第九話:ミカエル・ベエイネイ・ハアダム
繫華街を少し抜けたところにそこそこ大きな図書館がある。ここは学生の勉強場所としてそこそこ有名であり、授業が終わる十六時以降は学生でいっぱいになるそうだ。
自分は言ったことがないが、マタタビが中学受験の際によく言っていたことを話していた。
『着いたか。』
足音を止めると、ソロモンが話しかけてきた。
「ああ。」
『よし、では行くぞ。』
俺は止めていた足を再び動かし、図書館へ向かった。
中に入ると、左右前が本で包まれていた。コーティングされた材木で出来た図書館は、人ごみによって負担がかかりまくっていた肺を優しく包むように感じる。
本はしっかり本棚によって区分けされているが、図書館全体が階段状の構造になっているため、入り口付近は三階の天井に合わせられているため区分けを感じさせないほど広く感じさせる。
「で、何の本が読みたいんだ?」
俺は周りに配慮し、小声でソロモンに聞いた。
『我に関する文献を読みたい。』
「そう。」
入り口付近に貼ってある地図を見てみる。
ソロモンに関する本はおそらく神話関係の場所にあるだろう。神話に関する本は三階にあるようだ。
俺はエスカレーターに向かい、三階に向かった。
三階の壁は全面ガラス状だ。そのため、外の景色を眺めることができる。
壁付近には机が置かれており、高校生たちがそこで参考書を広げて勉強している。
(そっか。まだ高校は夏休みなのか。)
そんなことを思いながら、俺は神話が置いてある場所に向かった。
神話スペースが目に入ったので、そこに入っていく。
本の表紙は漢字やカタカナでいっぱいであり、どれもこれも暑さが辞書並みだ。
「ソロモン…、ソロモン…。」
本の表紙を一つずつ確認していく。
ゼウスやオーディン、旧約聖書や日本神話といった聞き馴染みのある言葉ばかりでなかなか見つからない。
「あっ。」
『どうした?』
思わず出た声を、ソロモンは見逃さなかった。
「『四大天使完全解説』だってさ。」
四大天使。確かミカエルがソロモンの親友だったはず。もしかしたらソロモンに関することが書かれているかもしれない。
『ミカエル以外が載っているのが気に食わんが、いいだろう。』
ソロモンがそう言ったので、周りの本を寄せてそれを手に取った。
他の神話関係の本とは違って、簡単な小説ほどの大きさだ。
近くに座る場所があったので、そこに座り読んでみることにした。
本を開くと、前書きが記されていた。
『ウルよ。気にせず普通に読んでくれ。貴様の視覚からの情報から本の内容を吸収していく。』
ソロモンがそう言ってきたので、彼の言葉に従って普通に読んでいく。
最初の前書きでは、四大天使がどんな存在なのか。人間たちにどんな恵みをもたらしているのかが丁寧に書かれていた。
『ちょっと待て。』
前書きの半ばあたりソロモンが割って入ってきた。
『この世界では四大天使は人々を救う最高の四神となっているのか?』
「そのようだな。」
『断じて違う!』
ソロモンが急に大声で怒鳴った。
脳内に直接聞こえるものなのに、思わず耳を塞いでしまった。
両手を耳に当てたことで、本が床に落ちてしまった。
『奴らは人々を救う神ではない!天界に異物が入ってこないよう監視する部隊の長なだけだ!地上を救うのはこのソロモンだ!』
ソロモンは声を荒げていた。
相当頭にきているらしい。
「その、天界を監視する部隊って何だ?」
俺は恐る恐る聞いた。
ソロモンは息を整え、話し始めた。
『冥天界治安維持組織「シェメゲン」。名前の通り、天界と冥界の治安を維持することを生業とする部隊だ。我が投獄される前はガブリエルが冥界、ウリエルが天界、ミカエルが総括、ラファエルが準統括だった。だが、ミカエルが死んだ今どうなっているかはわからん。逃げ出した時にわずかに冥界の部隊をガブリエルが率いていたから、ガブリエルは変わってないんだろうな。』
「なるほど。」
『話を止めて済まなかった。続きを読んでくれ。』
床に落ちた本を拾い、前書きのページの途中から読み始めた。
前書きを一通り読み終え、次のページをめくると、目次が載っていた。
「誰から行く?」
『ミカエルだ。』
「わかった。」
俺はミカエルのページに飛んだ。
ミカエル四大天使の一神にして、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教においてもっとも偉大な天使の一神とされているそうだ。
「ミカエルって本当はどんな神だったの?」
『そうだな…。』
ソロモンはしばらく黙ってしまった。
俺は気にせず、次のページを開く。
『ミカエルは…「責務と私生活を完全に分けた」やつだったな。』
「どういう意味だ?」
『普段はシェメゲンの長としてクソ神をまとめていたが、我の前ではそんなことを感じさせなかった。』
「なるほど。」
『だからこそ謎なのだ。なぜあいつは我に関して何も言わなかったのか。』
「なるほど。確かにな。」
俺は適当に返した。
心の中で、ミカエルが言わなかった理由が何となく察しがついた。
もしそれが本当なら、ソロモンのことをぶん殴りたくなるし、劣等感が強まる危険性がある。だから、あまり深く入り込まないようにした。
しばらくページを読み進めていく。
本の中には様々なミカエルが登場する西洋画が載っている。どの絵も画家の個性が出ている絵だが、翼を有し、右手に剣、左手に秤を携えている姿は共通している。
絵の隣では、小さな文字で神話の一説を引用した文章とそれの解説文がぎっしりある。正直、今すぐにでもやめてゲームがしたいものだ。
「あっ。」
ページをめくる手を止めた。
ソロモンの指輪
この本を読んで初めて、ソロモンに関する記載がされていた。
「ソロモン、この指輪は何だ?」
『この指輪とは何だ?』
そっか。ソロモンは今視界が全くないんだった。
俺が見ている絵の情報もソロモンに伝わっていないのか。
「ミカエルがソロモンに与えたという指輪だよ。」
『ああ、それのことか。』
ソロモンは思いだしたかのような口調で言った。
『昨日話しただろ?72の神を封印した指輪の話。』
「そういえば言ってたなそんなこと。」
『おそらくこれのことだ。』
「でもさ、ソロモンは受け取ってないんでしょ?」
『ああ、指輪を見ただけだ。』
「この本では渡されたって書いてあるけど…。」
『地上の民が天界の歴史を間違いなく記録できるものか。』
確かに。実際数千年前の人間の歴史だって確証がないものばかりだ。神々の歴史となれば創作性が増すに決まっている。
『我の今の目的は、その指輪を手に入れることだ。』
「72の神の封印を解除するんだな。」
『そうだ。』
「できるのか?ただでさえ自分の封印を解くのに手一杯なのに。」
『できる。なにせ我は知恵の王。あらゆる封印術の知識があるからな。』
「なるほどね。」
高校生が次々と勉強スペースから離れていく。
ポケットからスマホを取り出し、時刻を見てみる。
いつの間にか十二時になっていた。どおりで高校生がいなくなっていくわけだ。
持っている読みかけの本を元の位置に戻し、神話スペースから離れる。
『持って行かぬのか?』
「ああ、ここは図書館。本を持って帰るにはここの会員カードを持ってないとダメなんだよ。で、生憎俺はここの図書館の会員カードを持っていない。」
『ほう。では作ればいいではないか。』
「やだよ面倒くさい。」
俺はあきれ気味に答えた。
ソロモンは何も反論しなかったので、無言のまま図書館を後にした。




