執護
気まずい沈黙が流れる中、重苦しい空気を壊したのは白妙だった。
「・・・・・光弘。お前の言う通りだ。」
「白妙。」
翡翠が口を尖らせ窘めようとすると、白妙は片手でやんわりとそれを制した。
「だが、お前は二つの大きな誤解をしている。」
白妙は腕を組み、近くの木に背中を預けた。
翡翠は一歩下がり、成り行きを見守ることにしたようだ。
「一つ。神妖との主従契約・・・・・これは、我ら神妖から請われた者のみが可能とすることだ。人が我らに求めて叶うというものではない。二つ。この命逢は、強固な力によって護られている、ここにいる神妖が他世界からの干渉を受け洗脳される心配はない。・・・・・お前ならば、これが何を意味するか分かるだろう。」
白妙の言葉に、光弘からさきほどの激しい気配が消えた。
光弘は色を失くした瞳で白妙を見つめている。
きっと神妖である白妙の言葉だからこそ、光弘の心に届いているのだろう。
「癒の願いを聞き届けるか否か、その選択権はお前にのみある。他の者がかかわれる問題ではない。」
白妙は光弘の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「ただ一つ、私の名に誓って言う。主を定め契約を乞う時、我ら神妖はその者に魂をかけて尽くすことを狂おしいほど強く望んでいるのだ。それだけは忘れてくれるな。」
光弘は苦しそうな表情を白妙にむけたまま、腕の中の癒を優しく抱きしめた。
きっと、光弘のささくれだった心を鎮めさせる何かが、白妙の言葉の中にあったのだろう。
だが同時にその何かは、光弘に戸惑いと苦悩を与えているようだった。
沈黙から解放され、俺たちは大きく息をはいた。
翡翠が、ホッとした様子で仕切り直す。
「癒と光弘さんの事は、とても大切なことですから・・・・・今すぐ決める必要はありません。真也さん、先ほどはお返事をしそびれてしまい、大変失礼いたしました。お察しのとおり、今日はお願いがあって、あなた方に来ていただいたのです。」
俺が抱えていた疑問の核心をつく言葉に、心臓がドキリとはねる。
癒と光弘を会わせる目的があったのはわかった。
だけど、記憶を失くすという危険を冒してまで、俺と勝をなぜ呼ぶ必要があったのか・・・・・俺はずっと引っかかっていたのだ。
翡翠が久遠へ目くばせする。
「僕たちは彼呼迷軌の守り人である執護と呼ばれる役をもつ者だ。都古はその候補者として現在修行している。その手伝いを引き受けてくれないだろうか。」
久遠はそう言うと深々と頭を下げた。
俺たちは、お互い顔を見合わせた。
一体何を頼まれてるんだ?
「ひよめきのもりびと」?
「あざね」?ってなんなんだ?
焦って勝と光弘を見ると、二人の顔にも、俺と全く同じことが書いてあった。
「駄菓子屋や私たちの家のあるあの場所。あれを彼呼迷軌と呼びます。彼呼迷軌は世界を繋げる役を担っている、とても大切な場なのです。その彼呼迷軌を守り望みを叶えることで、世界の触りを取り除くことを私たちは生業としています。生業とはお仕事のことです。そのお仕事が執護と呼ばれるものなのです。」
つまり、彼呼迷軌っていう場所の番人みたいな仕事が執護で、都古の両親はその執護をしてるってこと・・・・・だよな。
彼呼迷軌の望みとか、世界のさわりっていうのがいまいちよくわからないんだけど。
光弘はともかく、勝は完全に固まってるな。
勝の顔を見て、ニッコリ微笑むと翡翠は話を続ける。
「都古は、私たちを継ぐものとして現在修行中の身なのです。今までは、都古と、大切な友人であるあなたたちとの時間を最優先に、修行をトレーニングレベルで抑えていたのですが、少し事情が変わってしまいました。そこであなたがたにも力を貸していただきたくて、本日ここへお招きしたのです。」
都古は両親の跡取りってことか。
で、何かあったせいで、都古の修行を今までみたく、俺たちと遊ぶ合間に続けるわけにはいかなくなったから、いっそ俺たちに手伝って欲しい・・・・そういうことでいいんだろうな。
「と、思っていたのですが・・・・・。あなたがたにも執護を継ぐ者としての選択肢が与えられたとなれば、話は変わってしまいますね。」
あれ?
なんだかちょっと雲行きが怪しい感じになってきた気がする。
都古を手伝う話が、なんで執護を継ぐ者としての選択肢って話が急に出てきたんだ?
「あの。俺たちに選択肢がなんとかって、何のことですか。」
俺が疑問をそのまま口に出すと、翡翠が自分の左手首を指さした。
「この刻印のことです。ご自分の手首をご覧になってみてください。」
翡翠にうながされ、自分の左手首を見て俺たちは息をのんだ。
いつの間に現れたのだろうか。
都古まで驚きに目を丸くしている。
「母様!これは・・・・・・。」
「なんだこれ?いつのまにこんなの描かれたんだ?」
「今ですよ。私が話している最中に、です・・・・・。」
翡翠は相変わらずの笑顔で和やかに話しているが・・・・・。
これは、ちょっと大事っぽいな。
久遠と都古は驚いて顔を見合わせているし、光弘も目を見開いてる。
勝は・・・・・いつも通りか。
「それは、彼呼迷軌から選ばれた者だけがもつ"祓"と呼ばれる刻印なのです。"祓"を持つ者は彼呼迷軌の力を行使することができます。先ほどの神妖との主従契約と似ていますね。ですが、"祓"は本来"執護"にのみ彼呼迷軌が与えるものです。つまり、彼呼迷軌があなたがたを執護として求めているということ。さて、どうしたものでしょう。」
俺たちに言われても翡翠以上に混乱しているので答えることができない。
ましてや、日常を超える数々の出来事で、ただでさえ頭の中がいっぱいの俺には、冷静に物事の判断ができる自信もない。
だがそれでも、全てを受け止めるという決意には一点の迷いもなかった。
手首をこすったり振ったりしている勝。
その普段通りの姿に苦笑し、俺は光弘に視線を投げかけた。
光弘は気にかかることでもあるのか、眉間にしわをよせて何か考えているようだったが、俺の視線に気づくと、覚悟を決めた眼差しでハッキリとうなずいてきた。
俺は光弘にうなずき返し、翡翠と久遠に向き直った。
「正直、今の俺たちは求められていることが何なのか、さっぱりわかってないです。だけど、4人一緒にすごせるなら。それがどこであっても、どんなことであっても今と変わらずにいられると思う。」
俺はもう迷わない。
決めたんだ。
「都古の力になれるなら、それがどんなことだろうと、俺たちに断る理由は一切ないです。」
俺の言葉に光弘が深くうなずいた。
その横で、いつの間に正気を取り戻したのか、なぜかどや顔をした勝がウンウンとうなずいている。
俺たちの出した答えに、久遠と翡翠は表情を和ませた。
「ありがとう。僕たちも最大限のフォローをさせてもらう。大変だろうがよろしく頼む。」
久遠が深々と頭をさげ、翡翠も今回は久遠をたしなめることなく、並んで一緒に頭をさげた。
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