第二話:ブリハ・メハ・オーラム・メヴーダード
「俺は天界に連絡してくる!お前は逃げた罪人を探せ!」
「でも、どこに逃げたかなんて。」
「この監獄は一本道だ!ここまで出会わなかったってことはこの先に絶対いる!そいつが他の罪人を開放するようなことがあってはならん!罪人に追いついて足止めしろ!」
「わかりました!」
そう言ってハトゥールは全速力で先を進んでいった。タヌィンはハトゥールが走り出したのが視界に入ったと同時にハトゥールとは反対側の方向に走り出した。
(時間稼ぎって、どうやればいいんだよ…。)
ハトゥールは心の中で呟く。相手は天界を滅ぼしかねないほどの大罪人。相手が話も聞かない残虐者なら瞬殺されて終いだ。
(ていうか、あの門をタヌィンさんだけで開けれるのか?)
ハトゥールは走りながら脳をフル回転させる。
(よく考えたら僕もタヌィンさんの方に向かって二神で門を開けた方が天界に異常事態を早く知らせられる。タヌィンさんが言っていた他の罪人を解放するリスクも、早く伝えてシェメゲン全勢力で取り押さえれば問題ない。てことは僕が今すべきことは)
「戻らなきゃ!」
ハトゥールが引き返そうとしたその時だった。
「おい。」
ハトゥールの足が止まった。その声は、強者であることを感じさせる声質だった。ハトゥールは恐る恐る後方を向く。
ハトゥールの方に白い短髪の男が歩いてくる。褐色の筋肉質な体全体に刻まれている謎の入れ墨。なんて書いてあるかはわからないが、おそらく文字のようなものだろう。白の生地に黄ばみがある布を腰部に巻き恥部を隠している。顔を見ると形の整ったイケメン顔だ。だが、青い瞳の下に黒い線のようなものが刻まれており、それが整った顔に違和感を持たせている。
「止まれ!」
ハトゥールは震えを抑えながらも威圧した。だが、相手は何食わぬ顔でハトゥールの方に歩んでいく。
「貴様、出口がどこか知らぬか?」
男はハトゥールに問う。ハトゥールは後ずさりしながら不敵な笑みを浮かべた。
「悪いね。僕は新人でここには初めて来たんだ。道に迷っていた時にあんたと出会ったってわけ。」
「そうか。では貴様が行こうとした方向に行くとする。」
「それはやめときな。この先は何重もの分かれ道がある。無策に行ったら道に迷っちまうぜ。」
「そうなのか?」
「ああそうだ。僕も道に迷ってしまって、さっき応援をよんだ。あとは応援を待つだけだぜ。」
「わかった。なら一緒に待つとしよう。」
そう言うと男は腕を組みながら腰を下ろそうとする。ハトゥールは前足を地面から離し防御の姿勢を取りながらゆっくり身をかがんでいった。
「と、するとでも思ったか?」
ハトゥールの前足に男の拳が叩き込まれる。ハトゥールは床に何度もバウンドしながら後方に吹き飛ばされた。
「我が話しかける前、貴様が戻ろうとしていたことを見てないと思っていたのか?」
ハトゥールは体を起こしながら前足で顔を守る防御の体勢を整えていく。
「ワンチャンあると思って言ってみたが、やっぱり見逃していなかったか。」
「当たり前だ。我を誰だと思う?」
「おうおう。ご丁寧に名乗ってくれるのか。じゃあ僕に教えてくれよ。あんたの名前。」
男は胸に手を当て、高らかに言い放った。
「我が名はソロモン。地上を統べる王にして、地上を守る神である。」
ハトゥールの額にわずかに汗がにじむ。
(ソロモン。聞いたことがある。かつて下界に堕とされた悪魔どもを従え天界と交戦した大罪人。下界に身を置いていたくせに、なんでこの拘束を抜けられる力がある!)
ハトゥールの口から血が流れ始めた。ハトゥールは前足でそれをぬぐい、ソロモンに笑みを見せる。
「悪いが我は用がある。貴様との茶番。楽しかったぞ。」
「そっかよ。じゃあ、ここでお別れだな!」
ハトゥールは入り口に向かって走り出した。
(これ以上の足止めは無理だ!なら、全速力であいつとの距離を取ってタヌィンさんと一緒に奴が来る前に門を開ける!ずっと拘束されていたんだ。早々に追いつくわけがねぇ!)
ハトゥールは独房を次々と横切っていく。後方を振り向く余裕すらない。入口に行くことだけを考えていた。
「別れの言葉を言い忘れていたな。さようならクソ神。」
ハトゥールはそれを聞いた瞬間、視界が暗転した。
ソロモンは血まみれになった右手を地面から離し、胴体だけが残ったハトゥールを見下ろした。
ソロモンは右手に目を向ける。そこには、眼球が血と共にへばりついていた。
ソロモンは眼球を手のひらに持っていき、それを握りつぶした。右手から鮮血が飛び散り、ソロモンの身体に付着する。
ソロモンはそれに動じることなくハトゥールが走っていた方向に進んでいった。
タヌィンは必死に走っていた。
(待てよ?ハトゥールと一緒に入り口に行けば事態を早く知らせれたのでは?)
「いや!余計なことを考えるな!」
タヌィンはそう言い聞かせた。今は一刻を争う事態。誤った判断をしたとしても、取り消す余裕なんてものはない。とにかく早く天界にこの事態を知らせなければ。
「見えた!」
タヌィンの視界に、壁のような扉が入った。
入り口の前に来たタヌィンはいきなり鎧を脱ぎ始める。鎧の下から現れたアンコ型の筋骨隆々の身体。その身体には傷跡が残っており、胸から腹辺りまで深々と続いている。
「いくぞ…。リロヴォート・コアハ!」
タヌィンの身体から強烈な光が放出され、タヌィンの全身を包んだ。
「無事生き延びられたら、3日は休み貰おうかな。」
そう言うと、タヌィンは右側の扉の左端に手を当て、力いっぱい押し始める。
オーラム・メヴーダード内に響くタヌィンの唸り声。全身から汗を出し、血管を浮き上がらせながらも必死に押していく。
しばらくすると、二人がかりでやっとだった扉が鈍い音を出しながらもゆっくり開き始めた。
(まだこっちには来ていない。すまないハトゥール。もう少し耐えてくれ!)
タヌィンの咆哮が大きくなるにつれ、門の開くスピードが速くなっていく。門と門の隙間からオーラム・メヴーダードの外がわずかに見える。
(あと少し!)
タヌィンがそう思った時だった。
後ろから地面を勢いよく蹴る音が聞こえてくる。その音はまるで爆発音のようだ。
(ハトゥールじゃない!マズい!)
タヌィンは最後の力を振り絞り、門を押していく。外側が見える隙間が猫一匹通れるほどの大きさまできた。
爆発音はどんどん大きくなり、耳を痛ませるほどにまでなった。だが、タヌィンは気にせずに門を押していく。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
タヌィンは腹いっぱいの大声をあげた。
「うるさい。」
タヌィンの背中に強烈な圧力がかかった。
ゴキっ!ゴキっ!
背中の大事な部分がソロモンの手によってへし折られていく。折れた骨は内臓を突き刺していき、あらゆる臓器に砕けた骨が混入する。その臓器も背後から迫る圧力に耐えきれず次々と潰れていく。タヌィンの体内からブチブチっと何かが破裂する音が聞こえてくる。
ソロモンが力を抜いたとき、門の右扉は門と垂直な状態になっていた。ソロモンは血まみれの右手を血痕のついた腰布で軽く拭きながらオーラム・メヴーダードの外に目を向ける。
門前の広場の先に見える漆黒の土のようなものでできた一本道。その両端は崖となっており、門からでは底を見ることができない。よく見ると一本道に支えのようなものがない。
「行くか。」
ソロモンはそう言うと走り出した。横切った右扉には、内臓や骨が鮮血と共にこびりついており、その下では肉塊の上にタヌィンの頭部が乗っていた。




