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癒 7

 時を閉じられた白い世界の中、癒は黒衣の青年の姿へ形を変えた。


 「光弘・・・・・すまない。少し、時間がかかる。耐えてくれ。」


 こうなることが分かっていたのに、止めなかった・・・・・・。


 癒の瞳から、静かに涙が流れた。

 命を投げ出したくなるほどの激痛に、光弘は叫び声を上げ、そのまま歯を食いしばろうとする。


 「っ・・・・・・!」


 癒は、光弘が舌を噛む寸前で、彼の口の中へ素早く指を突っ込んだ。

 必要な術式を組むために防御を全て解いている今の癒は、人と変わらないほどに弱い。

 その指に、噛み千切られるような激痛が走り、血が流れる。


 癒は一瞬顔を歪めたが、光弘の口に指を入れたまま、鎖骨の祝印へ強く口づけた。

 光弘の中を食い荒らしている術を自らの中に流れ込ませる。


 無防備な癒の身体を見つけ、術が移動を始める。

 指の激痛を感じなくなるほどの激しい痛みが、癒の中に流れ込んできた。


 光弘の中を暴れ回る膨大な術の欠片を自分の中に移していく。

 狂いそうな激痛に意識が身体を離れそうになるのを、癒は必至で堪えていた。


 最後のひとかけらまで、残さず自分の中に術を移し終えると、癒は光弘から唇を離し、こらえ切れず傍らに膝をついた。

 痛みで意識がかすむ中、自身の持つ守りの力をもとに戻す。


 癒の身体の中を食い破っていた術が黒い炎に焼かれ、一瞬で霧散した。

 癒は哀しい瞳で光弘を見つめた。


 問題は・・・・ここからなのだ。


 食い破かれ、深手を負ってしまった魂を修復しなければ、光弘の精神(こころ)は永遠に戻らない。

 魂の修復は、互いの魂に対して無防備な状態・・・・・つまり、命を預けられるほどの絆がなければ成しえない。

 それが分かっていたからこそ、光弘は鳳の魂を九泉の魂の修復に用いたのだ。


 癒は自分の魂を相手の魂の修復に充てる術を使うことができる。

 問題は、光弘が癒の魂を受け入れてくれるかどうかなのだ。

 それはあまりに可能性の低い話と言えた。


 祈るような強い想いで、癒は光弘の額に自らの額をそっと重ねる。


 頼む。

 今だけでいい・・・どうか、私を受け入れてくれ。


 「(いや)せ。」


 癒は魂の力を光弘の内へゆっくりと流し込み始めた。

 その瞬間、癒はピクリと眉を動かした。


 はじかれるとばかり思っていた自分の力を、光弘は自分から吸い付くように受け入れ始めた。

 癒の身体が喜びに痺れ、熱くなっていく。

 

 私の魂をそのまま吸い尽くしていい・・・消えないでくれ・・・。


 むさぼるように求めてくる光弘の魂を感じながら、癒は祈るようにそう思った。


 癒の力を受け入れた光弘の魂は、その力を隅々へといきわたらせ完全に復活をした。

 癒が名残惜しく額を離すと、ゆっくりと薄い瞼を上げた光弘と目が合った。

 癒は動揺し、思わず自分の姿を光弘と同じ年ごろの少年へと変化させた。

 

 光弘は、まだ意識が朧気なのか、虚ろな瞳で癒を見つめ、頬に手を伸ばしてくる。

 癒の頬に光弘の手が触れた瞬間、癒はビクリと身体を震わせ、目を伏せた。


 自分から光弘にふれるのと、彼の方から自分に触れられるのとでは、全く意味が違うことを、癒はこの時強く思い知らされた。


 自分がどうかなってしまいなほどに強く激しく、狂おしいほどの想いが打ち寄せてくる・・・・・。

 抑えられない気持ちの高鳴りに戸惑い、癒は光弘から顔をそむけた。


 そんな癒の様子を見て、光弘は、嫌がらせてしまったと勘違いしたのだろう。

 申し訳なさそうに瞳を揺らし、手を離した。


 「君は、誰だ・・・・・・。俺を・・・・・助けてくれたんだろう。」


 光弘が向けてくる切ない瞳に、癒の心が震える。


 「僕じゃない。ここは・・・ただの夢だから。」

 「・・・・・・。」


 あんなに見られるのを嫌っていたはずなのに、この姿をあっさり光弘へ晒してしまったことに戸惑い、癒の口からとっさに嘘がついてでた。


 光弘はしばらく何かを考えていたようだったが、小さくため息を吐き出すと、癒に問いかけた。


 「名前を・・・教えてくれないか。」

 「僕に名前はない。誰も僕に、名をつけたいとは思わない。僕にあるのは、僕を恐れる者たちがつけた、仮の名だけ。」


 光弘は、心の奥底を探る様に静かに見つめてくる。

 癒はその無垢な瞳に耐えあぐね、光の渦で一気にその場を満たした。 


 「・・・・・・(くろ)。みんなは僕をそう呼んでいる。」


 光に視界が埋め尽くされていく中、最後にそれだけ伝えると、癒は止めていた時間の縛りを解いた。

 

 「今のは・・・・・・なんだ?」

 「一体、何が起きたのだ。」


 辺りを包み込んだ束の間の閃光に妖月の神妖たちがざわつく中、あどけない神妖の姿へ戻った癒は、光弘の傍らで何事もなかったかのように頬ずりをした。


 白妙は少しの間目を細め、癒をいぶかし気に見つめていたが、光弘のシャツを正して刻印を隠すと、大きく息をついた。


「全く無茶をする。光弘、お前死ぬところだったのだぞ。・・・・・お前はもっと、自分を大切にするべきだ。」


 白妙の言葉に、光弘は(はかな)い笑みを浮かべた。

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