第十五話:ネカマー
「立派だったぞ。」
気が付くと、漆黒の空間に来ていた。
目の前には、相も変わらずあの口がある。
「ありがとう。」
ソロモンの口角が上がった。
「なぁソロモン。」
「何だ?」
「俺…悔しいよ。」
俺は心の声をソロモンに伝えた。
大学生になって、初めての感情だ。今まで諦めてきた自分に、こんな感情がまだあったのかと思う。
親友を目の前にして、何もできない無力感。その感情を抱いたことには後悔が少しある。
立ち向かったことは後悔してない。むしろ、そうした自分をわずかだが誇らしく思う。
でも、立ち向かう前の自分は…。
「ウルよ。」
ソロモンは威厳を感じるような口調で話し出した。
「神々は皆、強者を目の前にしたらそれに屈してしまう。なぜだかわかるか?」
「それは…自分が敵わないとわかるから?」
「そうだ。故に、強者に対して怒りの感情が沸いたとしてもそれに従った行動を取ることができん。」
「でもそれって、人間もだろ。」
「そうだな。人間だけじゃない。この地のもの全ては強者に屈することで生きている。」
「だよな。」
「だが、あの時のお前は違った。自分よりはるかに強い者の横暴に起こり、行動を起こした。自分が負けることを分かっているのに。」
ソロモンの言葉が胸に沁みる。
「お前の悔いは、自分を成長させる悔いだ。それを認識することができ、力に変えることが人間の強さだと我は思う。」
俺の瞳がうるんでいく。呼吸が乱れ始めていく。
「我の名に置いて誓おう。貴様の友は死なせん!」
ソロモンは高らかに言った。
俺の潤んだ目から、水滴が頬に零れ始める。
「お願いだ。ソロモン。」
俺は涙声で叫んだ。
「俺の仇を、取ってくれ!」
ソロモンは一間をとって言った。
「我は王だ。この地上を統べる王にして、この地上の生物を守る王。」
ソロモンは高らかに言った。
「クソ神ごときに我の民を思い通りにはさせん!」
◇◇◇
ガマルは麗田から鎌を抜いた。
麗田の肉体が床に倒れる。
(よし。あとはシェメゲンにこの肉体を持ち帰れば任務完了だ。「オーラム・メヴーダード」に収監されていたやつを討伐したとなれば、一気に昇進すること間違いなしだ!)
ガマルが床に倒れている麗田の肉体の首を掴もうとした、その時だった。
「待たせたな、クソ神。用があるのは、我だろ?」
ガマルに悪寒が走る。
ガマルは本能に従い、麗田から距離を取った。
(どうなってやがる!?)
ガマルの目先には、先ほど倒れていた麗田が身体を起き上がらせていた。
よく見ると、刺したはずの腹が完全に塞がっていた。さらによく見てみると、謎の文様が刻まれている。
麗田の目の下から腹に刻まれていたような文様が浮かび上がってくる。
麗田は目を閉じ、しばらくして開けた。その瞳は先ほどとは異なり、青色に輝いている。
麗田はガマルに急接近し、ガマルの腹に左拳をぶつけた。
ガマルはわずかに吐きながら壁に叩きつけられる。
麗田は近くに倒れ込んでいる猫塚の傍で膝をついた。
(わずかに息がある。なら大丈夫だな。)
麗田は猫塚を抱え、三階へ飛び降りた。そして、猫塚をゆっくり地面に寝かせると四階へ飛び上がった。
「ソロモン!」
ガマルは兜の隙間から血をにじませながら体についてある破片を両腕で払う。
麗田…ソロモンはガマルに視線を合わせる。
「それは語弊があるな。貴様がウルを殺したことで一時的に復活した…といった感じだ。」
「なるほど。じゃあ、もういっぺん殺せばあんたを確実に殺せるってことだな!」
ガマルはソロモンへ突進し、右鎌を大きく振り上げた。
「死ねぇ!」
ガマルは勢いよくソロモンの頭目がけて振り下ろした。
「やはり目が見えるということは素晴らしいな。」
ソロモンは右手を頭の上に乗せた。
ガマルの鎌とソロモンの手が当たり、衝撃波が起こる。その衝撃波は、設置されているゲーム台の一部を吹き飛ばした。
「マジかよ…。」
ガマルの顔から汗がにじむ。
ガマルの鎌は、ソロモンの手の上で完全に止められていた。
「貴様、腕の数が多くて困ったことはないか?」
ソロモンはそう言うと、右鎌の腕の根本を左手で掴んだ。
「はぁ?」
ソロモンはそのまま、ガマルの右鎌を引きちぎった。引きちぎった根本から体液が飛び散り、ソロモンの服に付着する。
ガマルは絶叫した。そして、左腕で欠損部分を抑えながら縮こまる。
「左右非対称は美しくないなぁ。」
ソロモンはそう言いながら縮こまっているガマルの眼前に立った。そのまま、右手で左鎌の先端、左手で根元を持った。
「や…やめ…。」
ソロモン聞く耳を持たず、左鎌を綱引きのように引きちぎった。
ガマルはまた絶叫した。
(駄目だ。近接戦では勝てん。)
ガマルは引きちぎった反動で態勢を崩した隙に、ソロモンと距離をとった。
そして、両腕に光を集中させた。集められた光は形を成していき、輝く弓となった。
左手で弓を持ち、右手に光を集中させ輝く矢を生成する。
ガマルは矢を装填し、ソロモンに狙いを定める。
(まだ立ち上がれていない。今だ!)
ガマルはソロモンめがけて矢を放った。
態勢を崩しているソロモンは防御の構えができない。
光の矢は地上のものを全て貫く。
勝った。ガマルは心の中で勝利宣言をした。
ソロモンから爆煙が発生した。
(まだだ!仕留めたのを確認するまで手を止めるな!)
ガマルは右手で矢を生成していき、同じ方向に何本も打ち込んでいく。
爆発音と轟音がゲーセン内に響き、建物を揺らす。
ガマルが矢を打ち込んでいる時、爆煙が左に流れているのが見えた!
(やはりか!)
ガマルは反射的に右端に矢を打ち込む。
だが、そこにはソロモンの姿はなかった。
「返すぞ。」
ガマルの後ろにただならぬ気配がした。
ガマルは急いで振り返り、矢を打ち込もうとする。
だが、ガマルの視界に入ってきたのは、自分が放った矢を握っている左拳だった。
ソロモンの拳がガマルの顔面を直撃した。
ガマルは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。壁は崩壊の音を出しながら、破片を周囲に散布させる。
叩きつけられたガマルは膝を地面についた。
「自分の得意で勝負せぬのは、我に対する煽りなのか?」
ソロモンは軽く手を払いながらガマルに言った。
「悪いな…。要である鎌を失って戸惑っちまった。」
「そうかそうか。てっきり我は感謝されるかと思っていたんだがな。」
ソロモンは笑いながら言った。
ガマルは立ち上がり、ソロモンに鋭いガンを飛ばす。
ソロモンは笑いながらそれを見たが、表情に変化はない。
「…私はガマル・シャロモ。…シェメゲン「アスファト・シェオル」所属の神にして、「アスファト・シェオル」上位の戦闘力を持つ者。」
「そんなに我に名を覚えてほしいのか?」
「違う!」
ガマルは力強くソロモンに反発した。
「我が誇りにかけて、貴様を倒すという宣誓だ!」
「そんな騎士道精神見せてもらっても、あの行いのせいで良い印象は思わぬぞ。」
「神の裁きによって死ね!」
ガマルは傷だらけの身体を動かしてソロモンに向かった。
ソロモンは両手をポケットに突っ込んでガマルを眺めている。
「はぁー!」
ガマルの右拳がソロモンの顔面に向かう。
ソロモンはポケットから左手を取り出し、ガマルの拳を正面から受け止めた。
「思っていたより軽いな。あの時のゾウの方が重かったぞ。」
「黙れ!」
ガマルはソロモンに無数の拳を打ち込んでいく。
ソロモンはそれを、右手をポケットに突っこんだまま的確に受け止めて言った。
「芸がないな。」
そう言うと、ソロモンはガマルの左拳を受け止め、それを握りしめる。
(しまっ!)
ソロモンはそのまま、ガマルを壁端まで投げ飛ばす。
設置されているゲーム台を次々と破壊し、残骸をクッション代わりにしてガマルは倒れた。
ガマルは起き上がり、周囲を見る。
すると、運よくガマルの手元に引きちぎられた右鎌が落ちていた。
ガマルは急いで右鎌の方に向かい、右手で手首を柄のようにもって構えた。
「ほう。我が引きちぎった鎌を武器にするか。」
ガマルは右鎌を振ってみる。
思ったよりも重かったが、振れないほどではない。
(さっきよりまともに戦える…はず!)
ガマルはソロモンに向かって行った。
ガマルは右鎌を振り上げ、ソロモンに勢いよく振り下ろした。
ソロモンはそれを、身体を逸らしながら躱す。
そのまま、無防備となったガマルの腹に右回し蹴りをかました。
ガマルの鎧に亀裂が起こる。蹴りによる衝撃が、ガマルの身体にまで響いてくる。
ガマルは吹き飛ばされたが、鎌を床に突き刺して踏みとどまった。
すぐに体勢を整え、今度は両手で鎌を握った。
そして、すぐさま再度ソロモンに接近する。
ガマルは地面と平行に振り払う。
ソロモンはこれを、身体をくの字にしながら躱した。
「縦で振ろうが横で振ろうが変わらぬぞ。」
ソロモンはそう言うと、ガマルから距離を取り右ポケットから右手を取り出した。
そして、両手を開け、指の間隔を閉じて前へ突き出した。
「何のつもりだ。」
「右腕の剣と左腕の剣、どちらがいい?」
ガマルの血圧が上がった。
「まさか…。遊んでいるのか?」
「ん?さっきからずっとそうだが。貴様程度の弱者は本来すぐに処分するのだが、ずっと封印されて身体が鈍っているのでな。身体を動かさせてもらうぞ。」
「調子に乗るな!」
ガマルはソロモンに向かって行き、鎌を右斜め上から振り下ろす。
ソロモンは左腕を下ろし、右腕でガマルの鎌を受け止めた。
「何!?」
ガマルの鎌が、ソロモンの右腕に完全に受け止められていた。
ソロモンの右腕からは血が一滴も垂れていない。
よく見ると、右腕には腹にある文様と似たようなものが斑点のように刻まれている。
「馬鹿な!?さっきは簡単に腹を貫けたというのに!」
「さっきも言っただろ、一時的に復活していると。復活中は我本来に近い肉体強度になるのは当然だ。」
そう言うと、ソロモンはガマルの右鎌をはじいた。
ガマルは吹き飛ばされたが、すぐに体勢を整える。
「とはいえ、呪文や神の力はまだまだ不完全だがな。まぁ、これから徐々に解かれていくだろう。」
「そうかい。じゃあ、今のうちに殺せってことだな!」
ガマルはソロモンに向かって行く。
ガマルの連続攻撃をソロモンは難なく右腕で受け止めていく。
ガマルの右鎌はソロモンの肉体と打ち合うことによって、刃部分がどんどん欠けていく。だが、ソロモンの右腕には傷が全くついていない。
(なぜだ!?同じ神のはずなのに、なぜここまで肉体の強度が違う!?)
ガマルは刃こぼれさせながも攻撃の手をやめない。
振り方が乱雑になり、捨て身に近い状態になっている。
ガマルは分かっていた。こいつには絶対勝てないことを。
今すぐにでも降伏し、命乞いをしたい。だが、それは大罪神への忠誠でもあり、地上という己が住んでいた地よりも汚らわしい場所にいた神への敗北という烙印を押すことでもある。
己の強さを認められ、シェメゲンに入った神がこのようなことをすれば、死んでもなお馬鹿にされる。
故に立ち向かことしかできない。立ち向かう以外に選択肢はない。
ガマルのその姿は、自暴自棄になっている子供の用だった。
ガマルが勢いよく右鎌を振る。
ソロモンがまたこれを右腕で受け止めた。
その瞬間だった。
「なんだ。自慢の鎌もこの程度か。」
ソロモンは呟いた。
ガマルの右鎌に亀裂が一気に走り、ソロモンの右腕と接触した部分を中心にへし折られた。
鎌の中にあった芯が砕け、無数のかけらとなって地面に落ちていく。
「な…。」
ガマルはその景色を受け止めるのに精一杯だった。
「もっと硬いと思ったんだけどな。」
ソロモンは無防備状態になっているガマルの腹に、左回し蹴りを打ち込む。
ガマルの口から体液が溢れ、腹からへし折れる鈍い音を出す。
そのままガマルは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。




