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怒髪衝天のメイド5

 迫りくる武装したメイド達に、呆然と立ち尽くす玲児。

 するとここで、ユリアが素早い動きで懐から一枚のカードを取り出し、それを頭上に掲げた。

 そしてその直後――


 ユリアの掲げたカードから稲光が奔り、喫茶店に強風が吹き荒れる。


「うぉおおおおああああああ!」


「きゃああああああああああ!」


 突如発生した強風に煽られ、店内を転げまわる玲児とメイド、ついでに騒動とは無関係の客達。

 吹き飛ばされた椅子がガラスをぶち破り、横転したテーブルが仕切り板を押し倒す。

 店内に悲鳴が飛び交うも、荒れ狂う強風に吹き千切られ、誰の耳にも届かない。

 床に伏せた玲児は、空気の鳴る音を聞きながら、その強風が過ぎ去るのをひたすらに待った。


 体感的には数分、実時間にして十秒ほどして、強風が収まる。

 玲児は床に伏せたまま、顔を上げて店内を確認した。

 店内に散乱する椅子やテーブル、食器に調味料、そして目を回したメイド達。

 まるで台風でも来店したような店内の惨状に、玲児は息を呑んだ。


 その中、なぜかユリアだけが強風の被害を受けていないようであった。

 店内でただ一人立っている彼女が、掲げていたカードを下し、床に転がる玲児に視線を向ける。


「何をそんなところで転げておる。

 取り次いでもらえなんだ、こちらから志田桐生のもとまで出向くことにするぞ。

 さっさと立ち上がらんか」


「……その前に、いま何があったのか説明しやがれ」


 地べたに這いつくばりながら、半眼でユリアに尋ねる玲児。

 彼の問いを受け、ユリアが気楽に肩をすくめ、手にしていたカードをかざして見せる。

 そのカードには、円形を縁にした複雑な文様が描かれていた。

 眉をひそめる玲児に、ユリアが説明を始める。


「悪魔が扱う魔術。

 その機能だけを抽出した構成陣を用いて、魔術そのものを召喚したのじゃ。

 死霊魔術師が扱う降霊術の、ちょっとした応用というところじゃな」


「……んなことまで、できんのかよ」


 ふらつきながら立ち上がる玲児に、ユリアがカードを懐にしまい、嘆息する。


「本来ならば、このような事態の収拾はお主の役目なのじゃぞ。

 しかし今回限り、素人の女子相手には手が出しにくいだろうと、わしが少しばかり手を貸してやった。

 じゃが、手助けするのもここまでじゃ。

 わしがキリウに滞りなく会えるよう、便宜を図るが良い」


「……ちっ、やっぱ会いに行くこと自体は、止めやしねえんだな」


 それは昨日、退魔師がいる神社へのこのこと参拝に出掛けたことからも、何となく予想していた。

 ユリアを中心にして巻き起こる数多くの問題。

 それら問題に対して、彼女は積極的に係わろうとはしない。

 それどころか、問題自体が存在しないかのように、彼女は自由気ままな振る舞いをする。

 それら彼女が無視する問題の対処は全て――


 彼女の守護隷である玲児の役目なのだ。


 ユリアに対して、敵意を剥き出しにするメイド姿の死霊魔術師。

 仮に彼らが何百人と立ちはだかろうとも、ユリアが自身の行動を改めることはないだろう。

 彼女にとってそれら問題は些事に過ぎず、彼女が志田桐生に会うことを諦める理由とはならないのだ。


 玲児はそれを再確認して、素早く視線を店内に巡らせた。

 目を回していたメイド達が動きを見せ始めている。

 玲児は舌打ちをして、ユリアに口早に尋ねた。


「そのお前が会いたがってる、志田桐生って野郎はどこにいやがるんだ!?」


「この喫茶店の地下だと聞いておる。

 そこのスタッフルームから行けるはずじゃぞ」


 そう話して、スタッフルームの扉へと歩き出すユリア。

 だがその足取りはひどく緩やかで、まるで急ごうとする気配がない。

 次々と立ち上がるメイド達。

 それを横目に、玲児は素早く駆け出して、のんびりと歩いているユリアを抱きかかえた。


「おお、この歳でお姫様抱っことは照れてしまうのう」


「言ってる場合かよ!

 くそ!

 ちゃっちゃと志田って野郎に会って、帰るぞ!」


 スタッフルームの扉を蹴破り、部屋の中に入る。

 簡素な造りの部屋で、どうやら休憩場として利用されているようだ。

 向かいにある扉へと駆け寄り、また扉を蹴破る。

 部屋から出るとそこは廊下だった。

 左右に視線を巡らす。

 右手の奥に、下りの階段が見えた。


「待ちなさいよ!

 どこにいくつもり!」


「死霊魔術師の恥さらしユリア!」


「八つ裂きにしろ!

 火あぶりにしろ!」


「ぽっけべぽこぺげぼおおおろおろ!」


 追い掛けてくるメイド達の怒声が、背後から聞こえてくる。

 怒りのあまり人語すら介さないメイドまでいるようだ。

 この切迫した状況に玲児は背筋を凍らせた。


 右手に向かい廊下を駆け、下りの階段を数段飛ばしで駆け降りる。


「詳しい場所まで案内できねえのか!?」


「わしもここを訪れたのは初めてじゃからの。

 まあ、しらみつぶしに探せば良いじゃろう」


 他人事のように話すユリアに、玲児はこめかみがヒクつくのを感じた。

 だがここで憤慨しても栓ないため、ユリアの言う通り、地下の部屋をしらみつぶしに探し始める。


 地下一階は、更衣室などがあるだけで、人影は見当たらなかった。

 離れた位置から聞こえてくる、メイド達の怒声に肝を冷やしながら、玲児は目に付いた下り階段を、また駆け降りた。

 そして、地下二階に降りてすぐにある扉を蹴破ると、そこには――


 剥き出しのコンクリートで四方を囲まれた、広大な一間があった。


「……何だこの部屋は?」


 玲児の疑問に、彼の腕に抱きかかえられたユリアが、訳知り顔で解説を始める。


「試験場じゃな。

 危険性をともう悪魔の召喚及び、その能力を確認するための部屋じゃよ。

 ほれ、屋敷の地下にも、似たような部屋があったじゃろう?」


 玲児は初めて悪魔と対峙した部屋のことを思い出す。

 確かに、屋敷の地下にあるその部屋と、メイド喫茶の地下にあるこの部屋には、類似性を感じられた。

 コンクリートの壁に高い天井。

 広さは屋敷のものより少し大きく、一辺が三十メートルほどある。


「非常時の際には、この試験場で敵の進行を食い止め、その間に協会関係者は、非常用エレベータで地上へ逃げおおせるという算段だったはずじゃ。

 つまり、ひよっこの死霊魔術師はともかくとして、主要となる協会関係者はこのさらに地下におるということじゃ」


「そうかよ。

 ならさっさと下に降りようぜ」


 部屋にある扉は、自分たちが入ってきた扉の他には、向かいにある一つしかない。

 ユリアが話したように、敵を迎え打つという都合上、一方通行となっているのだろう。

 玲児はユリアを抱えたまま部屋を横断し、向かいの扉に手を掛けようとした。


 瞬間――玲児は直感に従って背後へと飛び退いた。

 その直後、内側に弾け飛んだ扉が玲児に迫りくる。

 咄嗟に体を回転させて、背中で扉を受け止める玲児。

 だが思いがけない強い衝撃に、彼は抱えていたユリアを落として、床を転げてしまう。


「――っ……何だってんだクソ!」


 覆い被さる扉を苛立たしく押しのけて、玲児は声を荒げた。

 扉の破壊された出入口。

 その奥に見える通路から、一人の女性が姿を現した。


 黒い髪をおかっぱにした十代半ばと思しき少女だ。

 喫茶店にいたメイド達と同じ服装。

 床に尻もちを付く玲児を見下ろす、その少女の冷たい瞳は――


 左右で色の異なる黒目赤目(オッドアイ)だった。


「協会に未登録の悪魔……ここから先には進めない」


 蚊が泣くような声でそう呟くと、少女が右の黒い瞳と、左の赤い瞳を同時に細め――


 玲児に向けて駆け出した。


「――んなろう!」


 尻もちをついた姿勢で後方に転がる。

 玲児の体を掠めて、おかっぱ少女の振り下した拳が、コンクリートの床に叩きつけられた。

 本来ならば少女の拳が砕けるはずだが――


 粉々に砕けたのは、コンクリートで固められた床のほうであった。


「こいつは――」


 根拠のない悪寒に従い、少女の拳を回避して正解だった。

 もしこの拳に打たれていれば痛いでは済まされない。

 玲児は後転から素早く立ち上がると、大きく飛び退いておかっぱ少女から距離を空ける。

 少女が床に突き刺した拳を引き抜き、こちらに瞳を向けた。


「……避けないで」


「無茶言うんじゃねえ」


 そう言いながら、腰を落として半身の姿勢で構えを取る。

 どのような理由があろうと、女相手に喧嘩をするつもりはない。

 だが目の前にいるおかっぱ頭の少女が、ただ見た目通りのか弱い女性でないことは、先程の攻撃で証明されていた。


(……死霊魔術師の守護隷ってとこか?

 ユリア以外のは初めて見たが……)


 恐らくは間違いないだろう。

 するとここでふと、玲児はユリアを腕から落としていたことを思い出した。

 慌てて左右に視線を巡らして、少女の姿を探す玲児。

 すると――


 目の前に立つおかっぱ頭の少女。

 その背後にある、扉が外れた出入口の奥に見える通路に、一つの人影がのんびりと歩いていた。

 それは金色の髪を縦巻きにした少女――


 ユリアであった。


 唖然とする玲児。

 通路を歩いていたユリアがくるりと振り返り、ニコリと微笑んで手を振ってきた。

 声には出さず、唇の動きだけで、少女が玲児に言葉を掛けてくる。


「あと、よろしく♪」


 ユリアの姿が通路を曲がり見えなくなる。

 敵意を向けるおかっぱ少女を前にして、呆然と立ち尽くす玲児。

 五秒。

 十秒。

 二十秒ほど経ち、彼は内から湧き上がる衝動に従い――


 声を荒げて絶叫した。


「――あの、クソアマァアアアアアアア!」


 玲児が叫ぶと同時に、おかっぱ少女が接近してくる。

 玲児はとりあえず一叫びして留飲を下げると、すぐに迫りくる少女に意識を集中させた。


 何度も突き出してくる少女の拳を、後退しながら避ける玲児。

 少女の淀みない連続攻撃に、彼は内心で舌を巻いた。

 そのスピードもさることながら、体重移動が的確で、少女がかなりの戦闘経験を有していることが伺い知れる。

 とどのつまり――


(早めに決着付けねえと……ちょっとした油断でぽっくりとやられちまいそうだ)


 ここで少女が、あろうことか上段蹴りを放ってきた。

 短いスカートで蹴り技を行うなど――ある意味――自殺行為だが、それだけに相手の意表を突くことはできるだろう。


 しかし玲児は焦ることなく、身を屈めて少女の上段蹴りを躱すと、視線だけを動かして少女の下着をちらりと確認しながら、少女の死角へと回り込んだ。


(青のシマパン!)


 少女の下着情報を心内で反芻しつつ、少女の右手を捻じり上げて、少女の足を払う。

 うつ伏せに倒れる少女。

 少女の腕を掴んだまま、玲児は少女の背中に軽く体重を掛けて、少女を拘束した。

「――っ」と小さくうめく少女に、玲児は声を落として告げる。


「動きは悪かねえが直線的だな。

 それじゃあテメエよりガタイある野郎には勝てねえぞ」


「……」


 何も応えない少女。

 だが玲児は気にすることなく、口調を鋭くして言葉を続ける。


「アポなしで来たのは悪かったが、ここは素直に通してくれねえか?

 こちとら騒ぎを起こしたいわけじゃねえんだ。

 志田って野郎に挨拶が終われば、すぐ帰るからよ」


 少女がここで、うつ伏せのまま首を捻り、その赤い瞳を玲児に向けてきた。

 まるで濁りのない原色に近い少女の赤い瞳。

 その瞳の奥に――


 ぞわりと凶暴な熱が揺らめいた。


「――!?」


 咄嗟に少女から身を離す玲児。

 だが時すでに遅く、次の瞬間には――


 彼の視界は赤い炎に包まれていた。


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