第十二話:ハデレフ・ハハザー
今日は一段と人が集まっている。いつもみたいにすり抜けていくのは難しそうだ。
「すみません。」「ああ、すみません。」
接触したときは必ず謝りながら頭を軽く下げている。
昨今はすぐに写真を撮られて晒される時代。俺のような立場の弱い人間は一度さらされれば人生終了だ。だから、面倒ごとは起こしたくない。
そんなことを思いながら人ごみの波のなかを進んでいく。
進んでいると、少しずつ人通りが少なくなってきた。
かがめていた身体を元に戻し、家に向かう。
今日は疲れた。早く家に帰って腹満たしてシャワーを浴びて寝たい。
そんなことを思っていた時だった。
「おっ。わっほいじゃん。」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、ジャージ姿のマタタビがいた。
「ゲーセン以外で会うのっていつぶり?」
マタタビはゲーセンの時と変わらないような感じで接してきた。
「そうだな…。期末前あたりからか?」
「そうだっけ?結構前だと思ってた。」
「覚えといてくれよ。」
そう言うとマタタビは笑いながら申し訳なさそうにしていた。
俺はそれを軽く笑った。
「で、何でお前こんなところいるんだ?」
「さっきまでバイトでさ。今から帰るとこ。」
「そっか。お疲れさん。」
「もう本当に疲れたよ…。聞いてよわっほい。店長がさ~」
マタタビはバイトで起こったことを面白おかしく話し始めた。
マタタビの話は毎回面白くて飽きない。中には「それ本当か?」と、疑いたくなるようなものもあるが、詳細に話すため本当に起こったものだと感じてしまう。
「そういえばわっほいって帰り道こっち?」
そう言うとマタタビは俺の歩いていた方向を指さした。
「ああ、こっちだ。」
「マジで?俺もこっちなんよ。」
そうして俺はマタタビと話しながら家に向かった。
『ウルよ。こやつは誰だ?』
マタタビと帰っている時に急にソロモンが割って入ってきた。
「ああ、俺の友達だ。」
俺は自分の出せる最小の声で言った。普通なら聞こえないはずだが、ソロモンのことだ。どうせ聞こえてる。
『なるほど。面白い友だな。』
ソロモンにはしっかり届いていった。これで耳の封印がまだ残っているのが信じられない。
『わかってるなウルよ。』
ソロモンの口調が重くなった。
「『地上のものには絶対に我のことを言うな。』
「わかってるよ。そんくらい。」
「わっほい、何か言った?」
「いいや、何でもない。」
「そう。でさ~」
マタタビはまた、最近あった出来事を面白おかしく話し出した。
「なぁソロモン。」
俺はまた、マタタビが聞こえないほどの小声で聞いた。
「何で言っちゃいけないんだ?別に中の良い友人の一人や二人くらいいいだろ。』
『駄目だ。こやつも神の手にかかれば簡単に消され、洗脳され、記憶をいじられる。故に、我が許可したとき以外で言ってはならん。』
「もし言ったらどうなる?」
『お前は凄惨な死を迎えるだろうな。』
ソロモンは淡々と言った。
この声の感じからみるに、嘘ではなさそうだ。
「なぁ、さっきからわっほい聞いてる?」
マタタビが不満げに言ってきた。
「う…うん、聞いてる聞いてる。」
「そう。でさ、俺今度オフ大会に出るんだ。」
マタタビは自慢げに言ってきた。
「オフ大会?」
「非公式の大会って意味だよ。」
なるほど。今のゲームではそんなものがあるのか。惰性でプレイしていたたため、そんな単語は聞いた音すらなかった。
「年に一回、大阪で開催されるスピードタップのオフ大会なんやけど、なんと私、シード権での出場になりました!」
マタタビは今まで以上に嬉しそうだった。よくわからなかったが、とりあえずめでたいことなんだろうと思い両手を胸に持ってきて小刻みで手を叩いた。
「これから忙しくなるねぇ。シードを勝ち取ったものとしてその名に恥じない戦績を残さねば!」
マタタビは左手で小さくガッツポーズをした。
「頑張れよ。お前なら大丈夫だ。」
「ありがとう。見ていてくれわっほい。俺、全力で頑張るから!」
マタタビは楽しみと決意の混じった声で言った。
その時俺の目に移ったマタタビは、普段のおちゃらけた部分が一切なく、一人の青年としてのカッコよさがあった。
俺は心の底から、マタタビなら優勝できると思った。
◇◇◇
ゲーセンの近くにあるとあるビルの屋上。
そこは本来、大阪の景色を一望できるということで大勢の観光客がやってくる。
だが、この日は休館日でないにもかかわらず、人がいなく閑散としている。
屋上から落ちないように設置されたプラスチック製の柵。その一部には血痕が飛び散っている。
屋上は地獄絵図と化していた。
床は血が沁み込み変色し、服を赤く染めた骸が散らばっている。どれもこれもどこかしらで真っ二つになっており、断面からは臓器や骨といったもの零れていた。
屋上の入り口付近は骸の壁が出来ており、胴体を山積みされたもので土台を作り、その上に瞳孔が上を向き、口を開けた首が積まれていた。
「よしっ。試し切り。」
屋上からダミ声が聞こえた。
ダミ声の主:蟷螂の化け物は骸から血だらけの服をはぎ取り、それで血濡れた鎌の地を拭き取っている。
「にしても、見ない間にずいぶん増えたなぁ。まぁ、試し切り相手が増えることは嬉しいことやけど。」
蟷螂の化け物は血を大方拭き取ったので、はぎ取った服を床に落とした。
風になびかれた服ははぎ取られた骸の首の断面部分を覆った。
「さてと。」
蟷螂の化け物は屋上から大阪の景色を見下ろす。
オレンジ色の空のしたで光り輝いている大阪の街。ビル街の間には建物と建物を繋ぐ歩道橋や線路が通っている。
蟷螂の化け物はとある一点を見つめる。
その先には、楽しそうに喋っている麗田と猫塚の姿があった。
「見つけたぁ。ソロモン。」
蟷螂の化け物はにやけながら言った。
「隣の人間は何だ?ソロモンの部下か?…いや、見た感じこの地上の民みたいだな。」
蟷螂の化け物は笑い口調で言った。
「そうだ。閃いた。」
その時だった。蟷螂の化け物の頭上に白い光の柱が落ちる。
白い光の柱は数秒間蟷螂の化け物を包んだ後、何事もなく消えた。
「マジかよ。何でこんな時に限って招集されなきゃいけねぇんだよ。」
そう言うと、蟷螂の化け物は屋上の血染まった床に右手を置く。
すると、蟷螂の化け物の足元から緑の光の柱が天まで立ち上がり、蟷螂の化け物を包み込んだ。
緑の光の柱が消えた時には、蟷螂の化け物は屋上から消えていた。




