「か、彼氏とか、許嫁とか、そうゆう方っていらっしゃいますか!?」
本屋の扉が空いたことを知らせるベルの音で、ふと意識が浮上した。
アルバさんがいつものように本の仕事で店を出ている間、特にすることもなく店の本を読んでいたところ、どうやら私はそのまま寝てしまったらしい。
酷く懐かしい夢を見て、私は両手を上に上げ背筋を伸ばした。
あれから私は、死にかけていたところをアルバさんに拾われ、それ以来ここで働いている。
アルバさんが私の過去について触れてきたことは一度もなく、いつまででもここにいていいと見ず知らずの私を置いてくれた恩人だ。
名前が無いと言った私に、ミアという今の名前を付けてくれたのもアルバさんだった。
昔彼が飼っていた猫の名前だそうで、当時はその名前に酷く困惑したのだが、今ではこの名前がすっかり自分に馴染んでいるように感じる。
「・・・ミ、ミアさん!」
そう言って私の名前を呼んだのは、お店に入ってきた護衛騎士だった。
一体いつ自分は彼に名乗っただろうかと疑問に思いながらも、肩下まで伸びた自分の髪を素早く整える。
私よりも少し明るい茶色の短髪を持つ護衛騎士はといえば、相変わらずの筋肉質な体で、いつもの制服を身にまとっていた。
「・・・えっと、何かお探しの本でも?」
いつまでたっても口を開かない彼に、思わず私から声をかけてしまう。
今日もフルーツを置いて帰っていくのかと思い、彼の手元を見たがそこには何もなく、思わず安堵した。
今日こそは、彼からの贈り物を断ろうと思っていたため、そのことに少し心苦しく感じていたからだ。
そんなことを考えていると、私よりも頭一つ分は身長が高い彼が私の目を見つめながら、口を開く。
「ミアさんは、その、ご結婚はされていますか。」
「・・・え!?」
「か、彼氏とか、許嫁とか、そうゆう方っていらっしゃいますか!?」
「え、いや、あの、えっと・・・」
「・・・いるんですね。」
「いや!・・・いないです、けど。」
そうですか。そう胸をなでおろす彼に、私は酷く困惑した。
常連客とはいえど、今までほとんど話したことがない人に、急に男はいるかと聞かれる日が来るなんて、誰が予想できただろう。
一体、目の前の男は何がしたいんだと首をかしげていれば、彼は切羽詰まったように、「では、失礼します。」と言い放ち店を出て行ったのだ。
「・・・一体なんだったんだろう。」
まるで台風が去ったかような一瞬の出来事に、これも夢じゃないかと自分の頬をつねった。
数時間後、仕事を終えて帰ってきたアルバさんにこのことを伝えれば、彼はまるでこの世で一番面白い話しを聞いたとばかりに笑い倒し、「若いねえ。」と一言だけ発した後、自室へと戻っていったのだった。
20歳になった春。
私は、ミアとしての人生を歩み始めていた。