貪欲の追憶
マモニルスは、アノルフィア皇国のディルターク公爵家、いわゆる「銅眼の一族」の嫡男としてこの世に生を受けた。なかなか子ができなかった中での男子誕生、公爵家の全員が狂喜乱舞したという。
生誕時、マモニルスの瞳は銅ではなかったが、それでも公爵家の人間はそれを機にすることはなかった。瞳の色は、生まれた時ではなくある時急に変化するものだからである。それが、儀式によるものなのか、それとも自然の過程なのかは「瞳」を血の証としている家によってさはあれど、生まれた時に家が受け継ぐ瞳を持っていないのは自然なことであると言うのは共通している。
そして、ディルターク公爵家の場合、「瞳」は皆例外なく二歳の誕生日に覚醒する。正確に言えば、二歳の誕生日を迎える日、その前日の睡眠中に瞳の色がふと変わるのだ。それは、公爵家の本家の子供である以上、必然にして運命である。
実際、ディルタークの本家に生まれ、銅眼を獲得できなかった人物は一人も存在しなかった。後に「落ちこぼれ」と呼ばれたような才能のないものもまた、ディルターク公爵家のものであると言う証として等しく銅眼だけは手中に収めていたのである。
その時までは。そう、その時までは。
二歳のマモにルスの誕生日。期待に満ち溢れた両親がマモニルスの部屋に入る、その瞬間。何一つ不自由のなかったマモニルスの人生は全く変わってしまった。
両親がマモニルスの部屋へ入り、そして数秒後、絶叫する。それもそのはず。マモニルスは、銅眼に変化しないまま、生まれたままのその瞳で一晩を越したのであるから。それは、マモニルスが公爵家に属す権利のない人物だと言う通告と同じことであった。
マモニルスの父は、真っ先に母の浮気を疑った。当主である父の子が銅眼でないなどあり得ない。であるならば、自分の子ではないのだ、と。
実際のところどうだったのか、それは分からない。だがしかし、その可能性が濃厚である以上マモニルスはディルタークの家にはいられなくなってしまった。当たり前と言えば当たり前である。後世に自らの血を残すことを目的に運営されている「家」の中に一人だけ全く違う地の持ち主。その家の子供として育てられるわけがないのだ。
かくして、マモニルスは捨てられた。彼の母は断罪こそされなかったが浮気の咎によりマモニルスの父との結婚を強制破棄させられ、実家からも勘当され路頭に迷う事態となったと言う話だが、それはまた別の話である。
マモニルスの生きていた痕跡は、徹底的に消された。子供が生まれたこと自体を、ディルターク家は徹底的に隠し通したのである。裏では相当に広まっていたであろうが、それでもあくまでも表ではディルターク家は何も変わらずにそこにあり続けた。
それと引き換えにマモニルスはというと、乳母を一人つけられ、森の中へ放り込まれていた。我が子への最後の情なのか、もっと別の事情なのかは不明であるが、ディルターク家はマモニルスを殺す判断をしなかったのである。
果たして、それが家にとって幸であったのか、不幸だったのか。
マモニルスは、ある夫婦に拾われた。隠居して田舎でのんびり畑仕事をする、そんな夫婦にである。その数刻前に乳母はその厄介な役目から逃げていたため、あと数日発見が遅れればマモニルスは死ぬところであった。
それからマモニルスは、まだ意思も朧な子供ながらも、次々と最良の道を辿っていく。
勉学を学び、体術を身につけ、実践的な訓練も行い、魔術も使えるようになった。必死に、必死に努力したのである。子供ながらに、捨てられないようにと必死だったのであろう。
最良の道を辿っていたのだ。だが、その「最良」は誰にとってものだったのか?
マモニルスは、十歳のとき、あることに気づいた。「普通の家」では、子供に過剰な訓練はさせない。睡眠時間を皆無にまで削りながら勉学をさせない。死の淵に立たせて魔力の覚醒を図らない。
そのことに気づいたのは、彼がある組織に売られるその瞬間のことであった。「最良」とはマモニルスを拾った老夫婦、ひいてはその後ろにいた組織にとってのことであった。
老夫婦は金銭を欲しており、「組織」は優秀な人材を欲していた。最初から老夫婦はマモニルスのことを自らの「子」として見てはいなかったのだ。
マモニルスは悔しさで唇を強く噛み締める。「なぜ気づかなかった?」子供ながらに思い悩みもした。「自分に人から愛される価値はないのか?」悩み、苦しみ、もがき、また悩んだ。そして決意する。
「僕に、いや我に、苦しみを与えるすべてのものを排除する。しなければなるまい」、と。
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「これは、悲しい一人の少年の、過去のお話」
その言葉で締めくくられたマキナの話は、まるでその場を見てきたかのような臨場感あふれるものであった。
言葉を発し終わった勢いのまま、マキナはさらに口を動かす。
「その組織、それが「正教」。皇国とねんごろの実質国教さ。そして、僕たちの目下の敵だ」




