バイアス
先入観。固定観念。時に命を落とすきっかけにさえなる、最悪の要因。思い込みこそが、最大の敵に化けることもある。万人が最も避けるべき事象の一つである。
とは言え、我々は先入観を持たずに生きることはできない。どんなに理解したと思っても、それは主観に過ぎないからだ。客観的に物事を見るという言葉があるが、あれだってあくまで客観的である。「客観」にまで辿り着くことはできない。この世で生きる限り、絶対に。それが人間の性。
自分の思い、考えから逃れることができないのが人だ。だから、変化することのない事実を求める。事実から導き出されるものは人それぞれであっても、事実は永遠に変わらないのだから。それだけが我々の救いとなり得るのだ。
「「クロニック」の内部情報を入手しました。これを基にあちらの牙城を崩し、攻略していくことになります」
現在、俺たちはジンの家で作戦会議の真っ只中である。今は、高度な情報戦の真っ最中である。この場にいるのは、俺と、ジン。そして子供達のリーダー格だ。俺を除いて正真正銘の情報屋の幹部たちだと言えよう。
情報屋の面々が、次々と「クロニック」の極秘情報であろうものを投げ合い、その情報の精査をしている。俺にはその情報の一つ一つが非常に高度で、かなり中枢に近い秘密であるように感じられる。実際、あながちその感想は間違いでもないだろう。
一度、どうやって情報収集をしているのかジンに聞いてみたことがあったが、その時は「私には裏町の全てに『耳』がありますので」と言っていた。
おそらくスキル関係の何かなのだろう。恐ろしいスキルだと感じるが、それを使いこなせる彼はさらに怖い。どんな人生を歩んできたのか恐ろしくなってくる。少なくとも生ぬるいものではないはずだ。俺なんかは比べるのも烏滸がましいくらいの経験を何度もしてきていても全くおかしくはない。
情報精査に関しても、その情報から「作為」が感じられるかどうかで真偽を判断しているらしいのだが、そんなもの俺には感じられないし、これから感じれるようになる予定もないので聞き流している。正直、俺はまだ人を捨てたくないのだ。化け物になる気はさらさらないのである。
「概ねこれで大丈夫そうですね」
石畳の会議室に彼の声が響いた。各々が、ほぅ、と大きなため息をつき、漂っていた緊張感がほんの少しだけ緩和されたのが分かった。あと、一応言っておくが、防音である。情報屋のそういうセキュリティはバッチリなのだ。
「では、これから作戦会議といきましょうか」
一度、多少弛緩した空気だったが、ジンの言葉でこの場の全員が再び気を引き締めにかかる。これからが、今日の会議の本番と言っても過言ではないのだから当然である。
今日の議題、作戦の立案だ。と言っても俺は割り振られた仕事をするだけなので特に関係ないのだが。どんだけやりたくない仕事であっても拒否できる立場にないしな、俺は。いや、拒否したらそれはそれで許してくれそうではあるんだけど、何もしないというのもなかなか不安になるものであって。
だが、戦闘面の不安よりも『トレース』をうまく使いこなせるかどうかの方がよほど心配である。まだまだ制御が完全にうまくいっているなんて状態からはほど遠いのだ。下手したら発動しない時もあったりするくらいなのだ。
「まず、敵方の基本情報を共有しておきます。今回の標的は「クロニック」。家族です。構成員は約二十名。規模は小さいですが、老舗なので一人一人がかなり強力。戦闘になった時は子供達は必ず多対一で闘うようにしてください」
ジンの言葉で会議室に緊張が走った。子供達の戦闘能力を低く見積もりすぎなのではないかと思ったが、そもそもよく考えたら、子供達はあくまでも情報収集を専門としているのだ。本業傭兵に勝てる可能性は低いと言えるだろう。
完全に彼らを頼りにしていたので、少し焦ってしまう自分がいた。そもそも俺の役割は揺動だから、そこまで本気で闘うような場面はないと思うが。というか、あって欲しくないという願望である。
「分かっていると思いますが我々の強みはあくまでも情報的優位。全員でかき乱しましょう。「クロニック」を」
彼のたった言葉で一気にこの場の士気が上がったように感じた。やはり家族を率いる人物だけあって魅力がすごい。その証拠に子供達の盛り上がりようと言ったら、ついつい祭りかと思ってしまうくらいだ。まあ、彼らのジンを見る目には救世主補正みたいなもんもついているだろうが。
「こちらが「クロニック」の内装です。今、完全に頭に叩き込んでおいてくださいね。この会議が終わったら処分するので」
そんなんできるのは特殊な訓練を受けているお前たちだけである。テレビの前の良い子は真似してはいけませんし、真似できません、だ。東大生でもすぐには厳しいんじゃないだろうか。内装図って意外と情報多いしな。
「当然ですが、これから話す内容は部外秘なので絶対に口外しないでください」
彼は、俺達が図に目を通したのを確認すると、しっかりと念押しをして作戦を語り始めた。
いよいよ本格的に第一の山場です。これからも見ていただけると幸いです。




