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癒 8

 まだ意識を失ったままの九泉(きゅうせん)(あげは)が連れ帰って行く。

 (ゆい)は目を細め、2人を見送った。

 そんな癒に、白妙(しろたえ)がためらいがちに口を開いた。


 「癒。お前に光弘(みつひろ)を任せたい。来るべき日まで、黒霧(こくむ)を抑え子供たちを守りたいのだ・・・・・。出来るか?」


 癒は探るような目で白妙を見つめた。

 こいつは一体何を考えているのだろう。

 白妙は美しい顔に似合わず、油断のできぬ相手だ。

 現に、白妙だけは出会ってからずっと、綻びを探るかのように私から目を離そうとはしない。


 白妙の提案に、朱華(はねず)加具土命(かぐつち)が慌てて言い寄り始めた。

 海神(わだつみ)も呆れたように、美しい眉を片方上げ手を広げてから、腕を組みなおしている。


 「白妙、待て。秋津がこのような目に合うほどの役を、産まれたばかりの神妖に任せるというのか。」

 「それはあまりに酷というもの。言葉すら持たず変化(へんげ)もままならぬ幼き者に任せるとは・・・・・。死ねと言っているようなものだぞ。」

 「言いたいことはわかっている。正直、私とて迷っているのだ・・・・・。」


 白妙の言葉に、沈黙が広がっていく。

 その沈黙を破ったのは、光弘だった。


 「待ってください。」


 硬い声音に何かよからぬ気配を感じ、癒は光弘を鋭い眼光で見つめた。


 「もうこれ以上、誰もかかわらせたりしない。あなた達も、(ゆい)も・・・・・真也(しんや)たちも・・・・・。」


 やはり・・・・・。


 「俺が誰の事も想わなければ、あの黒い霧は誰も襲えない。それなら・・・・俺が望むことは一つだけだ。」

 「光弘・・・・・。」

 「真也、(しょう)都古(みやこ)。俺を見つけてくれて、ありがとう。・・・大好きだよ。ずっと。」

 「おいっ!」


 噛みしめるように最後の台詞をつぶやくと、光弘は額に指をあて、いきなり言霊を放った。


 「()じろ。」


 光弘の指先が光を帯び、徐々に輝きを増していく。


 癒はすかさず自らの妖力を解放し、光弘の術へ向けて放つ。

 癒の瞳が(あか)く煌めいた。


 次の瞬間、カシャーンという音と共に、光弘ははじかれたようにのけぞり、勝の腕の中に倒れ込んだ。


 癒が凍り付くような瞳を光弘にむける。

 冷たい怒りと、それと同じくらい深い悲しみが黒い瞳を揺らしていた。


 子供たちが光弘にぶつける心の声が、空しく教室に響く。

 光弘は、恐らく考えを変えない。

 実際、光弘が宵闇を受け入れ心を閉ざせば、奴を封じ込めることができるのは事実なのだ。

 だが・・・・・・。


 教室に流れるなか、白妙が口を開いた。


 「光弘。そういえば、世話になった礼をまだ伝えてなかったな。お前のおかげで、2年前のあの時、私は我に返ることができたのだ。あのままでは連中を殺し、危うく木乃伊(みいら)取りが木乃伊になるところであった。改めて礼を言うぞ。」


 突然過去の話題を出された光弘は、首をかしげて白妙を見つめている。


 「光弘よ・・・・・・。お前、自分の望みを通すならば、相手のわがままを1つくらい聞いてやっても(ばち)はあたるまい。お前、皆の気持ちを考えていなかったのだろう。」


 光弘の傷ついたような眼差しに、癒は哀しくなった。

 自分がどれだけかけがえのない大切な存在であるか、この人には理解できないのだ。


 「癒。話を戻すぞ。お前・・・・・光弘を守れるか?」


 癒は、じっと光弘の瞳を見つめた。

 癒は自分に怒っていた。

 自分の目の前で2度も光弘を危険にさらした。

 どんなに強力な力があっても、この人を失ってしまったのでは生きていく意味がない。

 そのために得た力なのだから。


 白妙や久遠(くおん)たちの様子をみれば、自分の存在が異質なものであると理解したうえで話を持ち掛けているのは明白だった。


 お互いの利害が一致している以上、断る必要はなかった。

 それに、白妙に言われるまでもなく、光弘を守るつもりではいたが、白妙の願いとして受けておけば便利がいいかもしれない。


 もう、自分を抑えるのはやめだ。

 たとえこの人に嫌われ、遠ざけられたとしても・・・・・・。


 癒は白妙に向かって「いいだろう。」というようにあごをしゃくり、うなずいた。

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