怒髪衝天のメイド4
メイド喫茶『ニャクロマンシー』。
電飾で飾られた看板に、ペンキをぶちまけたようなカラフルな外装の喫茶店。
その入口の前に立ち、ユリアが真剣な面持ちで口を開く。
「ここが死霊魔術協会横浜支部局じゃ。
覚悟は良いか?
レイジ」
「……何の?」
ユリアの問い掛けに、単純極まりない疑問を返す玲児。
半眼にした瞳に極寒の気配を漂わせる彼に、ユリアが「決まっておるだろ!」とグッと熱く拳を握りしめた。
「店内に潜む可愛らしいメイドと、イチャイチャラブラブする覚悟じゃ!」
「何でだあああああああ!?」
玲児は絶叫すると、無駄に真っ直ぐな瞳をするユリアに、手を戦慄かせて詰め寄った。
「テメエ、ユリア!
死霊魔術協会ってのは口から出任せか!?
ああ!?
俺をこんな場所に連れてきて、一体何を企んでんだ!」
「落ち着け。
メイドとのイチャラブは冗談じゃが、死霊魔術協会は冗談ではない」
憤慨する玲児を嘲笑うように、ニヤリと口元を曲げ、ユリアがチッチッと指を振る。
「考えてみるがいい。
死霊魔術協会が表立って活動できるわけがなかろう。
ここも一見してはメイド喫茶じゃが、それは単なる隠れ蓑に過ぎぬということじゃ」
「……つまり死霊魔術協会は、一般人には知られちゃいけねえ秘密結社ってことか?」
ごくりと唾を呑み込む玲児。
表情を強張らせる彼に、ユリアがさらりと言う。
「――嘘じゃ」
「嘘かいいいいいいいいい!」
「カルト的な宗教団体すら活動が許されるここ日本で、死霊魔術協会が表立って活動できぬわけがなかろう。
メイド喫茶は死霊魔術協会が運営するただの副業で、別に隠れ蓑などという意図はない。
ほれ。
看板の右下に小さく『&死霊魔術協会』とあるじゃろう」
「ぐわっ!
マジで書いてありやがる!」
「ホームページも開設しておるぞ。
従業員のメイドがトップ画面で手招きするのじゃ」
「死霊魔術とか関係ねえじゃねえか!」
「ところで先程お主が口にした、秘密結社という言葉について尋ねたいのじゃが?」
「忘れろ!」
ゼエゼエと大きく息を吐く玲児。
彼の一通り反応に満足したのか、ユリアが上機嫌に「それじゃあ行こうかの」と、喫茶店の扉を開く。
ユリアに散々弄ばれた玲児は、力なく肩を落とすと、軽い足取りで喫茶店に入る彼女に続き、トボトボと店に入った。
喫茶店に扉を抜けてすぐ、「ニャア」と猫の声が店内に鳴る。
どうやらこの音が、客の入店を知らせる合図のようだ。
店内にいたメイド達が一斉にこちらへと振り返る。
「いらっしゃいませ!
ご主人たま~!」
どうやらこの店では、『様』を『たま』と言い換えるらしい。
まあどうでもいいが。
時間帯が昼過ぎだからか、或いはこの地域ではメイドの需要があまりないのか、広い店内には六人の店員と思しき少女と、店員よりも少ない、三人の客の姿しかなかった。
メイド服といえばフィリナもそうだが、この喫茶店にいるメイド達の服装は、一般的なメイド服というよりは、某アイドルグループが着ているような、学校の制服に似せたものであった。
胸元の大きなリボンに、太ももまで見える短いスカート、そして猫耳のカチューシャに、猫の尻尾というのが、この喫茶店でのフォーマルな制服であるらしい。
笑顔を浮かべた一人のメイドが、玲児とユリアの前に立つ。
どういう仕掛けなのか、飾りの尻尾をフリフリと左右に振りながら、メイドが愛想よく声を掛けてきた。
「お二人ですかにゃあ?
どうぞ、お好きなテーブル席に、ご着席くださいにゃあ」
とりあえず、この喫茶店のコンセプトは理解した。
それもまたどうでもいいことだが。
キラキラとした笑顔を浮かべるメイド。
ここが死霊魔術協会だというのなら、彼女もまた死霊魔術師の一人なのだろうか。
それとも喫茶店の営業に関しては、一般人も係わっているのか。
もし彼女が一般人というのなら、死霊魔術協会を訪ねてきたと話しても、意味が通じるか――たとえそれが秘密結社でないとしても――分からない。
だがそんな玲児の心配など他所に、ユリアが堂々と胸を反り、声高に言った。
「わしは死霊魔術師ユリア・シンプソン=ロクスバーグじゃ。
死霊魔術協会の局長たる男、志田桐生と話があるゆえ、早急に取り次いではもらえんか?」
店内に響いたユリアの声に、メイド達の動きがピタリと止まった。
メイド達がただの一般人であり、死霊魔術協会の存在を知らないのならば、ユリアの言葉にメイド達は、ぽかんと目を丸くしたことだろう。
逆にメイド達が死霊魔術協会の存在を知っているのなら、死霊魔術師であるユリアを、丁重に迎えてくれるはずだ。
そう考えていた玲児だが、メイド達の反応は彼の想定とはまるで異なっていた。
ユリアの言葉に対して、メイド達はぽかんと目を丸くするでもなく、友好的にユリアを迎えてくれるでもなく、ただただその表情を――
緊張に強張らせたのだ。
メイド達の想定外の反応に、玲児は訝しげに眉をひそめた。
玲児とユリアの前に立っていたメイドが一歩、また一歩と後ずさる。
彼女の大きく見開かれた瞳。
まるで悪魔にでも遭遇したかのように、カタカタと瞳を震わせている彼女が、唇から掠れた声を漏らす。
「……ユリア……ユリア・シンプソン=ロクスバーグ。
まさか……本物……?」
「無論じゃ。
わしの名を語るような身の程知らずなど、いるわけがなかろう」
居丈高にそう告げるユリア。
その少女の自信に満ちた言葉に、瞳を震わせていたメイドがしばらく呆然とした後に、「そう……そうよね……」と力なく顔を俯けた。
メイドの肩が小さく震えている。
顔を俯かせているため、その表情を確認することができない。
もしかして泣いているのだろうか。
何となくそう推測した玲児だが――
それはきっぱりと誤りだった。
十秒ほどの沈黙。
顔を俯かせていたメイドが、再びその表情を持ち上げる。
徐々に顕わとなるメイドの表情。
そこには涙に濡れた瞳などなく――
憎しみに彩られた瞳だけがあった。
「……確かに、ユリアなんて悪党の名前を語るような馬鹿……いやしないわね」
態度が豹変したメイドに、玲児は息を詰まらせた。
犬歯を剥きだしにして、ユリアを睨みつけるメイド。
飾りであるはずの尻尾の毛を逆立てて怒りを顕わにする彼女に、玲児は困惑しながらも、助けを求めて店内に視線を巡らせた。
だがしかし、店内にいる全てのメイドが、同様に怒りの気配を滲ませて、玲児とユリアを睨みつけていた。
対象を焼き殺さんばかりに憤怒の炎を燃やした視線。
そのメイド達の熱いまなざしに、玲児の額に大量の冷や汗が浮かび上がる。
「……何だよ……一体どういうこった?」
思わず疑問が口を突く。
するとここで「やはりな」と、ユリアが意味ありげに呟いた。
疑問符を浮かべる玲児に、「簡単に説明するとな」と、ユリアが軽い口調で話す。
「わしは、わしと同じ死霊魔術師の連中からも、めちゃくちゃ嫌われておる」
沈黙。
玲児はとりあえず沈黙した。
ユリアの語った言葉を、もう一度頭の中で反芻し、咀嚼して意味を理解する。
ただそれだけの作業に、彼は多大な時間を費やした。
その間、メイド達が動きを見せる。
近くにあるテーブルや棚から、ナイフやフォーク、フライパンや鍋を、各々が手に取った。
その手にした道具で、メイド達が何をするつもりなのか。
恐らく本来の喫茶店にはない、過激な催しを執り行うつもりなのだろう。
ここでようやく、玲児は硬直を脱した。
震える喉を懸命に動かし、大量の空気を体に吸い込む。
そして装填した空気を撃ち出すようにして――
彼は絶叫した。
「何だとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
この声を合図にして、店内にいたメイド達が一斉に、玲児とユリアに踊り掛かった。
==============================
ビービー!
スマートフォンがブルブルと震えながら、警報を鳴らした。
ソファに腰掛けて雑誌を読んでいた彼は、視線だけを動かして目の前のテーブルにあるスマートフォンを見やる。
「……緊急信号」
彼の背後からぼそりとした声が上がる。
今度は視線だけでなく、首を捻り、彼は背後を見やった。
そこには、音もなく彼の背後に控える、一人の少女がいた。
見た目の年齢は十代半ば。
黒いおかっぱ頭に病人のように白い肌。
小さな鼻に薄い唇。
服装は、学校の制服をコンセプトにデザインされた可愛らしいもので、胸元の大きなリボンと丈の短いフリルのスカート、さらに猫耳のカチューシャと猫の尻尾を装備している。
彼の指示を待っているのか、少女が黙したまま彼を見つめている。
気だるげに目尻が垂れた少女の瞳。
その瞳は、右目が黒、左目が赤と、左右で色が異なっている。
彼は少女の瞳から視線を外し、再びテーブルに置かれたスマートフォンを見やる。
「そうだね……喫茶店で何かあったのかな?」
彼はすぐに、間の抜けたことを言ったものだと、苦笑した。
何かあったからこそ、緊急信号が鳴ったのだろう。
彼は開いていた雑誌を閉じ、おもむろに天井を見上げた。
地下にあるこの部屋の、地上階で営業している喫茶店『ニャクロマンシー』。
それは、死霊魔術協会横浜支部局の局長である彼が個人経営している、メイド喫茶であった。
死霊魔術協会は非営利団体であり、金銭を目的に運営されていない。
だがその活動には当然、少なくない額の金が必要となる。
そのため協会は、仕事斡旋の仲介手数料や協会員の会費などで、運営費を賄うこととなる。
しかしここ日本では、死霊魔術師の知名度が他国と比べて低く、また悪魔退治の仕事に関しても、日本独自の文化である退魔師とで、客を二分しあう状況となっている。
以上の理由から、死霊魔術協会横浜支部局は、その運営費を十分に確保できていない。
ゆえに彼は、空き店舗で喫茶店を経営して、協会の運営費の足しにしていた。
喫茶店の従業員は、皆が死霊魔術協会に所属する死霊魔術師だ。
まだ守護隷すら持たない見習いだが、死霊魔術師における最低限の知識はある。
そして緊急信号は、喫茶店としてではなく、死霊魔術協会として緊急性がある場合のみ使用されることとされていた。
緊急信号が鳴らされたのは、喫茶店を経営してから今回が初めてだった。
彼は、テーブルに置かれていたスマートフォンを手に取り、端末を操作しながら口を開く。
「まさか悪魔が来店でもしてきたのかな?
悪いけどキシリアちゃん。
様子を見てきてくれる?
状況によっては、近くにいる死霊魔術師に応援を要請しなきゃならないからね」
「……分かった」
少女から短い返答。
ただそれだけで、少女の身動ぎする音が背後から聞こえてくるわけでもない。
まるで返事だけする、置物にでも話し掛けているようだ。
しかし彼は、それを特に気にしなかった。
少女の気配などもとより読めたことがない。
少女はまるで幽霊のように、音もなく移動して、必要な場所に現れる。
それが――
死霊魔術師である志田桐生の守護隷なのだ。
三十秒ほどして、彼はおもむろに背後を振り返った。
そこにはすでに――
彼の守護隷たる少女の姿はなかった。




