第三話:シャアル・ハアレツ
天界。そこは、神々が集う地。
彼らの役割は、地上の生物たちを管理すること。地上の生物が平和な日常を送れているのは神々がしっかりと管理しているからである。
…というのは建前だ。実際は違う。彼らがやっているのは地上の管理という名のままごと遊びである。地上から火を噴き出させたり、大地を揺らしたり、争いを起こさせるよう仕向けているのは全て神々の仕業だ。故に、地上で起こった厄災のすべてが彼らの気分によって創られたものなのである。
冥界。そこは、罪を犯した神々が送られる地。
天界に対して危害を加えたものは全てこの地に送られる。罪が大きいものほど、下に突き落とされて生き、一番重い罪を犯したものが冥界最下層「オーラム・メヴーダード」に送られる。
…というのも建前だ。実際は力の弱い凡神や忌み嫌われたものが送られる辺境の地である。大罪を犯したものは確かに「オーラム・メヴーダード」に送られる。しかし、それより上の階層にいるものの大半がこのような惨憺たる理由で送られるのである。
冥界に堕とされたものは、冥界の過酷な環境に耐えれるよう身体が異形化していく。そこにはかつて天界にいたと思われる痕跡は存在しない。そのため、一度冥界に堕とされたものが天界に戻ることは皆無に等しいのである。
そんな天界と冥界を守る冥天界治安維持組織「シェメゲン」。天界三万、冥界七万。計十万なる構成神。
彼らの役割は「天界、冥界を管理すること」。天界、冥界にいるものが不穏な動きなどしないよう見張ることが主な役目だ。
そんな彼らを統率するものは、天界の最上部に住んでいる。豪華な純白の宮殿内のとある一室で純銀の椅子に座って書類を眺めている女神。腰辺りまでまっすぐ伸ばした金髪と、金色の瞳をした整った顔立ち。胸部が膨らんだ銀色の鎧の背中からは純白の翼を生やしている。鎧の右胸部には六芒星が刻まれている。
冥天界治安維持組織「シェメゲン」統率者:ラファエル。
彼女は書類を一通り眺めた後、深くため息をついた。
「また雑魚神同士のいざこざか。」
書類の内容はこうだ。
天界の北東部にて、キリスト神とイスラム神が互いの部下を引き連れて争いをしている。シェメゲンにはこれを一刻も早く収めてほしいというものだ。
「こっちは今ゼウスとテュポーンの喧嘩に力注いでるってのに。こんなのにいちいち構ってられる暇ないっつーの。」
そう言いながらラファエルは机に書類を置いた。その机には、今にも倒れそうな書類の山がいくつも積みあがっていた。
冥界の治安は言わずもがなだが、天界の治安もそれに匹敵するくらい荒れている。神々は皆傲慢であるがゆえに、他神のいうことを聞かないため意見の衝突が起こり、それが武力衝突に発展するのである。一対一ならどうにかなるが、中には自分たちの部下を引き連れるものも存在する。そのため、天界の争いはピンキリなのである。
ラファエルはしばらく机に積みあがっている山を眺めた後、その山の一つに手を掛けた、その時だった。
「ラファエル様!いらっしゃいますか!ラファエル様!」
ミシンの如く扉を叩きながら口早く名を呼ぶ声が聞こえてくる。
「いるよ!あんま強く扉を叩くんじゃないよ!」
そう発したと同時に扉が勢いよく開いた。そこには、純白の羽を生やし、銀色の鎧をまとった男神が現れた。
「どうした?どうせいつものいざこざだろ?」
ラファエルがそう語り掛けたが、男神は息を切らしておりまともに話せる状態ではない。それほどの急な事態とは何なのかとラファエルは考えた。そこに、❞最悪❝は想定されてなかった。
「冥界の…ガブリエル様からの…伝令…です…。」
男神はかすれた声で踏ん張りながら話し出した。
ガブリエル、冥天界治安維持組織「シェメゲン」冥界統率者の神だ。
(ガブリエルの直接伝令?それほどのことなのか?)
ラファエルの顔つきが少し険しくなった。
「何があった。」
男神は最後の力を振り絞り答えた。
「ソロモンが…逃げました!」
ラファエルは唖然とした。だが、すぐに我に返り机の隣に置いてあった聖剣を腰に携える。そして、男神を無視して部屋を飛び出した。
(よりにもよって、あの問題神が逃げ出すなんて!)
冥界最上層「グヴール・シャホール」。そこには、天界に繋がる扉と、地上に繋がる扉が存在する。
普段は何もない平地だが、今は数千もの神々が天界に繋がる扉の前で陣取っている。そして、天界に繋がる門に一番近い場所に位置する雪白のペガサスに跨る美青年、ガブリエル。
ラファエルの同じ銀の鎧を装備し、背中からは純白の翼を生やす。そして、他の「シェメゲン」所属神にはない、右胸部に六芒星をしっかり刻まれている。肩まである青髪は風によってなびいており、緑の瞳は冥平線の先を見ている。
(クソっ!あまり神員を集められなかった!)
ガブリエルの心境は芳しくないようだ。
「いいのですかガブリエル様、こんなに後ろに陣取ってて。」
ガブリエルの前に立つ鹿の顔をした神がガブリエルの方を向き尋ねた。
「この状況における一番の最悪は『ソロモンが天界に侵入すること』。それだけは絶対阻止しなくてはならん。」
「しかし、もっと下で迎え打てば冥界の被害を抑えられるのでは?」
「そうすればこちらの準備が整う前にやつとやりあうことになる。統率の取れていない状態ではやつを仕留めることはできん。」
「そこまでやるほどなのですか?」
「そうだ。ソロモンとはそれほどのやつなのだ。オーラム・メヴーダードから抜け出したばかりだからといって油断してかかっていいやつではない。」
ガブリエルの目つきが鋭くなった。それを見た鹿顔の神はぞっとして再び正面を向いた。
「来たか。」
ガブリエルが呟いた。その先では、グヴール・シャホールの地を全力疾走で駆けていく男が目に映る。
「聖穹構え!」
ガブリエルが前に立つ神々に声を掛ける。神々は手に光を集中させ、光の弓と矢を生み出した。そして、それを装填して上方に矢先を向ける。
「撃てぇ!」
ガブリエルの檄と共に、神々が一斉に矢を放った。上に飛ばされた矢は放物線を描きながらソロモンに向かって行く。
ソロモンは雨のように降ってくる矢に視線を向ける。そして、矢と矢の僅かな隙間を捉え、そこに身体を置いていった。躱された矢は地に触れ爆発し、その煙はソロモンを包み込む。
「油断するな!やつはこの程度では死なぬ!聖穹を撃ちまくれ!」
神々は次々に矢を生成し、間髪入れずに放っていく。遠くから見る矢の雨は、光の柱を感じさせるほどだ。
(さて…、どう出てくる?)
ガブリエルが心の中で呟いたと同時に煙の中からソロモンが飛び出してきた。
「やはりな。」
ガブリエルは冷えた笑みを浮かべた。
「敵が迫っている!角度を調節し天穹を…。」
ガブリエルの視界に想定外な事態が入ってくる。
ソロモンの両手には、先ほど神々に放っていた矢が左右十数本ずつ握られていた。その手は赤黒くなっており、わずかだが血も噴き出している。
ガブリエルは理解した。次にソロモンがとる行動を。
「部隊前列!防御の構え!」
ガブリエルは喉を焼くほどの声で前方に命じた。
だが、そのころには前列はソロモンの投げた矢によって地獄絵図と化していた。
ソロモンの投げた矢は「シェメゲン」の鎧を容易く貫通し、どんどん神々を床に倒れさせていく。たった十数本の矢によって、数百もの神々が戦闘不能となってしまった。
(クソっ!クソォっ!!)
ガブリエルは親指の爪をかじり始めた。いらだちの目線でソロモンに視線を向けるガブリエル。ガブリエルはソロモンを見てある違和感を覚えた。その違和感はすぐに戦慄へと変わった。あまりの恐怖にガブリエルはかじっていた口を止めるほどだ。
ソロモンの左手には、矢が十数本握られていた。
先ほどの攻撃は片手分だったという事実が、ガブリエルを突き付ける。
ガブリエルは何とか落ち着き、手をふるって命令を出した。
「もう一発来るぞぉ!防御の構えぇ!」
ソロモンは左腕を後ろにし、それを勢いよく前に出した。
数十本の矢が閃光の如くシェメゲンに向かって行く。
生き残った前列の神々と中列の神々は光を集め、光の盾を生成する。
矢が盾に当たると、盾を貫通することなく爆発を起こした。矢をくらった神は大きく吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がり再び盾で身構えた。
(よし。何とか被害を食い止めれた。)
ガブリエルはほっとした。だが、前列はその前の攻撃によって半壊し、中列も飛ばされたことで一部の列が乱されていた。
「前列はすぐに列を整えろ!中列もだ!」
ガブリエルはすぐさま命令を出す。それに従い、そこにいる神々はこちらに向かってきているソロモンを横目に列を整えていく。
前列とソロモンの距離が1キロを切った。
これから大規模な戦闘が起こると、この場にいた神々は全員思った。
だが、ソロモンにはその考えが一切なかった。
「何のつもりだ?」
ガブリエルは思わず呟いた。
ソロモンが急に進路を変え、シェメゲンを横切っていったのだ。
ガブリエルは理解できなかった。このまま突き進めば、シェメゲン全滅は出来ずともかなりの打撃を与えることができる。そんな絶好のチャンスに飛びつかずに謎の行動をするソロモン。
(もしかしてソロモンの目的は天界に行くことじゃないのか?)
ガブリエルはソロモンの進行方向に目を向ける。
その先には、地上へ続く扉があった。
「そうだった!」
ガブリエルは跨っているペガサスの首を思いっきり叩いた。ペガサスは悲鳴を上げ、前足と羽を大きく動かす。
「あいつは地上を統べた神だ…。天界に反逆したことに頭を焼かれた。そうだ天界に復讐するならまず地上で力をつけるわな!」
ガブリエルは腰に携えていた聖剣を抜いた。
「後列全員ついてこい!これより地上への扉の守護を行う!絶対にやつを地上に行かせるな!」




