高い方だ。人の姿をしていたのも頷ける。
「その中でも、祖に近かった者たちは、獣王の側近となりました。彼らは、鍛錬を重ね、自力で先祖返りをしたと伝えられています。そして、獣王を真似るように人の姿をしていた、と」
「獣王が崩御した後は、側近の血族たちは人に溶け込むようにして姿を眩ましました」
ここまで来たら察しの悪い俺でも分かる。いや、理解せざるを得ない。
「つまり、彼女がその末裔……」
緊張感からだろうか、喉が一度大きな音を立てて部屋中に鳴り響いた。




