前途洋洋、ではなさそう
「・・・あの」
振り向くと、一人の少女がこちらを見上げていた。
「ん、俺らになんか用か?」
俺は目の前の少女に尋ねた。
「・・・・・・」
しかし、少女は何も答えず、ただジッとこちらを見上げるばかり。
俺とミアは互いに顔を見合わせた。
ミアは、まさかと言わんばかりの困惑と驚愕が混じり合ったような表情を浮かべていた。(おそらく俺も似たような表情を浮かべているだろう)
「あ~、・・ひょっとして・・・お前が約束の新入生?」
「・・・・・(コク)」
こちらが問いかけると、初めて少女は反応を示した。
どうやら、この少女が俺たちの待ち人である新入生のようだ。
「名前は?」
「・・・・ノエル」
ミアが名前を尋ねると、初めて少女は言葉らしい言葉を口にした。
ノエル。
それが、この少女のなまえのようだ。
俺は目の前のノエルと名乗る少女に、改めて視線を向けた。
腰近くまで流れている髪は、このあたりでは珍しい、見事な銀髪。
顔立ちは整ったもので、小さな卵型の顔に小ぶりだがスッとした鼻筋に、華やかな彩りを放つ桜色の唇。
瞳の深紅は、暮れゆく夕陽を思わせるが、今は緊張のためか少し揺れている。
特徴的なのはローブの下に身に着けているもので、白い上着に赤いスカートの異国情緒あふれる服装。
たしか、東の〈ヤマト〉という島国の魔術師が身に着ける伝統装束で〈ミコフク〉といったか。
小柄な彼女が身に着けた様は、人形のようで実に可愛らしいものだった。
「・・・いいね、〈ミコフク〉、いいね」
「?」
「!」
脇腹の思いっきりいい所に、ミアの拳が入った。
すみません、冗談です、勘弁してください。
しかし、正直な話、冗談も言いたくなる。
今俺はかなり困惑している。
確かに、うちの学院の方針でグロワール魔法学院は他の魔法学院比べてその門戸は広く開かれており、学院内には多種多様の国の者たちが居る。
しかし、彼の島国は閉鎖的なお国柄で、その魔術体系も特有のモノなことから、彼の国の魔術師が他国に魔術を学びに来ることはまずない。
まして・・・。
『同い年・・・じゃないよなぁ、どう見ても?』
彼女の見た目は、自分や横にいるミアと比べて、かなり幼い。
「・・・・・・」
しかし、こちらの疑問を余所に、彼女は持っていた小さなトランクの中から一通の封筒を取り出し、こちらに差し出した。
「拝見する」
ミアは封筒を受け取ると、中のモノを取り出した。
俺も横から見たが、中には入学許可状と広場に学院の生徒を迎えに出す旨が書かれた手紙が同封されていた。
「確認した。私はミレイア・シュトラウス。
こっちはジーク・ベルンハルト。学院での君の監督役を務めることになった。よろしく」
「?」
俺はかすかな違和感を覚えた。
普段のミアからは想像できないほど、その挨拶は非常に事務的なもので、表情もどういう訳か非常に険しく眉間には皺が寄っていたからだ。
「・・・・・(コク)」
しかし、そんなミアの愛想の欠片もない挨拶を気にした様子もなく、ノエルは静かに頷いた。
俺は何となしに、ノエルに声をかけた
「あ~、そう畏まらなくていいって。監督役って言ったって、これからは同じ釜の飯を食う仲なんだ。仲良くやっていこうぜ!」
「(さっきはどうしたんだ?)」
学院の寮に向かう道すがら、後ろを歩くノエルに聞こえないよう思念魔術(自分の考えを直接相手に伝える魔術)でミアに尋ねた。
「(らしくないぜ?あんな小さな子にあんな態度。そりゃあ、あの子の態度にも問題はあったけど)」
「(すまない、別に彼女に含むところがあったわけじゃないんだ。ただ・・・)」
「(ただ、どうした?)」
「(・・・小さな子というのが・・・な)」
どういう意味だ?
「君は今幾つだ?」
突然、ミアは立ち止まり後ろを歩くノエルに尋ねた。
「・・・・数えで・・・十一」
「そうか」
それだけ聞くと、ミアは再び歩き出した。
戸惑いの表情を浮かべつつも、俺とノエルもそれに続く。
「(何だ、今の質問?)」
俺が尋ねると、すこし苛立たしげにミアが尋ねた。
「(ジークは幾つだ?)」
「(は?先月で十六になったけど。ってか、お前も祝ってくれたじゃん)」
「(そうだ。なら気付け馬鹿。数えで十一になるなら、普通はまだ予科に通ってるような年齢なんだぞ)」
ミアのその言葉でようやく、俺は彼女の言わんとすることが分かった。
通常、何処の国でも最初は親や周囲の人から読み書きなどを習い、その後は、農家や職人などの専門職以外の者は、大体が個人が開いている私塾や、地域の宗教組織が設けている学校などに通い教育を受ける。
そして魔術師というものは、一応専門職に分類されているが、魔術師の元々の成り立ちが特殊な為に、他の職種とは少々異なっている。
まず、魔術師になるには、12歳までの間に規定の魔力水準を満たしていることが前提である。
この規定は各国共通のものであり、その水準は厳しく設定されている。
そして、この水準に達する者は、だいたい100人に1人位の割合である。
次に、水準を満たした上で魔術師になることを目指す者は、それぞれの国の軍人養成教育機関(此方でいうところの騎士養成学校)の魔法科《通称・予科》に入学。
そこで、基礎魔術を始め、魔術師に必要な知識や(戦闘訓練による)武力などを身に着ける。
ーしかし、ここでの訓練もまた厳しいもので、入学から卒業までの3年間の日々を過し、無事に卒業を迎えられる者は最終的には入学時の半分にも満たないー
そして予科卒業後、本人が希望とする魔法学院《通称・本科》に入学し、3年後の卒業を無事に迎えることが出来た者だけが、魔術師として認められるのである。
つまり・・・。
「(よっぽどの天才でない限り、あの子はまだ魔術師としての基礎はできてないわな)」
「(魔術だけじゃない。彼女の身体つきは一般の子供のそれと大差ない。なにかしらの武を身に着けているとはとても思えない)」
俺はちらりと後ろのノエルを見た。
確かに、見た目が整っているのを除けば、ノエルはどこにでもいる普通の十歳の女の子と変わりない。
「(・・・ほとんど素人同然の者が本科に入学。おまけにその子の監督役とはな・・・一体学院は何を考えているんだ)」
ミアは沈痛な面持ちで呟いた。
どうやら、ミアの苛立ちはノエルというより学院のほうに向いているようだ。
「(おまけに、彼女は人見知りみたいだしな・・・前途多難だ)」
「(は!?)」
「(?・・・どうした?)」
「(いや、なんでもない・・・よ?)」
どうやら、ミアの中ではノエルの頑なな態度は、人見知り故ということになっているらしい。
・・・・そうであって欲しいなぁ。
確かに。この役目、前途洋洋とは言い難いものだった。




