第4章6 奇跡の術
私は転移する。ミリフィアもついてきた。
路地裏に少女がひとり倒れていた。近寄る。──ミリフィアより年嵩だ。年のころは17〜18。体も一回り大きい。布の覆いが無くなって顔は剥き出しになっていた。目がないので恐ろしく異様な顔立ちだ。彼女がここに置き去りにされた一因にもなっている。
周辺は火の手が上がり、騒がしい。少女がこちらに気がついたようなので、しゃがみ、
「落ち着いて聞いて。助けてあげる。もう大丈夫」
少女は震えていたが、うずくまり、
「見えないんです、何も……何も……真っ暗で……」
建物の陰にあり、ここでは闇魔法の闇はうすくその効果もなくなっている。見えないのは精神的なものが原因だろう。
「なにがあった? きみに起きたことを教えてくれれば、元通りにしてあげられるよ」
「いやっ──だ、だれ! 誰ですかっ!」
少女は片手をまっすぐに伸ばして、火を放つ。それは火の玉となって、ミリフィアに向かって飛んでくる。
ミリフィアはさっと避ける。そして、声をかける。
「ごめんなさい。わたしもあなたを助けに来ました。話を聞かせてください」
少女の神経は過敏になっていて、ミリフィアのわずかな足音を聞きとり、火魔法を放ったのだった。私は、
「いまここにはぼくともう一人、女の子がいる。仲間だ。安心して」
そう言いながら彼女に治癒の魔法をかける。とくだん彼女は怪我などはしてなかった。状態異常を正常に戻してやる。
落ち着いてきた彼女は話し始めた。
「広場で……いつものように……みんなで踊ってたんです。そしたら空の上で、何かが爆発したんです。最初は花火みたいなものかと思ってたら、音が鳴るたびにみんなおかしくなっていきました。わたしも突然、何も見えなくなって──わたし、目がないんですけど、ふだんはちゃんと見えてるんです。何でも──」
彼女は自分の顔を触り、顔を隠す布が取れていたことに気づいた。自分から見せるつもりが、私たちにすでに醜い顔を見れていたとわかって、おどおどとする。
「大丈夫。気にしてない。きみは視力ではなく魔力で、周囲のものが見えるんだろ? ──で、それから?」
「声が、声が聞こえてきました。闇を追い払いたいのなら明かりを灯せ、と。それで誰かが炎を出したんです。その瞬間、わたしにも見えました。でもすぐに暗闇に戻ってしまったので、わたしも火炎魔法を出したんです。そしたらまた見えるようになって。たぶんみんなそうでした。けどたくさんの火魔法が飛び交って、みんな逃げ回って、公園は大騒ぎになったんです」
声というのは広範囲の念話だ。広場にいた者たちの頭に響かせたのだろう。
(──ミリフィア。何が起きていたか分析できる?)
ミリフィアにそう念話を飛ばしながら、少女に聞く。
「魔法は使えたり、使えなかったりしなかった? それでみんなパニックになってしまったんじゃないかな?」
彼女は首を縦に何度も振りながら身を縮こまらせ震えていた。
「慈悲を……ください。苦しまないように……殺してください……」
そう言って体を起こし、弱々しく震えながら懇願する。目がないので涙は流れない。その代わりに鼻水を垂らす。
「私も……パニックになって──わたしが──みんなを。わたしは罪を犯しました……もう取り返しのつかないことを、してしまったんです……もう……もう殺して……殺してください」
宙に手を伸ばす。
「誰も死んでないよ。みんな逃げて難を逃れた」
実際、混乱はあったんだろうが、死者は出ていない。彼女の近くにいたのは魔力をまとえる者たちだったのだろう。するとミリフィアが念話で私に、
(どうして、わかるんです?)
(魔素探知でここの広場のことは王都に入ってくる前からわかってたんだ。それでどれだけの人がいたのか把握できていた。ミリフィアも一つ一つの命を愛おしく思えれば、もしその命の火が消えたのなら、すぐにわかるようになるよ。自分がどれだけの人たちを意識してられるか試してみるといい──)
「──わたし、うらんでいたんです……憎んでいたんです……だから混乱のなかで、あいつらの顔を焼いてやると、火炎魔法を出しました。それがわたしです……わたしの本性です……もう巫女の資格もありません」
「どうして──憎んでたの?」
ミリフィアが少女に聞く。その声にびくっとしたが、
「わたし……小さいころ、見よう見まねで治癒魔法ができました。それで弟や村の人たちの病気や怪我を治していたんです。聖女になれるといわれて王都に連れてこられて、教団に入って同じような子たちとレベルの高い治癒魔法を学んでいました。わたしはそのなかで、いちばんうまくやれたんです。目を閉じても、まわりのことがわかるようになって、女神様の再来とまで言われました」
建物で遮られていたが広場のほうから男たちの騒ぐ声がする。そのうちに雨が降ってきた。あちこちで火災が起きているのを一斉に消火するため、気象操作のできる魔導師が呼び出され雨を降らせたようだ。そんなことはお構いなしに、少女は、
「でもうそだったんです! みんな、みんなわたしをだましてました。神の眼が得られないのは俗物の眼があるからだって。わたしが自分の目を焼いてしまったあとになって、あいつら、言うんです。そんな醜い顔では女神にはふさわしくないって──」
「そうかな? きみはお金が欲しかった。そのために神の眼をもつという超越者になりたかった。だから目を潰すと超越者になれるとの甘い言葉を信じて、みずから目を焼いたんだ。何のためらいなく」
少女は答えない。
「恥じる必要はないよ。きみがお金を欲しがったのは母親や弟のためだろ。二人に人並みの生活をさせてあげたかった。きみはまだ子どもだったんだ。穢れを知らないままの本物の聖女だった。きみはなにも悪くない。悪いのは金に汚い大人たちさ」
ミリフィアは王都に来る途中に乗った馬車を思い出した。子どもたちがいた。──あの子たちもみんな、親に売られたんだ。魔力の才があったから。
(ミリフィア。これからやることをちゃんと魔素感知でとらえておいて)
私はまず結界を張る。この結界は私を中心とした半球として広がり、外側からの認識をさえぎり、魔力や風雨もはじく。
結界の中の私たちは、騒がしさを遮断した独特の空間を共有する。
「じっとしてて──。約束通り、元通りにしてあげる。これは最初の神が約束していたことでもあるんだ」
少女の顔に手を当てる。光を当てると少女の眼窩はえぐられ、空間ができあがる。壊死した細胞を亜空間へと落としたからだ。光は一時的に神経を麻痺させ痛みを感じさせない。そしてそのまわりの細胞から徐々に目が再生されていく。つぶらな瞳の少女の顔が現れた。
幼いが美しい顔をしていた。──これじゃ、妬まれてもしょうがないか、と思えるくらいだ。
少女は視力が戻っていることに唖然とし、何度もまぶたをぱちぱちとさせていた。両手で顔に触れ、指先に当たるそのやわらかい凹凸に、歓喜する。声にならないまま、私とミリフィアに、交互にほころばせた顔を向け、そのうちに涙があふれだして、首を垂れて声を出し、泣きはじめた。
泣きじゃくる少女の背を見守っていると、彼女は突然かしこまって膝立ちをし、手を組み合わせる。
「わたしを連れていってください。どうかお願いします。この命をあなた様に捧げます」
「いや。それはできないよ。左腕を前に出して。切り落とすから、我慢して」
それを聞いてミリフィアはびっくりしたが、少女の差し出した左手の甲に彫られていた刺青の紋章を見て察した。
(奴隷紋ですか?)
(みたいなものだね。教団の紋章の一つだろうけど、魔法陣の働きもしていて、魔力が流れると脳内の不安因子を刺激する。これがあると教団から離れたら生きていけない)
私は手刀で少女の腕をさっと切り飛ばす。
切り取ったあとの腕の切り口に手を当て、先ほどと同じように再生させる。やわらかい光を発しながら腕が再生され、生えていくように伸びてくる。
「きみはいま自分に起きたことを見ていたよね? 最上級の治癒魔法だ。真に願えば、いつかきみにもできるようになる。これからは教団とは関係なく一人で生きていくんだ。──きみの名前は?」
「名前はありません。ベスの子と呼ばれてました」
「だったら名を与えよう。これからきみはウェスタだ。ウェスタと名乗るといい。きみが村にいた頃にしていたことを、これから行く先々でやって、いま自分が救われたように、本当に助けを必要としている人を見極めて、こんどはきみが救ってやるんだ。ただ、これは、最初の神がきみに願ったことであり、その神はいまはもう存在しない。だからもしこの運命に逆らっても、誰もきみを罰したりはしない。きみはきみの思うままに生きるといい」
地面に落ちているウェスタの腕に私は掌を向ける。するとそれはもぞもぞと動き始め、切り口から肉体が再生されていく。ウェスタもミリフィアもその奇怪さに驚き、畏怖の念をいだく。そこから一つの人体ができあがってきたからだ。
「大丈夫。フェイクだ。あれに命は宿っていない」




