第七話:ハ・アヴァル
「どうだ?良いものが見れただろう?」
目を開けると、あの口元が目に入ってきた。
「いいもの?俺はそれのせいで晩飯食えなかったんですけど!」
「そうか。それはすまなかったな。」
誠意が感じられない無感情な感じで口は答えた。
「そうだな…。では貴様の脳内をいじり、あのような残骸にも耐性があるようにしよう。」
「いや、そんなことをしなければいいだけだろ?」
「それは出来ん。」
口はきっぱり言った。
「どうしてだよ。」
「今のでクソ神に気づかれた。これから奴らが押し寄せてくる。返り討ちにしていかねば我も貴様も、果てにはこの地が消される。」
「はぁー、急にそんな説明されてもわからねぇよ。最初から順序良く説明してもらえません?」
「そうか。いいだろう。貴様には知る権利があるからな。」
口は息を整え話し始めた。
「我が名は知っておるか?」
「えーと、ソロモン…だっけ?」
「そうだ。まさか貴様、我が名を忘れかけていたな?」
「生憎名詞を覚えるのが苦手でねぇ。それと、さっきの出来事で記憶が少し吹き飛んだ。」
「そうか。」
「で、何で今こうなってるの?」
「ここに来る前にクソ神封印術を受けてな。その封印術のせいであらゆる自由が奪われておる。」
「ちょっと待って。そのエル・アールールって何?」
「貴様を襲ったものだ。自らを神と名乗るクソ野郎という意味でそう呼んでいる。」
「そう。」
「本来なら地上で転生体として生まれ、奴らを倒す準備をして攻め込むはずだった。だが、この封印術のせいで常人の肉体に抑え込まれる形で出てしまったのだ。」
「なるほど。てことは、これまでずっと俺の中で封印されていたってことか?」
「そうだ。だが、最近になって封印の効力が弱まった。そのおかげで制限はあるものの術が使えるようになった。そこで、我はとある術を使った。」
「それって…どんな術なんだ?」
「『貴様が死に瀕したとき、一時的に貴様の身体を用いて復活することができる』というものだ。そして、『復活すればするほど封印が解かれていき、本来の力を取り戻す』ことができる。」
そうか。あの時、ソロモンとしゃべっている間、ソロモンは俺の身体を使ってあの化け物と戦っていたんだ。
ソロモンは続けざまに話す。
「だが、力を取り戻すということは同時に奴らに気づかれやすくなるリスクがある。故にこの先、貴様を殺そうと奴らが次々にやって来るだろう。」
「そうか。一つ聞きたいんだが、封印が解除されることには俺にメリットがあるのか?」
「わからん。何しろ初めてくらったものでな。」
ソロモンは少し笑い口調で言った。こっちは笑える状況じゃないっつーの。
「だが、少なからずその影響は出てきていると思うぞ。」
「まさか!」
俺は急いで上着を脱いだ。
腹にはシャワー室で見た文様がしっかり書かれている。
「おいソロモン、これって…。」
「悪いな。今の我は目が見えん。状況を教えろ。」
「俺の腹に変な文様が刻まれているんだよ!しかもこれ、頑張って洗っても洗い落とせなかった。何なんだよこれ。」
「ほう。そう来たか。」
「え?」
「それは我の身体に刻まれているものだ。貴様のいう文様とやらは我が神の時に刻んだものだ。」
「は?神だった時?」
「そうか。それも知らぬのか。いいだろう。話してやる。」
「我は元々、天界と呼ばれる場所に住む神だった。だが、生まれつき神としての力が弱かった我は冥界送りになりかけた。」
「冥界送り?」
「神にふさわしい力を持たぬものや、汚らわしい見た目の神が送られる不浄の地だ。そこに堕とされれば二度と神に戻ることはない。そんな地に送られることを危惧した友は、我に『知恵の神文』を刻んだ。それにより我は『知恵の神』となり、天界での暮らしを送れるようになった。」
「なるほど。その友達には一生ものの借りができったってことだな。」
「だが、神文まみれの身体を汚らわしいと感じた他の神々は、我を冥界に送ろうとした。」
「結局冥界送りになるのか。」
「だが、我は冥界に送られる際、力を振り絞ってこの『地上』に向かった。」
「へぇ。追ってはみたいなのは来たのか?」
「いや。神々にとって地上は冥界よりも汚らわしい地。一人の神が逃げたところで追ってくるものはいなかった。そして、我はその地で王となり、この地上を統べる存在となった。その際、冥界から地上にやってきた72の神を従え、彼らの力を用いてこの地上を天界にも負けぬ楽園にしよう、そう思っていた。」
ソロモンの口調が曇った。
「天界のやつらはそんな我らに対し、地上に天災をおこして邪魔をした。神の身体である我や72の神は大丈夫だったが、この地で生まれたものはその力に抗うことができず次々と死んでいった。天災が収まった際、そこに残ったものは醜い傷跡だった。親を失い泣き叫ぶ子供、わずかな物資を奪い合う男たち、山積みになった死体。神の我々をもってしても、地上では無力に等しいものだった。」
ソロモンの声に涙が混じっていた。
「我は決意した。これ以上地上を弄ぶことを黙って受け入れるわけにはいかない。72の神を従え、天界に向かった。これ以上、地上の民を傷つけるのを辞めさせるために。」
ソロモンは激しい口調で話していた。
だが、急にその激しさが収まり、ゆっくりな口調となった。
「我々は負けた。既に待ち伏せされており、集中砲火をくらった。地上に戻ろうとしたが、既に門は閉ざされていた。我々はぼろぼろになりながら捕らえられた。」
ソロモンは一呼吸置いた。
俺はソロモンの話に入り込んでいた。自然と、引き込まれていた。
「捕らえられた我の前に、神文を書いた友が現れた。我は友に話した。自分がなぜこの行いをしたのか、自分は地上で何を見たのか、全て話した。友はそれを、真剣に聞いた。そして、我の行いを否定しなかった。友はそんな我に、自分の身に着けていた指輪を外し、掌にのせて我に見せた。この指輪には、我と共に戦った72の神が封じ込まれているそうだ。そして友は、これを我の家に封印してくると言った。
『ソロモン、次失敗しちゃ駄目だよ。』
友はそう言って地上に向かった。友が地上に行って少し経った後、我は冥界最下層にあると言われる監獄に送られた。」
「一つ聞きたいんだが、冥界に送られるときに反抗しなかったのか?」
「しなかった…というよりできなかった。今のように全身を拘束されていたからな。だが、五感を完全に塞がれていなかったから周りの状況や送還部隊の会話は聞くことができた。」
「そうか。すまん、続けてくれ。」
ソロモンは深く深呼吸をした。
それを見て、俺は嫌な予感がした。
「送還部隊が、友が死んだことを話していた。どうやら、我の家に指輪を封印して帰ってきたところを捕らえられたらしい。」
ソロモンの声が震えている。
「拷問部隊に全身の皮を剥がされ、両腕両足を潰されたが、我に関する情報を一切話さなかったそうだ。」
「ちょっと待って。何でソロモンは冥界送りになって友達は死ぬはめになったの?」
「友は…四大天使だったからだ。」
「え?」
思わず声が出た。
四大天使、小さいころ読んだ神話辞典で見たことある。神様の世界を守る最強の4神だ。
「友の名は…ミカエル。当時の四大天使の中で一番力を持っていた神だ。そんな神が大罪神に味方をした。そんなことを知られれば天界の尊厳に傷がつく。だから…殺され…。」
ソロモンは言葉を詰まらせた。
ソロモンに対して、申し訳なくなった。
「すまん。辛いことを思い出させて。」
「いや、貴様に言っておかねばクソ神の口車に乗るかもしれん。」
「そうだな。」
ソロモンの口角がわずかに上がった。
「そこから我は冥界最下層に閉じ込められ、何も感じない空間でしばらくの時を過ごした。その後はまぁ、力ずくで抜け出して最初に言った封印術をくらって今に至るということだ。」
「なーるほど。長―い自分語り感謝。」
「ああ。」
「友のためにも、頑張らなきゃだな。」
「ああ。『天界の神々を屈服させる。』これを成さない間、我は絶対死なぬ。」
ソロモンは高らかに言った。
「ところで貴様、名前は?」
「麗田、和保。」
「そうか。ではウルよ、我が力を取り戻すまでの間、世話になる。」
…は?
「もしかして…、腹にあるこの文字は力を取り戻す間、ずっとある感じなのか?」
「ああ。」
「力を取り戻すまでの間、ずっと脳内から喋りかけてくる感じなのか?」
「ああ。」
(最悪だぁぁーーー!!!)
俺は自分が嫌いになった。こんな自堕落な自分に、こんなヤバい爆弾があることに。
◇◇◇
人通りの少ない道。そこの中央部に横たわっているハピルの死骸。
肉、鎧、羽、血液全てが気化していっている。
そんなハピルの前に一体の化け物が降り立った。
ハピルと同じような羽を生やし、鎧を着ている。特筆すべきは腕部分から左右二本ずつ生えており、外骨格を纏った昆虫のような腕をしている。腕の先は、下側二本が4本指の昆虫のような手、上側二本は蟷螂のような鋭い鎌となっている。足は人間と同様のため、異質さが際立っている。蟷螂のような顔に両側面に羽の飾りがついた兜を被っており、その兜には痛々しい傷が数カ所刻まれていた。
「どうしたハピル、何やられてんだよ。」
ダミ声で蟷螂の化け物がハピルに話しかけるが、ハピルは何も反応しない。
「お前がやられるのは薄々分かってたよ。だってお前、捜索任務ばっかりで戦闘経験皆無だったじゃないか。」
そう言うと蟷螂の化け物はハピルの顔を力強く蹴った。ハピルの鼻が宙を舞う。しかし、すぐに地上に落ち、先ほどとは反対側の向きとなった。
蟷螂の化け物はハピルの頭の上に足を乗せる。
「まぁ、ここからは戦闘経験豊富な俺の仕事だ。お前は無様な姿で倒れてろ。」
そう言うと、蟷螂の化け物は右下側の手をハピルの死骸にかざした。
「クリアット・ジカロン」
ハピルの死骸から光のようなものがあふれ、それが蟷螂の化け物に吸い込まれていく。
数秒ほどかざした後、蟷螂の化け物は手を離し、にやりと笑った。
「なるほど。こいつがソロモンか。」




