癒 6
ちっ・・・・・。
再び祭の屋台を回りながら、癒は心の中で舌打ちをした。
今まで姿を消していた白妙や久遠たちが現れた。
気づいてはいたが、やはりここに妖月の神妖を全て集めている。
気づかれたか・・・・・・。
自分の正体がばれてしまったのかと思い視線を鋭くした癒だったが、どうやらそうではないようだ。
光弘に害をなしている者の正体が宵闇であると、白妙が気づいたのだ。
宵闇が生きていることが分かれば妖月とて動かない訳にはいかない。
宵闇は妖鬼ではなく神妖なのだ・・・・・。
ましてや、宵闇はここにいる妖月の者たちと深くかかわりのある者。
放っておくことはできないだろう。
癒は束の間蘇った暗い記憶に目を伏せた。
宵闇を神妖のまま妖鬼の類へと堕としたのは自分だ。
そのことに後悔はないが、責任はあると考えていた。
癒が考えに耽っていると、突然、探し求めていた気配をすぐ近くに感じた。
(九泉!)
癒は焦がれた者を求めるように、心の中で強くその名を呼んだ。
だが、名を呼ばれたその神妖が、いつものように自分の前に現れることはなかった。
ようやく掴んだ気配が、急速に光を失っていく。
癒は瞳を鋭くした。
もはや構ってなどいられん。
鬼術で引き戻してやる。
癒が力を行使するため、正体を晒そうとしたその時。
「秋津・・・・?」
ようやく異変に気付いた都古が、その名を呼んだ。
九泉の忠実な盾である銀のトンボが、蝶をかばうように連れ添って飛んでいる。
その翅はボロボロに崩れ羽ばたくこともおぼつかない。
二匹は都古の足元へたどり着くと、そこで塵となって消えた。
癒の心の中を息が詰まるほどの怒りがこみあげてくる。
「開眼!退け!」
都古が鳳を使い、九泉を引き戻した。
地に吐き出された九泉の目は、どこも見ていなかった。
癒は光弘の身体にまとわりつく赤黒い霧をひと睨みし、一瞬のうちに消し去った。
傷だらけの顔と身体・・・・光を失った瞳。
命の灯が消えかかっているのは、誰の目にも明らかだった。
九泉の口がかすかに動き、鳳の名を細くつぶやいた。
はじかれたように九泉の胸に抱きつき、自分の魂を捧げようと願う鳳の姿に、癒は、九泉のつけていた腕飾りのことを思い出した。
表情をほとんど表に出さない九泉が、唯一かすかに微笑みながら話していた・・・・・。
あれは、鳳のことだったか。
久遠の治癒の術で九泉のケガは癒えたが、それが意味をなさないことが癒には分かっていた。
魂が致命的なまでに損傷を受けているのだ。
これを治す術を確かにもつ者は、ここには一人しかいなかった。
わずかに感じることができていた呼吸が、完全に失われようとしている。
そんな絶望的な空気の中、光弘が静かに九泉の元へ近づいていった。
瞳が紫色に代わり、淡い輝きを放っている。
癒はこうなることが心のどこかで分かっていた。
光弘は、鎖骨に刻まれた淡い緑色の印を晒した。
鳳に向け、契約の言霊を放つ。
「約束する。彼は絶対に逝かせたりしない。」
光弘の形の良い唇から、強く優しく言霊が紡がれた。
止めることのできないその流れを、癒は締め付けられるような苦しい想いに耐えながら見届けることしかできなかった。
「おいで。」
甘やかな声音に誘われ、鳳は舞い上がった。
光弘の首筋に抱きつくようにして、鎖骨の印へ触れる。
「祝印。納めよ。」
言霊を放った光弘を、癒は哀しい瞳で見つめ続けた。
光弘が痛みに顔を歪めるのがわかった。
無理矢理にでも妨げたいという衝動を必死で抑える。
全てが終わり、秋津に穏やかな呼吸が戻ると、光弘は涼やかな目元を嬉しそうに細め、その場に倒れ込んだ。
身体を丸め、痛みをこらえるように必死で声を抑えつけている。
光弘の鎖骨で刻印の模様が荒れ狂ったようにうごめいていた。
やはり・・・・・。
人である光弘の精神だけでは、この術に耐えられない。
光弘は身体を痙攣させ歯をギリギリと食いしばっている。
消化しきれなかった術が魂を食い破っている。
頭が・・・手足が・・・・全ての臓腑が・・・引きちぎられるような激痛で、声も出せないのだ。
癒は、光弘の刻印に頭を寄せ・・・・・そっと触れた。
強烈な光と光がぶつかる音を使い、ほんの一瞬皆の前から姿をくらます。
「閉じろ。」
癒は言霊を放ち、自分と光弘を取り巻く時間を隔離した。




