戦闘
「さあ、殺り合おうじゃないか」
狂気じみたマキナの笑いは、人を萎縮させるような凄みがあった。ただし、今の俺にはその狂気は届かない。エゴイズムにまみれた怒りが、俺を支配していたのだ。
だが、怒りで我を忘れるということはなかった。なんと言うべきだろうか、この状況を俯瞰して見ている自分が、脳の片隅にいるのだ。その自分からしたら、この戦いなど狂った主張のぶつけ合いに過ぎない。
もちろん、マキナだけでなく、自分が正しいと思っているわけでもない。そういう冷静な自分がいるからこそ、自らの正義を安心して押し付けられる。
「これは殺し合いじゃない。証明だ。正しさのな」
せめて自分の狂気を証明できるように、俺たちは闘うのだ。主義主張のぶつかり合い。それは、世界最小単位の戦争に他ならない。
「いいねぇ、楽しくなってきたよ」
彼もまた、端正な顔立ちとは対照的などこか歪んだ笑みを浮かべる。その姿は、邪神が如く禍々しく輝いて見えた。人を魅せる強力な力が、彼から発せられている。
何度も窮地をくぐり抜けてきたものだけが持つ、風格のようなものも感じられた。立ち振る舞いからして俺と全く違う。正直、圧倒的に相手が格上だ。それはしっかりと認識している。
でも、何者かに思考を統制されているかのように、「戦う」以外の選択肢が脳に浮かんでくる事は無かった。
「とは言え、実力差がありすぎると闘いにならないからね。僕は素手で戦ってあげるよ」
彼は、腰に下げていた日本刀を広間の壁に立てかける。無機質で感情の感じられない金属音が、やけに大きく広間中に響いたように感じられた。
完全に舐められている。でも、それでも彼との実力差が埋まったようには微塵も感じなかった。全く勝てるビジョンが見えないほど、相手は完全なる「格上」。本能がそう訴えている。だが、いいや、だからこそ勝機がある。
「後で文句言っても知らねえぞ。「トレース」!」
まずは様子見。戦闘中は冷静さと熱さを併せ持つべし。決して自らの感情に飲まれるような事だけはあってはいけない。
その身一つを武器とする俺にとって、武器を持っている全ての武術が「天敵」だ。圧倒的にリーチが短い体術は、基本的に机上の空論であり、実際に使用されることなどほとんどないと言っても過言ではない。
だからこそ、この状況は渡りに船と言えた。理論的に考えれば、勝利できる可能性が上がったと言えるのだから。
「トレース」を駆使して、マキナに攻撃を放つ。と言っても、できるのは殴打、蹴りや単純なフェイント、それと回避行動。それを、超高速で行うことだけ。
だが、それだけでも充分と言っていいほど、攻撃の威力は高かった。
「へえ、独特な動きだ。数十人から武術を習った感じだね。それも、完璧に体得して、自分のものにしたかのような。動きが読みづらいよ」
結構核心をついてくる。ベテランの勘、とでも言うべきものだろうか。確かに、動きの癖を読む者からしたら俺のスタイルはかなりやりにくいかもしれない。
何せ十人十色の動きをちぐはぐに、だけれども丁寧に組み合わせた、例えるならばパズルのような動きだからな。
だが、当たらない。一発たりとも。致命傷を与えることだってできる攻撃でも、根本的に当たらなければ意味がない。
「威力も申し分ない。でも、まだ足りないかな。証明には」
強くなった。そのつもりでいた。これは驕りじゃない。少なくとも、この場所では強者に分類されている。そのはずだ。
「攻撃っていうのは、こうやってするんだよ」
彼は、無い「刀」を構える仕草を見せた。そして、右手を手刀の形へと変化させる。端から見れば、あまりにも馬鹿馬鹿しい仕草なのだが、笑うことを許さない、説得力のようなものが感じられた。
その姿は、歴戦の剣士そのもので、俺には彼が剣を俺に突きつけているようにすら感じられた。
なんだか、回避行動を取らないと死ぬビジョンが見えたので、全力で跳躍する。上空に、である。あまりにもセオリー度外視な無茶な行動だが、そんなことを考えてる暇がないくらい、マキナの構えからは殺気が漏れていた。
彼の口から、言葉が漏れる。それは、氷でできたガラスを布越しに触っているような、不思議な手触りがした。
「我流 鎌鼬」
その技を見た後、最初に浮かんできた感想。それは、「人って、風になれたんだな」だった。うまく形容できる言葉が見つからないけれど、自然界の猛威が俺一人に襲いかかってきたような、そんな気持ちになった。
轟音が走るとか、そんなこともなかった。ただ、剣筋のようなものが、非常に硬い壁と床に刻み込まれていたが。
何とか回避に成功したが、当たっていたら確実に死んでいただろう。斬撃の余波だけで十分に障害があるのだから、
俺は、人間の到達点と言うものを確かに見た気がした。
明日は試験的に十九時投稿を行いたいと思います。見ていただけると幸いです。




