終幕、それは次章の開幕
「貴様、異界に連なる者。「勇者」か?」
『マモニルス』の問いかけは、あまりにも大きく広間に響いた。
彼がどうしてそう考えたのかはわからないが、俺が「勇者」であるという憶測は完全に当たっている。何か彼なりの推察基準があるのであろう。「覇気」系の能力が珍しいというのは俺も知っている事実であるので、そこから逆算されたのだろうと推測はたつが、今は根拠のないことを考えている余裕がないので、一旦はスルーである。
それよりも今俺が考えなければいけないこと、それは一刻も早くこの場での戦いを終わらせることだった。先程まででかなり時間を使ってしまったので、本音を言えば今すぐにでも『マモニルス』を倒して戦いを終わらせたい。
先ほどの攻撃が効くということがわかったので、俺としては戦う気満々なのであるが…… 見たところ『マモニルス』はそうでもない。現に今何かを語り出そうとしていた。
俺が無言でいるのを肯定と取ったのであろう。彼は俺を「勇者」だと断定するような口調で喋り始める。
「そうか、そうか「勇者」か。直近の召喚はわずか数ヶ月前。それを鑑みるに、貴様は例の「追放勇者」だろう?噂は聞いている。自らに悪意を向けさせる能力を持つ不遇者だとな。まさか「裏町」に流れていたとは思いもせんかったが」
「だからこその「覇気」か。これは我がもっと早くに気づくべきであったな。そうなればこのようなこと、せずに済んだであろうに。いや、それも含めて「奴ら」の陰謀か。全く厄介なことよな。今回ばかりは使い走りに甘んじた我が悪いのだが、それでも恨みたくはなるものよ」
『マモニルス』は一人で納得して自己完結してしまっているようで、理解させる気がないのだろうが本当に何を言っているのか分からない。理解しようとするが、そもそも前提として持っている情報に差がありすぎるので無駄、というのがどうやら現状のようである。
「貴様らの裏、どうせ「裏町」の創始者、「マキナ・ヴァルキリア」であろう?奴には今まで幾度となく苦渋を飲まされてきた。今回ばかりは奴の「手」に自律させるための布石を与えるのも一興か」
一人で自己完結していた『マモニルス』が、おもむろにこちらに目を向ける。その目は、俺を見据えているようで俺の背後を見据えている、そんな気がした。
何はともあれ、彼が話しかけようとしているのは紛れもなく自分であるはずである。ここには俺と彼しかいないのであるから。会話から彼が「マキナ」への明確な悪意を持って俺に何かを吹き込もうとしていることは明らかであったが、俺は彼の話を聞かないという選択肢を取ることができなかった。
なぜなら……
「端的にまとめようか。知りたいだろう?「勇者」の帰還方法についてだ」
こんな話題を提示されてしまっては、どうしようもないではないか。俺が、どうせ無駄だからと今まであえて考えないようにしてきたこと。いつの間にか深層心理にまで押しやられていた考え。「帰還方法」は存在するのか?
気にならないはずがなかった。この世界も、居心地が悪くない空間は多数存在することが明らかになった。「皇都」では到底暮らしていけそうもないが、「裏町」は自分の居場所となっている。
しかし、本当に自分が生まれ育った場所に帰りたいという、そういう欲はどこまでたっても生き物の中に残り続ける。帰巣本能は、いつまで経っても人間に植え付けられ続ける真理の一つである。
そうして迷い、欲を隠せない俺を一瞥して、『マモニルス』はどこか安堵したように呟いた。
「揺らいだか。これで一応は確認できたということになる。侵食は進んでいないか、影響を無視することができるほど軽微。そう報告すればよかろう」
俺が怪訝そうな顔をするのに対し、『マモニルス』は何かをやり切った後のような顔をしている。俺にとっては今はただただ不可解な時間だが、どうやら彼にとってはそうではないらしい。
俺はどうにも彼の発言に統一性を見出せないが、それもまた俺が今、「何も知らない」
からなのだろう。一体何を知ればいいのか。一体どれだけ知ればいいのか。享受することでしか知を得られない俺にとってそれは致命的な問題である。
「して、帰還方法であったな。我は「契約」を違えることはない。それが自らに対するものであるならばなおさらの話。話してやろう。こちらが得た「利」の分だけな」
急激に飛んだ話がやっと帰ってくる。『マモニルス』は、ようやく俺に向かって帰還方法を語り始めた。
「召喚時の説明にもあったと思うが、必要なのは強大な力。純ぜんで濃密なマナの結晶が必要となる。そして最も大事なのが、同一性の保持。要は、一人でも欠けたら元には戻れない。せいぜい奮闘せよ、追放勇者。この世界の荒波はたかだか数十の若造、いとも容易に打ち砕き、藻屑へと移ろわせるぞ」
「ではさらばだ、この拠点は放棄してやろう。また近いうちに会おうぞ、勇者」
最後に謎の警告を残して、マモニルスは姿を消した。跡形もなく、完全に。本当に、前触れすらなく、唐突にまるで元からそんな人物存在していなかったかのように消え失せたのだ。まるで先ほどの出来事が夢だったかのように。
しかし俺は知っている。これは夢ではないのだと。自らの体に残る傷跡がそれの証人になっていた。結局何がしたいのか、目的が一切不明であった『マモニルス』。何はともあれ、問題は解決したのだと、そう思っていいのだろうか?俺は自らに自問する。
そのといに答えは出ない。しかし、今ここに確かに一つの分岐点が存在している。それだけは俺にも容易に分かる。どちらの道に行くのか、選択するまで時間はそう残されていない。だからこそ、1秒1秒を全力で過ごさねばならないのだ。
そう、自分の中で締めくくっていると、ジンとアリアがやってくる。アリアは「五角頂」と呼ぶ『マモニルス』の五人の部下たち、ジンは「情報屋」の北征隊を引き連れて俺と合流する形となった。
何が真なのか、何が偽なのか、今この場にいる誰もが、おそらく明確な答えを持っていない。だがしかし、何か大きな嵐が起きようとしていることだけは、おそらく全員が予感しているであろう。
そんなことを思いながら、俺は「ヘキサンド」の拠点を抜け出す。推測通り、そこは「裏町」の一角であった。うっすらと暗かった空が紫に染まる、そんな空が俺たちを迎える。
朝日のちょうど差し出す頃、俺たち「情報屋」は北征を完了させたのである。
これで第三章が終わった形になります。今全力で伏線、というかあからさまな謎を散りばめていますので、ここから回収していくターンだと思っておいてください。とか言っておいてまだまだ伏線を張利まくるかも知れませんが。
何はともあれ、今後とも作品を投稿し続けますので読んでいただけると嬉しいです。




