第4章7 魔力無効化
切り落としたウェスタの左腕から一糸纏わぬ少女の体ができあがり、まるで生きているかのようにすっと立ち上がって、左腕を前に突き出し、結界の外に出て止まる。私が指を鳴らすと、それは燃え盛った。
この世界では魔力による人体発火で自死することはめずらしいことではない。ミリフィアが反射的に動いたので私は、
「ただの肉の塊だ。人ではないよ。脳や神経もない」
「…………」
私はウェスタに、
「ウェスタ、これで君がいなくなっても教団が追ってくることはない。さっきまでのきみは死んだ。王都で心残りの人はいる?」
「いないです」
間髪いれずに彼女は答える。
「避難するためにきみをここまで連れてきた子たちは?」
「よく知らない年少の子たちでした」
その返事には嘘が感じられたが、彼女なりの決意があるようだ。
燃え盛る肉塊を、私たちは眺めていた。結界の外は激しく雨が降っていた。が、肉塊には燃焼しつづけるよう再生された体から魔力を抽出してある。それがなくなるまで火は消えない。
(ミリフィア、広場で何が起こったか、分析できてる?)
(それって、闇魔法に触れて、闇魔法を自分のものにしろ、ってことですよね? それならもうできてます!)
ミリフィアがなぜだか気分を害している。それが物言いにあらわれていた。
(反転させた魔力に触れた魔力は、打ち消しあって効力を失う。アトマの言ってた通りでした)
(自分の魔力をぶつけて試してみたの?)
(はい。反転させた魔力をばら撒いていた人は、もういませんでしたから。あと、私の魔力の質が高いという意味もわかりました。調節できましたので)
(でもミリフィアみたいに魔素探知や魔素感知ができる人がほかにいたとしたら?)
(いませんでした。──それに……)
(それに?)
(たぶん犯人は教団の人です。魔力による転移魔法を使っていたみたいなので、まだ残っていた魔素のゆらぎから魔力の通り道を追うことができました。もしほかに魔素探知や魔素感知ができる人がいたと想定しても、そんなことをしている理由がありません)
(だから誰もいなかった、と? その推測は、まあ間違っていないだろうけど、そこには意識がある。たとえばミリフィアならミリフィアの意識が乗っかっている。つまりミリフィアの意識がある場所とミリフィアの意識がない場所との差があるはずだよね?)
何かを察したようで、ミリフィアは考え込んだのち、
(……すごい……ですね。いま、やっとわかりました。この星が、この星全体が、魔素でつつまれているとしたら、魔素によってみんな一つにつながっていることになる……)
(でもふつうの人は魔素は感じとれないし、ミリフィアみたいに魔素を利用して物を動かしたり、魔素に自分の意識を乗せることもできないよ)
突然、燃えて黒くなった肉塊が、炎をまとったまま前方に倒れ込む。あらかじめ左手の紋章が激しい燃焼のせいで判別できなくならないよう左腕を前に出させておいたが、案ずる必要もなかった。皮膚に彫り込んだ紋章は簡単に消したりできない魔法陣でもあったためその部分の損傷が少ない。
そのうちに火も消え、紋章を残し、かろうじて人の形とわかる黒い塊となった。
「──じゃ、ウェスタ。よく聞くんだ。きみはもう神の眼をもっている。自分の魔力で見ようとするから、魔力が無効化されると何も見えなくなるんだ。だから魔素を感じるんだ。魔素というのは、空気のようにこの世界全体を満たしている。きみがそれを信じることができたなら、近くのものから遠くのものまで感じることができる。もちろん簡単なことじゃない。だからたとえできなくても気に病むことはない。自分のできることをすればいい」
「できること? 治癒魔法ですか?」
「それは自分で考えて。きみにはもう何だってできる能力がそなわっている。誰かの言いなりになる必要はない。──踊り子の格好のままじゃ目立つね。これは魔力を感じさせない認識阻害の魔法陣が編み込まれているものだから」
私はフード付きのマントを取り出して手渡した。彼女はそれを身につける。物理的なものサイズ変更は土魔法だ。私は彼女の体に手をかざし、大きめのマントをほどよく調整してやる。
「きみは自分で思っている以上に魅力的な顔をしている。そのせいで嫉妬を受けやすい。フードで頭を覆い、これは口元も隠せるようになっているのでそれも使うといい。あ、そうだ、手を出して、そう、こっちの手も同じように握って」
ウェスタの差し出した手の手首を握り、彼女にもこちらの手首を握るように言った。この世界の一般的な収納空間のやり取りだ。私は買い置きしておいた貴族御用達の種々の惣菜パンを30個ほど送る。彼女は、自身の亜空間にて、それらを魔力でつつみこみ、消失しないよう自分のものとする。
相手が何を収納しているか通常はわからないが私にはわかる。当分のあいだは稼げないだろうから金も渡してやろうと思ったが、たんまりためてあるようだった。母親と弟のために健気にためてきたのだろう。
「生活魔法は使えるよね? 貴族魔法も?」
「はい」
「じゃあ、あとは、魔力を反転させた闇魔法だね。──対処の仕方は単純。闇に触れるまえに、風魔法で闇を吹き飛ばせばいいんだ。反転の魔力は、光を吸収するから黒くなる。でも状況によっては黒の闇にならず目立たないものもあるから、そのときは光を当ててやって目立たせるといい」
「──攻撃魔法は教えてあげなくていいんですか?」
ミリフィアが私の後ろから声をかけた。
「ウェスタは癒しの人だ。誰かを攻撃する必要はない。魔素で察知して逃げるか、どうしても逃げることができないなら、光魔法と闇魔法──それらを使ってなんとかすればいい」
広場周辺の家屋に引火した火も消し止められ、雨も上がって、雲間から陽射しが出ていた。おだやかな風がときおり吹いている。私たち三人は広場に出て状況を確認する。
野次馬が集まってきていたせいか人通りも多かった。そのなかで王国の騎士団や消防団、官憲らが後処理をしている。ガンゾーイがいないか探してみたが、見当たらなかった。
拘束されて血気盛んなのが、官憲に逆らって騒いでいる。仮面の踊り子らも何か所かに集められて、それぞれが事情聴取を受けていた。ウェスタを置いていった小さな子らもいるようだ。ウェスタは顔を伏せる。
私たちは目立たぬよう、三人ともフードをかぶって歩いていた。フードや帽子、または仮面、鎧などで顔を隠すのは、冒険者や獣人、亜人のいる大きな街では、めずらしいことではない。
(──ウェスタ。聞こえる? 念話で話そう。できるよね? ぼくの名はアトマだ。きみの隣にいるのはミリフィア)
(──ども……)
まえを歩く私は、後ろのウェスタとミリフィアに、同時に念話を送った。
(念話は禁止されていましたが、できます。お二人とも、念話の魔力が細いですね。とらえるのが難しいです)
ウェスタが答える。
念話は魔力を互いにつなげていないと外部に漏れてしまう。だからといってその魔力のつながりが目立つようなら魔力の上位者には念話していることがわかってしまう。
(じゃこのまま、広場を突っ切って、王都から出るよ。──と、そのまえに、ウェスタも、ミリフィアも、気配を消すことを覚えようか)
(いいんですか? 弟子にするんですか?)
ミリフィアが聞く。ウェスタを弟子にするのかという質問だ。
(この運命は、最初っから決まってたことなんだ。詳しくは言えないけど、ウェスタは神に愛されていた。でも、その神は、もういない)
──いや、いない、ということも、ない。そうだ、私が覚えている。だからこの世界で、私が彼を生き返らせることも可能なんだ。
(──とにかく、ウェスタは魔素を感じて。この世界は魔素にあふれている。だから魔力を使わず、いままでの魔力を使うような感覚で、魔素を使って、この広場全体を感じてみてごらん。ミリフィアはもうできているよね? ──どう? ウェスタ)
(ミリフィア……は、できるの?)
ウェスタはミリフィアに聞く。
(ええ、できるけど?)
(……あなたにできるのならわたしにも──)
ウェスタに他意はない。自分より年下と思われるミリフィアにできて、自分にできないはずがないとの矜持だ。
ウェスタの、見よう見まねで治癒魔法が使えるようになった能力、そのセンスはだてではない。できると信じこむことさえできれば、試行錯誤することで、実際にできるようになる。彼女自身それを心得ている。だから私はあえてミリフィアができることだけをウェスタに伝えた。
しばらくすると、ウェスタが、
(──できました! わかります。いろいろな視点、角度から見える感じがします。目を閉じても開けていても見えます)
(それじゃあ、二人ともいい? 魔素を感じることで、まずいちばん重要なことは、魔力がどこから出ているか、どこで、誰が、魔力を使っているか、それを知ること。そしてそれは、魔素が魔力に敏感に反応するから、わかることなんだ)




