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第五話:アツラン

夢を見ていた。

 遠く果てから聞こえてくる声。

「…だ。…ろ。…が…る。」

 低く威厳のあるような声。だが、肝心の名詞が聞こえてこないせいか何を伝えたいのか全く分からない。もっとこっちに近づいてはっきり喋ってもらいたいものだ。

「聞こえねぇよ!もっと大きな声で喋るか、こっちに来て言ってくれるか!」

 嫌々大声を出した。普段大声出さないから一回出すだけでも疲れてしまう。これでもう一回言ってくれって言って来たらぶっ飛ばしてやる。

 …何も聞こえてこない。あいつ舐めてやがるな。本当だったら好きな子とイチャイチャする夢を見られたのに、あの声が変な空間を作っているせいでその夢に行くことができない。夢は有限の時間だ。その貴重な時間を待つことに費やしたくない。

 そんなことを思っていた。その時だった。

「クソ神(エル・アールール)が、攻めてくる!」


「あぁ!」

 あまりの大きな声にベッドから起き上がってしまった。

 時計に目を向けると時刻は十三。今日も午前中に起きることはなかった。外で小学生がワイワイ言っているのが聞こえてくる。

 大きくため息をついた。そして自分がより嫌いになった。こんな自堕落な生活を送っている自分を。


 麗田(うるた) 和保(わほ)。十九歳童貞。大阪にある某私立大学に通う大学二年生。岡山の某自称神学校に通っていたが、受験のストレスに耐えきれず休みがちに。出席点ギリギリで卒業することができたが、受験に失敗したため滑り止めに入学。何となくで入ったため授業をよく飛び、必修と簡単な授業だけ取れてるといった感じだ。

 二年前期が終わったため今は夏休みだ。そんな夏休みだが、自分は特にやりたいことというものがない。世間ではやれサークルだの資格勉強だの留学だのインターンだの言われているが、面倒くさそうでやる気が起きない。

 去年もそうだ。周りの学生は思い出作りやスキルアップに時間を使っていたが、僕はただただ生活に必要なこととスマホから得られる快感で時間を使い果たした。人に話せる一年の思い出と言えば車の免許を取ったことくらいだ。

 いったい自分は何でこんな自堕落な生活を送るようになったのかを一度真剣に考えたこともあったが、具体的な結論が出ることがなかった。いや、結論を出せないくらい脳が怠けてしまっているのか。

 そんな自分に対して不快感はしっかりある。周りは充実した大学生活を送っているのに、自分は何してんだよと。そうやって自分を責めるから自分が嫌いになっていき、逃げるようにスマホやベッドに向かう。抜けられない悪循環。自分はずっとこの状態なのだろうか。


 十三時にもなるとさすがに腹が減る。

 ダル重い体を何とか叩き起こし、冷蔵庫の中の様子を見る。

 消費期限が切れた生ハム、マーガリン、2リットル入りペットボトルの水が2本、残り半分くらいの醤油。食い物は生ハム、ギリギリマーガリンしかない。だが、生ハムは食ったら病院送りになるリスクがあるし、マーガリンなんかで腹が満たせるわけがない。

「仕方ない。近くの牛丼屋でも行くか。」

 冷蔵庫を後にし、洗面所に向かう。

 これから外出するのだ。寝ぐせだらけのボサボサ髪で外に出れるわけがない。洗面所に乱雑に置かれた歯ブラシやワックスの中からコームを握り、山を切り崩していく。

 生まれつき髪質が硬い俺は、寝ぐせを整えるのにかなりの時間がかかっていた。散髪屋にどうすればいいか聞いたが、どうやら二万円くらいかけて髪質を作り変えることをしなければいけないらしい。馬鹿げている。そんなのに金を掛けられるわけがない。

 寝ぐせを整えている時、鏡の先の自分は見ないようにしている。小さい頃はイケメン顔だと周りから言われていたが、今はその面影もない。今の自分の自堕落さを象徴するような顔だ。見ていると不快感が増す。

 何とか寝ぐせを沈め、ワックスで固定する。風で寝ぐせが復活するのを防ぐためだ。

 洗面所でパジャマを脱ぎ、パンツ一枚になってクローゼットに向かう。

 クローゼットの中から白い記事に黒で英語のフレーズが書かれたTシャツと、黒色にオレンジの編み目があるジーンズを取り出す。どちらも高校時代、親から買ってもらったものだ。そのため、Tシャツはしわだらけ、ジーンズも膝あたりの色が落ちている。

 服を着た後、もう一度洗面所に戻り顔を洗う。普通に髪を整える前にやっておくべきだったと後悔してる。

 顔も洗った。服も着た。髪も整えた。外出する準備は出来た。

 部屋の電気を消し、エアコンを消し、家の鍵と財布を手に取り外に出た。

 外は快晴。絶好の外出日和だ。そんな日の約半分を無駄にしたことを惜しいとは思わない。ここ最近ずっとそうだからだ。

 住んでいる学生マンションを後にし、慣れた足取りで繁華街に向かって行く。

 繁華街に向かうにつれ、人通りが増え、にぎやかになっていく。真夏の暑い日だからか、若い女性は脇や肩、ボディラインやへそを強調する服装だ。そんな人たちを横目に見ながらも昼飯の旅を歩んでいく。こんな自分に女は縁がないものだ。

 外国人も増え始めた。どいつもこいつもデカいし毛深いしラフすぎる。自分の国との文化の違いを感じさせるものだ。観光に来る分には問題ないが、住むのは勘弁してほしいと思っている。こんなやつらと共存できるとは思えない。

 人ごみの中を進んでいき、行きつけの牛丼屋に着いた。

 ポケットから財布を取り出し、財布の中を覗いてみる。

「700円かぁ。」

 財布をポケットに仕舞い、店の中に入った。

 ここに来た時いつも座っている一番奥のカウンター席は空席だ。そこに座り、メニューが書かれてあるタブレットを触る。

 牛丼ランチセット 680円

 それをタッチし、注文を確定させた。

 スマホをポケットから取り出し、スマホに顔をかざしてロックを解除する。

 ホーム画面からいつも見ている動画サイトに入る。そして、動画サイトおススメ動画の一つを選択し、何気なく眺める。

 面白いわけではない。見ている動画作成者が好きなわけではない。ただ単に動画を見ている。動画を見ること自体は生きることにはまったく関係ない。ただ、何もしない時間を産まないために動画を見る、そんな感じだ。

 しばらく眺めていると、注文した品が届いた。

 見慣れた小さなどんぶりに、どんぶり内に収まる程度に盛られた牛肉。上からたれがかけられており、肉の下のご飯に沁み込んでいる。隣にあるレタスやコーンなどが入ったおまけ程度のサラダはいつもと変わらない。

 いつも通り無感情でそれを流し込む。その隣には、何もしない時間を産まないための装置が情報を発信していた。


 昼食を終えた次の行動は二つある。

 一つは家に帰り寝ること。もう一つは近くのゲーセンで音ゲーをすることだ。

 今日は天気が晴れているので後者にする。

 店を出る。相変わらず人が多い。

 人ごみを避けながら、これまた慣れた足取りでゲーセンに向かう。

 店を出てしばらく人ごみの中を進んでいくと、馴染みのゲーセンが見えてくる。建物の上部は自己主張が激しめの看板が取り付けられている。

 ゲーセンの中に入ると、数多のUSOキャッチャーが並んでいる。山積みのお菓子のものから、巨大なぬいぐるみまで色々ある。そして、それらの台に対してほしがっている人たちが金を落として挑戦している。

 そんな人たちを無視して、中央部のエスカレーターに乗る。音ゲーがあるのは四階だからだ。

 エレベーターに乗っている間、スマホを取り出し今の時間を見る。十四時四十分。普段と対して変わらない。

 四階にたどり着き、そのままいつもの音ゲーのところに行く。

 「スピードタップ」最近やっている音ゲーだ。画面上部から降ってくる弾幕を、指定エリアに入ったらタップして消すものだ。

 まわりでは目でとらえるのがやっとなほどの凄まじい弾幕を的確に捉えてさばいている。ここまでくると目で捉えるのではなく譜面を暗記してやっているようなものだ。

 空いている台に入り、ポケットから会員カードと100円を取り出す。

 最近練習している「アラビアン・リズム」という曲を選択し、難易度を最難関の一つ下にしてゲームを開始した。

 緩やかな曲調のため、しっかり目で捉えることができている。この難易度で別の曲をやると、目で捉えることができず、ミスを連発して負けてしまう。だから、ゆっくりな曲が出来るようになってから次の曲に挑むという算段だ。

 曲が終わった。結果は20ミス。譜面全体で800ほどの弾幕のため、余り悪くない。とはいえ、最高記録は9ミス。今日は自己新記録を出せるのだろうか。

「おっ、わっほいやってんじゃん。」

 後ろから声が聞こえた。わっほいとはこのゲームでの自分のニックネームだ。

「きてたのか、マタタビ。」

「今きたばっかりだよ。またアラビアン・リズム?飽きないねぇ。」

 マタタビは笑いながら言った。

 マタタビ。本名:猫塚(ねこづか) 俊太(しゅんた)。同じ大学で同じ学年の数少ない友だ。ずっと大阪に住んでいて、実家から大学に通ってとのこと。高校の頃から「スピードタップ」をやっているらしく、それのやりすぎで受験失敗したとか。

 仲良くなったのh2か月前。当時俺は積極的にこの音ゲーをしに来ていた。そのためよく鉢合わせており、向こうが僕に声を掛けたのがきっかけだ。

 それから色々話していくうちに、単なるゲーム仲間以上の存在となっていった。

「他の曲やりたいけど、テンポが下手すぎて捌ける気がしないからな。」

「またその言い訳?苦手から逃げてるだけでしょ。」

「うるせぇ。」

「はは!…でも、その理由だけでここまで打ち込めるのは才能だと思うよ。」

「そうか。」

 リザルト画面が閉じ、曲選択画面が広がった。俺は迷わず「アラビアン・リズム」を入力し、いつもの難易度で開始する。

「今日はフルコンできるといいね。」

 そう言うとマタタビは隣の台に入った。

 それを無視し、黙々と譜面をさばいていく。


 休憩がてら時計を見る。十八時。いつの間にかかなりの時間が経っていた。体感時間は一時間ほどなのだが。

 財布の中を覗いてみる。一昨日大量に変換して準備しておいた100円玉が、すっからかんになっていた。

 財布をポケットに入れ、隣のマタタビの画面を眺める。

マタタビはこのゲーム最難関の曲をやっていた。絶え間なく降り注ぐ弾幕を的確に処理していく。コンボカウンターがみるみる増えていく。

「来るぞ…。」

 マタタビは呟いた。曲もラストスパートに差し掛かる。

 弾幕が豪雨のようにマタタビ目がけて降り注ぐ。マタタビは五指全てを使い一つ一つ丁寧にさばいていく。だが、雨のような弾幕の一つを逃してしまい、コンボが途切れてしまった。

 そのまま曲が終わり、リザルト画面が表示される。ミスの数は一つだった。

「惜っしー!指が追い付いていればなぁ。」

 マタタビは悔しそうにスマホを取り出し、リザルト画面を写真に収めた。

「おっ、どうしたわっほい。」

「俺はもう帰るよ。」

「そっか。どうだった?」

「自己新は出なかったな。」

「マジか…。次に期待や次に!」

「そうだな。」

 そう言って俺はゲーセンを後にした。


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