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力戦奮闘の美少女殺戮兵器1

 下陰玲児。

 十七歳。

 県立宮良美高等学校二年生。

 両親と四つ歳の離れた妹との四人家族。

 中肉中背。

 黒髪の釣り目。

 性格は一言で短気。

 喧嘩っ早くタイマンでは負けなし。

 勉学は不得手。

 だが集中的に努力すれば、それなりの成果は出せる。


 彼の日常は至って平凡なものだ。

 平日は午前七時に起床する。

 目覚ましは使わない。

 妹の梨々花が毎朝きまって起こしに来るからだ。

 バケツ一杯の水を掛けたり、顔面にパイをぶつけたりと、その起こし方もバラエティーに富んでいる。


 朝は基本的に、家族全員で朝食をとる。

 朝食のメニューは和食が多い。

 母親は料理好きだ。

 一汁三菜を守られた朝食は味も栄養バランスも申し分ない。


 母と父は仲が良い。

 結婚して二十年を迎えるというのに、未だに新婚のような振る舞いをする。

 母が自分の箸で父に食べさせてやっている姿を、たまに見ることもある。

 母に対して鼻の下を伸ばす父に、威厳など何も感じないが、これでも昔は玲児に負けず劣らず、狂犬のごとき乱暴な性格だったらしい。


 食事を終えると、朝のニュースを横目に見ながら学校の支度をして、午前八時には妹と一緒に家を出る。

 地元の中学校に通う梨々花とは異なり、高校まで電車通学している彼は、その時刻に家を出てもきっぱりと遅刻する。

 だがそれを彼はもちろんのこと、優等生である梨々花でさえも気にしたことはない。


 高校に到着すると、彼は自身の教室へと向かう。

 当然、授業はとうに始まっているため、彼は毎日、遅刻の言い訳を考える必要があった。

 すでに親戚の類は五、六回ほど死亡したことになっているが、もはや教師もその点について指摘することはない。


 授業は真面目に受ける。

 きちんと教師の言葉に耳を傾け、黒板に書かれた文字をノートに書き写す。

 なぜかこの彼の態度に周囲は驚愕する。

 喧嘩こそするものの、真面目な生徒だと自負している彼としては、その周囲の反応が甚だ不本意であった。


 放課後は基本的にまっすぐ家に帰る。

 あまり群れる性格でもないため、最低限の友人しか作らず、遊びに誘われることも少ない。

 たまにチンピラ然とした連中から呼び出しを受け、喧嘩をしてから――当然ボコボコにしてやる――帰宅することもあるが、その際は青痣をつけた彼の姿に、憤慨した妹から説教――当然ボコボコにされる――を受ける。


 夕飯まではゲームや漫画を見て過ごす。

 特にジャンルに拘りはなく、面白ければ何でも良い。

 だがいわゆる萌え系と呼ばれる類は、苦手意識があり手を出したことがない。


 父は仕事が忙しく夜遅いことが多いため、夕飯は母と妹の三人で取る。

 母と妹による終着点のない会話に適当に相槌を突きながら、彼は手早く夕飯を済ませる。


 夕食後は風呂に入り、テレビ番組を適当に眺めて、午後十二時には就寝する。

 そしてまた翌日に朝を迎えて、当たり前の日々を過ごすこととなる。


 ――――


 ――――


 これが下陰玲児の日常であった。


 これが下陰玲児の記憶であった。


 これが下陰玲児の証明であった。


 この日常があるからこそ、この記憶があるからこそ、下陰玲児という存在を証明することができる。

 この日常を過ごしたという記憶が真実だからこそ、下陰玲児という存在の証明が真実となる。

 自分が下陰玲児だということを信用することができる。


 だが仮に――


 この日常が誤りであるのなら、この記憶が誤りであるのなら、下陰玲児という存在をどう証明すればいいのか。

 自分が下陰玲児だということをどう信用すればいいのか。


 そもそも――


 ()()()()()()()()()()()


 欠落した記憶により、この日常を証明する手段を持たない彼は、もはや自身が下陰玲児だということにさえ確証が持てず、自身の存在を見失いつつあった。


==============================


「のはははは!

 我こそは『十二星座』が一角――トーラ……」


 以下省略。


 神奈川県小田原市立花北地区。

 死霊魔術師ユリア・シンプソン=ロクスバーグが暮らす洋館。

 早朝八時に目を覚ました玲児は、今朝も律儀に出勤してきた悪魔――確か三体ほど現れた――を適当に叩き伏せた後、スーツに着替えてリビングに向かった。


 悪魔退治に二時間かけた――ほとんどの時間が悪魔の登場待ちだが――ため、今は午前十時となっている。

 リビングを覗くと、そこにはユリアの守護隷である、プラトンとフィリナがいた。

 二人はこの屋敷に暮らしているため、リビングにいても何ら不思議はない。


「お疲れ様です、レイジさん。

 朝食のご用意ができていますよ」


「今日は参戦せず済まない。

 テレビの占いで運勢が最悪だったのでな、落ち込んでいた」


 ソファに並んで腰掛けているフィリナとプラトンが、玲児にそう声を掛けてくる。

 二人の挨拶に適当に応えつつ、玲児は視線を移動させる。

 フィリナとプラトンが座るソファの、テーブル――朝食のフレンチトーストが置かれている――を挟んで対面のソファに、一人の女性が座っている。

 白い小袖に赤い袴。

 腰まで伸びた三つ編みの黒髪。

 それは――


 犀川神社に務めている退魔師の女性だった。


 尖らせた瞳でこちらを睨んでくる退魔師に、玲児は片手を上げて挨拶をする。


「わざわざ悪いな。

 ミーコ」


「ミーコ言うな!」


 退魔師がソファから立ち上がり、顔を赤くして抗議の声を上げた。


「私は如月(きさらぎ)皐月(さつき)だ!

 ネットアイドルの名前で私を呼ぶんじゃない!

 いいな!」


「ちなみに巫女だからミーコなのか?」


「ほっとけ!」


 そう声を荒げて、退魔師ことミーコ、改め如月皐月が赤くした顔をぷいっと逸らす。

 何やら機嫌を損ねたようだが、玲児はそんなことなど構わず、如月に尋ねる。


「それで、昨日お前に頼んでおいたものは、持ってきてくれたのかよ?」


「……だからこうして、学校を休んでまで死霊魔術師の家に来ているんだろうが」


 如月が懐に手を入れて、そこから数枚の紙を取り出す。

 紙にはびっしりと細かい文字が埋められており、遠目にそれが何らかのリストであることが知れた。


「サツキさんがレイジさんに用があると話していましたが……その紙は一体なんです?」


 フィリナからの問い。

 玲児は肩をすくめるだけでそれには答えず、如月のもとまで歩いて近づいた。

 手を伸ばして、如月からリストを受け取ろうとする。

 すると如月がリストの持つ手をさっと引っ込めた。

 怪訝に眉根を寄せる玲児に、如月が眼光を尖らせる。


「これを渡す前に、二つ確認したい」


「……んだよ?」


「本当にこのリストを悪用するつもりはないんだな?」


 如月の問いに、玲児は小さく嘆息する。


「んなつもりはねえよ。

 ちらっと確認して、すぐにリストは返す。

 複製することも写真にとるような真似もしねえ。

 そもそも俺が信用ならねえってお前が言うから、こうしてデータを転送するでも郵送するでもなく、お前から直接渡してもらうんだろうが」


「信用できるわけないだろ。

 言っておくが、これがバレたら私だって不味いんだ。

 どんな理由があろうと、このリストで得た情報を利用して、詰まらんことはするなよ」


「分かってる。

 約束を破ったその時は、プラトンを悪魔の餌にしてやるよ」


「なぜ俺が!?」


 驚愕するプラトン。

 だが誰も少年を相手にせず、如月が「もう一つ……」と口を開く。


「これを見せれば、私がネットアイドルであることを、本当に他言しないんだな?」


「少なくとも俺はな」


 むっと表情を渋らせる如月。

 玲児は肩をすくめて彼女に釈明する。


「これは俺の個人的な要望だ。

 フィリナや、ましてユリアの言動までは縛れねえよ」


「俺の名前が入っていないのはなぜか?」


 ぼやくプラトン。

 彼の嘆きに、フィリナだけが「深い意味はありませんよ」と慰めの言葉を掛ける。

 玲児の言葉を聞いて、如月が小さく舌打ちをして瞳を鋭くする。


「くそ……この()()め」


 その言葉を、如月が特に深い意味もなく発したことは分かっていた。

 苛立ちからこぼれたただの悪態。

 普段の玲児ならば、その程度のこと気に留めることもないが――


 今の彼はその言葉に、急速に気分が沈んでいくのを、自覚した。


 表情を暗くする玲児に、如月が訝しげに眉をひそめる。

 玲児は頭を振って沈んだ気分を払うと、如月に手をかざした。

 少しの躊躇いの後、如月が玲児の手に紙を渡す。


 如月から手渡された紙に視線を落とす玲児。

 そこには――


 宮良美高等学校の在校生徒が、リストにされて列挙されていた。


 二日前。

 初めて如月と出会ったその日、彼女が玲児と同じ宮良美高等学校に通う生徒であることを知った。

 そのことを思い出した玲児は、昨日のうちに彼女に電話して、その学校の全校生徒の名簿を見せてほしいと頼んだのだ。


 外部からアクセスできる宮良美高校のホームページでは、当然ながら個人情報の観点から、在校生徒の名簿など閲覧することはできない。

 だが校内からのみアクセスできるサイトを利用すれば、誰でも在校生徒の名簿を閲覧することができた。


 もちろん、その名簿を学校関係者以外に見せることは禁じられている。

 印刷することさえ学校の許可が必要で、その規則を破れば教師からきつく叱責されることだろう。


 それだけに、名簿を見せてほしいと頼む玲児に、如月は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。

 だが最終的に、彼女のネットアイドルとしての活動を他言しないと約束することで、如月は玲児に名簿を見せることを渋々に承諾したのだ。


 そうまでして、玲児が名簿から確認したかったこと。

 それはひどく単純なことであった。

 玲児は如月から渡されたリストに視線を滑らせ、目的となる名前を素早く探した。


 結論として――下陰玲児の名前は名簿のどこにも記載されていなかった。


 一瞬、目の前が真っ暗になる。

 だがすぐに玲児は、とある可能性に思い至り、沈む気持ちを抑え込み、そわそわと落ち着かない様子の如月に、平静を装い尋ねる。


「この名簿って、つい最近改訂されたとか、そんなことはねえか?

 例えばの話だが、誰かが死んじまって、そいつの名前を消すためにとか、そんな理由でよ?」


「は?

 いや、更新日が年度初めだったからな、改訂とかはないだろ。

 そもそも生徒が亡くなったからと、その年度の在校生を示す名簿を書き換えたりはしないはずだ。

 例え誰かが亡くなったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()わけでもあるまいし」


 その如月の言葉は偶然にも、今の玲児が抱いている心境を的確に示すものであった。

 陰鬱に如月の言葉を認める玲児。

 この名簿は間違いなく、現状の宮良美高校における在校生徒を示している。

 つまり、名簿に自身の名前が記載されていないということは――


 下陰玲児が、宮良美高校に通っていなかったのだという、証明だといえた。


(……こいつは……もう決まりか?)


 思わず苦笑を浮かべる玲児。

 名簿から視線を上げる彼に、如月が手を伸ばす。


「さあ、もういいだろ?

 悪事に加担しているようで落ち着かないんだ」


 玲児は「ああ」と力なく頷くと、如月の手に名簿を渡してやった。

 受け取った名簿を、如月が四つ折りに畳んで懐にしまう。

 名簿の処分は、自宅で行うつもりなのだろう。


 安堵するように息を吐いた如月が、眉尻を吊り上げて周囲をぐるりと見回す。


「さて……では私は帰らせてもらうぞ」


「もうお帰りになるんですか、サツキさん?

 もうしばらく、ゆっくりしていってください。

 クッキーを焼こうかと考えているので、サツキさんにも食べて頂きたいのですが」


 フィリナの呑気ともとれる言葉に、退魔師たる如月が表情を渋くさせる。


「あのな……退魔師と死霊魔術師は犬猿の仲といわれているんだぞ。

 退魔師である私が、死霊魔術師の家でのんびりと茶などできるわけがないだろ?」


「そう堅いことを仰らずに、少しだけでも召し上がってはくれませんか?」


「断る。

 魂を救済する退魔師と、魂を使役する死霊魔術師が、分かり合うことなどない」


 頑なにフィリナからの誘いを断る如月。

 どうやら退魔師と死霊魔術師の間には、その魂における認識の違いからか、簡単には埋めることのできない大きな溝があるらしい。

 特に如月は、退魔師であることへの誇りが強いのか、その態度を軟化させる気配がなかった。


 決して首を縦に振らない如月に、困ったように眉を曲げるフィリナ。

 自身の唇に指を当てて思案していた彼女が、何か思いついたのかポンと手を打つ。


「そういえば、ミーコさんのほうのブログで和菓子がお好きだと書かれていましたね。

 実は昨日、ユリア様のお知り合いの方から、石松屋の水ようかんを頂いたのですが――」


「なんだと!?

 石松屋って……あの老舗和菓子店の石松屋か!?」


 先程までの気のない態度を一転させ、フィリナに勢い込んで尋ねる如月。

 前のめりになり、ギラギラと瞳を輝かせる彼女に、フィリナが「はい」とにこやかに頷いた。


「東京にあるお菓子屋さんですね。

 とても人気のお店のようで、特に水ようかんは、開店から三十分もすれば売り切れになり、入手が非常に困難であると」


「ああ、そうだ!

 私も一度その味を体験したいと、開店前に並びに行ったこともあったが、遥か手前で売り切れになり、未だ食べたことがない!

 その水ようかんが!?」


「ええ、ございます。

 宜しければ、召し上がっては行きませ――」


「行く!

 召し上がる!」


 食い気味に答える如月。

 どうやら、彼女の退魔師としての矜持も、老舗和菓子店の水ようかんには勝てないらしい。

 頬を紅潮させる如月に、玲児は冷めた心地で呟く。


「……おい、涎が垂れてるぞ」


「これは涎ではない。

 心の涙だ」


 よく分からない。

 だが玲児は特に指摘はせず、ただ小さく嘆息した。

 水ようかんに興奮する如月から視線を外し、フィリナがその穏やかな瞳を、玲児に向ける。


「玲児さんも朝食後のデザートにお出ししましょうか?

 それとも後になさいますか?」


「ああ……と、後でいい。

 ちと出掛ける約束をしていてよ、あまり時間がねえんだ」


「約束ですか?

 それは誰と――」


 フィリナが首を傾げたところで、リビングの廊下に面した扉が、バタンと開かれた。


「お待たせー♪」


 唐突に聞こえた快活な少女の声に、リビングにいた全員が扉に視線を向けた。

 そこには、黄色いワンピースをベースに、可愛らしいファッションに身を包んだ――


 何とも上機嫌なユリアがいた。


 外套とローブという時代錯誤な姿で、超然とした雰囲気を湛えていた死霊魔術師ユリア。

 そんな彼女が着ている、如何にも現代的で女性らしいその服装に、言葉を失う玲児達。

 目を丸くして硬直する四人に、ユリアがくるりと体を一回転させて、ニコリと微笑んだ。


 スキップでもするような軽い足取りで、玲児へと近づくユリア。

 彼女が小さく跳ねるたびに、そのスカートが花弁のようにふわりと舞い、白い太腿がちらちらと覗いた。


 玲児の前に立ち止まったユリアが、上目遣いにこちらを見つめてくる。

 僅かに頬を紅潮させ、潤んだ瞳で微笑む少女。

 その姿は一般的に、可愛らしいと評価されるものだろう。

 だが玲児は、そのユリアを冷めた目で見降ろしつつ、淡々と疑問を口にした。


「……何のつもりだ、お前?」


「何ってなあに?」


 ユリアが体を左右に小さく振りながら、ご機嫌にクスクス笑う。


「レイジからデートに誘ってくれたんでしょ?

 だからあたしねえ、一生懸命オシャレしたんだよ。

 ねえねえレイジ。

 この服似合ってるかな?

 可愛いと思う?」


「つうかその話しかたも何だ?」


「服装に合わせて変えてみたの」


 平然とそう言ってのけるユリア。

 それが簡単にできるというのなら、彼女が普段している老人のような話しかたも、意図的なのではないかという疑惑が浮上する。


 ユリアの言葉に、ようやく気持ちを立て直したフィリナが、微笑みを浮かべる。


「まあ、レイジさんからデートのお誘いが?

 それは良かったですね、ユリア様」


「うん。

 昨日は嬉しくってね、夜もなかなか寝付けなかったんだよ」


 これは嘘だ。

 なぜなら昨日、夜中にテレビを見ながら寝落ちしたユリアを、玲児は寝室に運んでいるのだ。

 すぐにバレる嘘を平然と吐いたユリアが、さらに言葉を続ける。


「今日はね、二人で映画を見に行くんだ。

 レイジがチケットを持ってきてくれたんだよ。

 薄暗い映画館で二人きりだなんて、あたし一体何をされちゃうんだろ」


「何もされねえし、映画館なんだから二人きりじゃねえだろ」


「他の人達なんて気にならないもん。

 あたしはレイジだけを見てるんだよ」


 ユリアの異常なテンションに、深々と溜息を吐く玲児。

 出掛けてから疲労を感じることは予想していたが、まさか出掛ける前から、これほどの疲労を感じさせられるとは――


(さすがというべきか……クソ)


 ちょっとした頭痛を覚え始める玲児に、フィリナが「まあ」と手をぱちんと叩く。


「映画のチケットだなんて、素敵ですねレイジさん」


「……別に。

 昨日、志田って野郎からペアチケットをもらっただけだ。

 一緒に来る奴は別に誰でも良かったんだが、ユリアを誘わねえと、後で文句いわれっと思ったからな」


 これは半分が嘘であった。

 それが何となく気不味く、フィリナから視線を逸らす玲児。

 するとその逸らした視界に、ユリアが回り込んでくる。

 わざわざ彼の目の前に現れたユリアが、何かをねだるように手をかざした。


「それじゃあ、デートに行こうか。

 はい、恋人らしく腕を組んでいこう」


「誰が恋人だ。

 腕なんか組まねえよ。

 つうか少し離れて歩け。

 気色悪いんだよ」


「意地悪を言うレイジに、えいギュッ♪」


 こちらの言葉など無視して、玲児の腕に絡みつくユリア。

 フニャリと肘に当たる彼女の胸の感触に、玲児の神経に電流が奔る。

 玲児は悪態を吐いていた時から、まるで表情を変えることなく、体を摺り寄せてくるユリアに、冷たく言い放つ。


「手を離すな。

 はぐれないようもっと体を寄せるんだ」


「ほんにお主は素直よのう」


 少女らしい無邪気な笑みから、含みのある笑みに切り変えるユリア。

 口調も普段の調子に一瞬だけ戻るが、すぐにまた普通の少女へとシフトチェンジし、華やかに微笑む。


「ほら、早く行こ。

 映画もう始まっちゃうよ」


「いや、まだ朝飯食ってねえんだけど」


「嫌だ。

 ユリアを食べたいだなんてエッチ♪」


「言ってねえし」


 ユリアに腕を引っ張られながら、部屋の出口へと歩いていく玲児。

 優しい笑顔を浮かべているフィリナと、未だ呆然と目を丸くするプラトンと如月。

 その三人を順番に見やり、玲児は腕に体を寄せたユリアに、視線を戻した。


 まるで裏表を感じさせない、快活な笑顔を浮かべた少女。

 斜に構えた普段のユリアからは想像することもできない、その年相応の少女らしい明るい笑顔に――


 玲児は胸に小さな痛みを覚えた。


 ユリアの目論見は分かっている。

 普段とは調子の異なる、可愛らしい少女然とした演技をすることで、玲児を困惑させて、その動揺した姿を見ることが目的なのだろう。

 そして腹立たしいことだが、玲児は彼女の思惑通り動揺を顕わにしてしまっている。

 そんな彼の間抜けな姿を見て、彼女は華やいだその笑顔の奥で、嘲笑を浮かべているに違いない。


 それは分かっている。

 理解している。


 だがしかし――


(僅かでもそこに……映画に誘われたことに対する、純粋な喜びがあるとしたら……)


 ()()()()()()()()()ことに気が重くなる。


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