力戦奮闘の美少女殺戮兵器2
「まず前提となる話だが、悪魔とはもともと、人間の魂が変化したものだ」
そう話して、志田桐生が玲児に視線を向けた。
引越しの挨拶をするということで、ユリアと共に訪れた死霊魔術協会横浜支部局。
その協会が運営する喫茶店の地下で、玲児は局長である志田桐生と対面した。
玲児が志田と出会った時、すでにユリアは志田との挨拶を済ませ、一人先に屋敷へと戻っていた。
彼女の身勝手な行動に憤る玲児。
だが彼はすぐに、志田からとある事実を聞かされたことで、その憤りを困惑に変えた。
その事実とは――
自身が悪魔であるというものであった。
生前の記憶が欠落していることで、自身が下陰玲児という人間であることを証明できずにいた玲児。
そこに自身が悪魔であるという可能性を示唆されたことで、強い不安を抱いた彼は、自身の存在について死霊魔術に詳しい志田に相談することとなる。
志田の執務室に案内された玲児は、志田の座るソファとは、対面に位置するソファに腰を下ろした。
おかっぱ頭の少女――志田の守護隷だというキシリア――が、音もなく志田の背後に控えたところで、志田が開口一番に口にしたのが、先の言葉だった。
悪魔とは人間の魂が変化したもの。
志田の言葉に、眉をひそめる玲児。
疑問符を浮かべる彼に、志田が体をやや前に傾け、言葉を続ける。
「人が死ぬと、肉体が失われ魂だけの存在となるんだが、その状態のまま長時間、この世界に留まり続けていると、徐々に魂が劣化していき、いずれ消滅する。
つまり人は二度の死を迎えることで、この世から完全に存在を消すことになるんだ。
だがまれに消滅を免れて、その存在を転化させるものがいる。
その転化した存在を、私達は悪魔と呼んでいる」
そこまで一息に話して、志田が背後にいるキシリアをちらりと一瞥する。
「死霊魔術師が守護隷として使役する魂は、その人間から転化した悪魔であることが、ほとんどだ。
稀に動物の魂から転化した悪魔を使役する変わり者の死霊魔術師もいるがね。
何にせよ、悪魔とは強力な存在であり、死霊魔術師にとって大切な相棒でもある」
キシリアが能面のような表情で、おもむろに力こぶを作る。
強力な存在であることをアピールしているのだろう。
そんな自身の守護隷に、主たる志田が苦笑を浮かべる。
「悪魔の性格は、生前のそれを引き継いでいることが多く、その姿形も深層心理が強く影響しているらしい。
だが死霊魔術師が悪魔の魂を剥き出しのまま使役することは少なく、キシリアのように、通常は適切な人形を用意して、そこに魂を憑依させるんだ」
志田の言葉を証明するように、キシリアが自身の腕を肘からへし折る。
彼女の突然の暴挙にぎょっとする玲児。
志田も彼女のその行動は想定外だったのか、目を丸くした後に「また新しい体を用意しなきゃ」と落胆したように溜息を吐く。
「死霊魔術師が人形を用いるのは、悪魔の魂を剥き出しのままにしていては、人間の魂と同様に、劣化が進むからだ。
ただし悪魔の場合は、劣化することで力を際限なく高めていく。
一見して死霊魔術師にとって利点にも思えるが、力ある悪魔を使役するのは難しいからね。
自身の技量に見合うところで、魂の劣化を防止しなければならないんだよ」
ユリアの屋敷にちょいちょい現れる『十二星座』という悪魔。
死霊魔術師に使役されていない彼らは、志田がいうところの剥き出しの魂なのだろう。
不気味――或いは珍妙――な姿形をしたその悪魔と、志田の背後に控えている少女の姿をしたキシリアとでは、まるで印象が異なる。
だが両者の違いは、人形という器があるか否かというだけらしい。
今まで適当に聞き流していた悪魔という存在について、何となくだが理解する。
腕を組もうとして、左腕がないことに気付き――キシリアの魔術により焼かれた――、仕方なく右手で頭を掻く。
しばし思案した後、彼は期待と不安を半々に尋ねる。
「……悪魔が人間から転化したってなら、俺が人間の記憶を持っているってのも?」
「いや……残念だがそれはあり得ない」
志田が申し訳なさそうに、玲児の言葉を否定する。
「転化した時点で、人間と悪魔は別種の存在になる。
性格や姿形は、人間であった頃の資質に多少なりと影響するが、記憶が残っているという例はないんだ」
「……だったら、俺にある下陰玲児の記憶は何なんだ?
どう説明するってんだ!?」
つい口調を強めて、玲児は志田に問い質した。
高圧的に睨みを利かせる玲児に、口を閉ざして沈黙する志田。
五秒、十秒と時間が経過し、志田が小さく息を吐く。
「……可能性として考えられるとすれば、それは人工的に魂が造られた場合だ」
志田のその言葉に、玲児は息を呑む。
人工的に魂を造る。
それはプラトンとフィリナも話していたことだ。
彼らは自身の魂をユリアにより造られた人工的なものだと、玲児に説明していた。
玲児はその話を聞いて、どうして自分だけが人間の魂なのか首を傾げた。
彼らと同じ守護隷であるにも拘わらず、どうして自分だけが人工的な魂ではないのか疑問を抱いた。
だが仮にプラトンやフィリナと同様に――
自分もまた人工的な魂なのだとすれば――
抱いていた疑問などすぐに解消される。
「人間の魂には特徴が幾つかある。
しかし魂の劣化から転化した悪魔は、その特徴を失っていることがほとんどだ。
死霊魔術師や退魔師は、その特徴の有無により、人間と悪魔の魂を見合わけている。
そして人工的な魂というのは、人間の特徴を有していない。
ゆえに私達はその魂を差して、悪魔だと評価する」
「……俺がその人工的に造られた魂だから、アンタらからは悪魔に見えるってのか?」
「……そういうことになるね」
躊躇いがちに志田が頷く。
「人工魂であれば、その悪魔の人格や記憶を自由に造ることができる。
むろん、制限がないわけじゃないがね。
しかしユリア先生ほどの技術があれば、人間として生きていたという偽りの記憶を造りだし、自身が人間であったのだと、悪魔に信じ込ませることも可能かも知れない」
「……そんなことに、一体何の意味があるってんだよ?」
人工魂による人間の偽装。
そのために、この不完全な記憶が造られたというのなら、それは一体何の目的でなされたのか。
玲児の疑問に、志田が静かに頭を振る。
「……分からない。
私にはまるで意味のないことのように思える」
「だったら――」
「だが――ユリア先生ならばそれをしても不思議はない。
あまり言いたくはないがね」
口調を強めてそう断言する志田に、玲児がぐっと言葉を呑み込む。
人形の体だというのに妙に喉が渇く。
体の震えを抑える玲児に、志田が沈痛な面持ちで口を開く。
「そもそも人工魂というのは死霊魔術師の間では禁忌とされる術法なんだ。
死霊魔術師は神を敬愛し、神の生み出した魂にも敬意を払っている。
魂を己の道具とする死霊魔術師を退魔師は非難するが、私達も決して適当に魂を扱っているわけじゃないんだ。
好奇心のままに魂を収集して、思うままに魂の情報を解析し、あまつさえ、神を模倣して魂を造りだそうとするなんて、死霊魔術師として神の冒涜にあたり、本来は許されないんだよ」
人工魂についてフィリナと会話した際、人工魂を造るには技術的な問題の他に、倫理的な問題があると、彼女が言い淀みつつも話していたことを思い出す。
フィリナが話した、その倫理的な問題というのが、死霊魔術師における禁忌ということなのだろう。
小さく溜息を吐いた志田が、「しかし……」と力なく頭を振る。
「ユリア先生はその禁忌を破り、人工魂の研究を続けた。
高い技術と知識を有する先生を私は尊敬しているが、こればかりは擁護できないかな。
死霊魔術師として優れている先生が、同じ死霊魔術師から目の敵にされているのも、これが原因なんだ。
もっとも――」
志田が肩をすくめて、手のかかる子供について語るように、苦笑を浮かべる。
「悪魔や退魔師、はては死霊魔術師からも敵視される先生の噂は、大半がでたらめなものだけどね。
先生が禁忌を犯し、多くの悪魔を狩っていたいのは事実だけど、その他の悪い噂は、話に尾ひれがついたものや、先生の名前を語った何者かによる仕業だったりするのさ。
ただ先生はそれを面白がって釈明しようとしないから、噂ばかりが広まり――」
志田が浮かべていた苦笑に、僅かな誇らしさを滲ませて、その言葉を口にした。
「彼女は『狂気の死霊魔術師』と呼ばれるようになった」
「『狂気の死霊魔術師』……?」
志田の言葉をなぞる玲児。
話が逸れていることに気付いたのか、志田が咳払いする。
「……えっと、つまり先生が面白いと感じてしまえば、それが仮に理にそぐわないものであろうと、それを実行してしまうということだ。
先生が人間の記憶を持った悪魔を造りたいと、気紛れにでも思ったのだとしたら、そこに意味や根拠など求めても無駄なんだよ」
確かにそうかも知れない。
玲児は志田の話を陰鬱に認める。
ユリアは自身の欲求に忠実だ。
自分の思いつきを常に優先し、その尻拭いを他者にさせることに躊躇がない。
むしろ面白がっている節さえある。
短い期間だが、そのユリアの身勝手な行動により、多大な被害を被ってきた玲児は、それがよく分かっていた。
だがしかし――こればかりは今までのように、ただの身勝手で納得できるものではない。
自分を人間だと信じて込んでいる悪魔を造り、それを眺めて楽しんでいるなど――
「……いくら何でも、悪趣味が過ぎるだろ」
右手の拳を強く握りしめる。
ユリアへの激しい怒り――ではない。
ただ自分がさも人間であるように振る舞っていたことが、余りにも惨めで、やるせない気持ちだった。
表情を歪める玲児に、志田が慌てた様子で「待って待って」と手を左右に振る。
「あくまでもこれは、現段階での推測に過ぎないよ。
そう思いつめないで」
「……だがそれしか考え付かねえんだろ?」
じろりと睨む玲児に、志田が「そうだけど……」とポリポリと頬を掻く。
「先生のことだから、私が思いつかない何か方法や理由があるのかも知れない。
どちらにせよまだ可能性の段階だから、やけになって先生に殴り掛かったりしないでよ?」
そんなつもりなど端からないが、ではどうしろというのか。
仏頂面で睨む玲児に、志田が困ったように眉をしかめて、首を捻った。
「結局は、先生に直接理由を尋ねるのが一番なんだけど、ひねくれ者の先生が素直に答えるとも思えないし。
いや、逆にさらりと答えて、こちらの動揺を狙いにくるかも――」
ブツブツと呟きながら思案する志田。
彼の考えがまとまるのを、玲児は沈黙して待った。
一分ほど経ち、志田が「……まあ仕方ないか」と乗り気でない口調で言う。
「屋敷の中にあるだろう君の構成陣を、私が確認してみるよ」
「構成陣?」
ユリアが悪魔を召喚する時に使用していたカードの、その表面に描かれていた、円を縁にした複雑な文様。
それをユリアが構成陣と呼んでいたことを、玲児は思い出す。
「確か……魂の設計図ってやつか?」
「そう、それのこと。
降霊術で召喚する魂の情報は、全てそこに記載されているんだ。
人間とか悪魔とか関係なくね。
君も降霊術により召喚されたなら、その構成陣が屋敷のどこかにあるはずだ。
それを確認すれば、君が人間か悪魔か、人工か天然か全て分かる」
「マジか!?
だったらすぐに確認してくれ!」
意気込む玲児に、志田が溜息を吐く。
「簡単に言わないでよ。
君の構成陣を確認するためには、まずはその構成陣を屋敷から探し出さないといけないんだから。
しかも事情が事情だけに、先生にも黙ってやらなきゃいけない。
まあ構成陣のありかについて目星は付いているんだけど……」
「なら楽勝じゃねえか!
頼むからやってくれ!
このままじゃあ気分が悪いんだよ!」
正直なところ、自分の記憶が全て作り物であるならば、それを知ることは恐ろしい。
だがその疑問から目を背けて、このまま生きていくことも難しかった。
ならばいっそのこと、悪魔だろうと化物だろうと、確かな自分の正体を知りたい。
その真実に対して、受け入れるか拒絶するかは、その時になって考えればよいだろう。
真剣な面持ちで懇願する玲児に、志田が躊躇いがちに「分かった」と首肯する。
「だけど先生が屋敷にいては構成陣を探すことはできないから、何か都合の良い理由をつけて、外に連れ出してくれ。
えっと……確か映画のペアチケットがあるから、それで映画に誘ってみるとかね。
その間に私が屋敷を訪問して、君の構成陣を探してみるよ」
「映画か……あいつと二人っきりで映画なんて、ゾッとしねえな」
「我慢してくれ。
私だって先生に後で何を言われるか分かったもんじゃないんだから」
眉をしかめて笑う志田に、玲児も苦笑して頷いた。




