第四話:ブリハ・メハ・シェオル
両手から血をにじませながら、ソロモンは地上の扉に向かって走っていた。
今の自分ではあっという間に殺されてしまう。なら、地上に向かって力を貯めるのが得策だ。
シェメゲンの包囲網が不安だったが、何を血迷ったか天界の扉の守りに集中してくれていた。おかげで地上の扉の守りが手薄だ。
ソロモンは天界の扉の方向に視線を向ける。自分を仕留めようとペガサスに乗った神が前方にいた部下を引き連れてソロモンの方に向かってきている。
(このペースなら追いつかれることはないな。)
ソロモンは勢いを止めることなく扉へ向かって行く。
「待て!ソロモン!」
天界の扉の方角から声が聞こえてきた。
「我が名はガブリエル!貴様を殺す神の名だ!」
ガブリエルはソロモンに向けて名乗りを上げた。
ソロモンはすぐに正面の扉に視線を戻し進んでいく。
(ガブリエル…。どこかで聞いた名だな…。)
「お前が神を名乗るのであれば、我と戦わねばならない!貴様、我と一騎打ちをせよ!」
ガブリエルはソロモンに向かって声を張りながら話しかける。
そんなガブリエルを無視し、表情一つ変えずに進んでいくソロモン。気が付けばあと数十秒でソロモンは扉を開けて逃げてしまうほどの距離になっていた。
(マズい!このままでは!)
ガブリエルは聖剣を持っていない左手の親指の爪をかじり始めた。
(あいつの逆鱗に触れるような言葉は、何かないのか?)
ガブリエルの爪をかじる速度がどんどん上がっていく。聖剣を握る右手からは手汗がにじんでいき、水滴が垂れていた。
「…あの噂に賭けるか。」
ガブリエルはそう呟くと、爪をかじるのをやめた。大きく息を吸い、これまで以上の大きな声でソロモン目がけて叫んだ。
「お前を庇った❞ミカエル❝のように、その入れ墨だらけの皮膚を剥いで殺してやる!」
ソロモンの目つきが変わった。それを見たガブリエルは不敵な笑みを浮かべた。
ソロモンはガブリエルに視線を向ける。その目つきは猛獣のような鋭さだった。
「その名を容易くゆうな。クソ神。」
ソロモンはガブリエルに聞こえる声量で冷徹に吐き捨てた。そして、速度を上げて扉に向かった。
それを見たガブリエルは全力でペガサスの上で肩を落とした。
「すまんな。ラファエル。」
ガブリエルがそう呟いたその時だった。後方から凄まじい速度で飛行物体が近づいてくる。
それを感じたガブリエルがその飛行物体に視線を向けた。
そこには、光をまとって近づいてくるラファエルの姿があった。
「流石。天界で十本の指に入る速さだ。」
ガブリエルはラファエルを見て微笑みながら言った。
ソロモンはガブリエルの方向から何かがくるのを感じた。だが、扉は目の前である。ここまでこれば追いつかれることはない。そう読んでいた。
ソロモンは扉目がけて渾身の右拳をぶつけた。握った拳から血をにじませながらも放たれた拳は、扉を勢いよく開かせた。
ソロモンはすぐに体勢を整え、扉の先へ進んだ。
扉の向こうに足場がなかった。ソロモンは真っ逆さまに堕ちていく。
「よし。このまま地上に出て転生し、その肉体で…。」
ソロモンの右肩に突如何かがかすった。
嫌な予感がしたソロモンはすぐに右肩に視線を向けた。かすった部分が輝いており、その輝きはどんどんソロモンの肉体を侵食していく。
ソロモンはすぐに扉に視線を向けた。
そこには、金色の弓を携えたラファエルが入った。
「まずいなこれは。予定が…狂って…。」
ソロモンの意識が遠のいていき、完全に失った時には全身が光に包まれていた。
「何をしたんだ?」
ペガサスが扉にたどり着き、乗っていたガブリエルは先にたどり着いたラファエルに話しかけた。ラファエルは金色の弓を持っており、扉の下を見つめている。
「封印術を込めた矢を放った。かすったため効力は以て三十年といったところだろうな。」
「三十年…。意外と短いな。」
「ああ、ったく、何でこんな時期に抜け出すかねぇ。」
「こんな時期だからこそ、抜け出したんじゃないのか?」
「オーラム・メヴーダードに送られたらそんなことわからないはずなんだけどなぁ。」
ラファエルは弓を消し、天界の扉に向かって歩き出した。
「今から倒れてる部下を癒していく。ガブは天界に行ってウリエルにこの事態を伝えて。今はゼウスとテュポーンの争いに介入してるはず。」
「わかった。」
ラファエルの目つきが鋭くなった。
「さっさと問題片付けて、全面戦争の準備するよ。」




