川名 光弘 の物語>出会い 4
激しい怒りで我を失っている真也の姿を前にし、俺は自分の心を無理矢理凍らせた。
もしここで真也が野崎に暴力をふるえば、間違いなく真也たちは窮地に立たされることになるだろう。
今俺を助け出したことだって、野崎たちにとって、おもしろい出来事のはずはなかった。
このままにしてしまえば、これから先、野崎たちが真也たちにどれだけの嫌がらせをするかわからない。
俺のために、これ以上誰かが傷つき、犠牲になるようなことは間違っている。
俺は、静かに目を閉じ、束の間自分を包みこんでくれた3人の想いに感謝した。
ほんの刹那ではあったけれど、焦がれて止まなかった時間に、俺は触れることができたんだ。
身体は震えが止められないほど凍えているのに、胸の奥が熱い。
俺は渾身の力で、野崎を締め上げている真也の腕を抑えた。
「・・・・・・腕を離せ。・・・・・・なぜ止めるんだ。」
真也が抑揚のない声で問いかけてくる。
「やめろ・・・。お前とは、関係ない。・・・余計なこと・・・するな。」
俺はあえて、真也が傷つくような、背を向けるような言葉を選び、突き放すように答えた。
覚悟は決めたはずなのに、凍らせたはずの心が血を吹き出しているかのように痛む。
それでも・・・・・。
いけない。手を出すな。
頼むから思いとどまってくれ。
真也の目を真っ直ぐ見据え、俺は無言で訴え続けた。
ろくに話をしたこともない俺のために、こんなにも怒ってくれた。
それだけで俺は十分救われたんだ。
だから・・・・・もういいんだ。
しばらくして、真也は大きなため息をつきようやく野崎から手を離した。
真也が止まってくれたことに俺は安堵する。
だがそれは同時に、真也が俺に手を差し伸べるのをやめたということも意味しているのだ。
俺は思わずうつむいた。
ひどい言葉を投げつけたのは俺の方なのに。
差し伸べてくれた手を振り払ったのは、俺なのに。
自ら望んだはずの結末に、気づかないうちに涙がこぼれていた。
そんな俺の頭を真也は、身体ごと抱き寄せた。
その腕の力強さに、俺の中でまた、願ってはいけない想いが頭を持ち上げてくる。
真也の手を掴みたい、離れるのは嫌だ。
そんな衝動にかられながら、俺はまとわりついてくるその考えを必死で振り払った。
「職員室へ行こう。こんなやつらに黙ってやられてやることなんてないんだ。」
真也の言葉に俺は首を小さく横に振った。
このことが大きな騒ぎになれば、父さんにも迷惑をかけることになる。
姉さんや母さんのことでひどく傷ついている父さんに、俺の事まで背負わせたくはない。
それに、真也たちをこれ以上俺にかかわらせては危険だ。
俺が真也の申し出を断ったことで、野崎たちがまた、調子づいてわめき始めた。
真也が身体を固くし、俺を引き寄せる腕に力を込めたのがわかった。
直後、俺たちは日常を超える出来事に立て続けに襲われることになった。
突然目の前に現れ、一瞬で都古の中へと入りこんだ一人の女。
女が入り込んだ後から、都古はまるで別人のように豹変してしまった。
何が起こっているのかはわからなかったが、このまま真也たちを巻き込んでおくわけにはいかない。
俺は神経を研ぎ澄ませ、身構えた。
始めのうち都古は、まるでなにか時間稼ぎでもしているかのように、のらりくらりとしているように見えた。
雷の玉のようなものを落として野崎たちを脅したときも、携帯を宙に浮かせいじっている時も、野崎たちを蔑んでいるのは分かったが、危険な感じはしなかった。
変化は突然起きた。
野崎たちの個人的な情報を上げ連ねていた都古の気配が、突然色を変えた。
教室の中が殺気で満ちていく。
身体が動かない。
突如、雷の爆音で腰を抜かして床に転がっている野崎たちが、悲鳴をあげてのたうち回り出した。
都古が指先から何かを弾き、野崎たちを攻撃しているようだ。
顔をグシャグシャにして命乞いをする野崎たちに向かい、都古が吐き捨てるように言葉を放った。
「光弘が・・・・・貴様らに弄られながら何を思ったと思う?・・・・・独りきりで。」
俺は目を見開いた。
この、恐らくは都古の姿を借りている別の何者かは、俺の事で怒っているのだ・・・・・泣いてくれているのだ。
だが・・・・・・。
「このまま消してしまおうか。」
この言葉に俺は凍り付いた。
そんなことをしてはだめだ。
誰かのために本気で怒れる、そんな人の手を汚させるわけにいかない。
だが、止めようにも、まるであの悪夢の中にいる時のように、身体が全く動いてくれないのだ。
都古の指先から、今にも放たれそうな禍々しい気配を感じ、俺は焦った。
少しでいい。
怒りに囚われている都古の心を逸らすことができれば・・・・・。
その時俺の目に、すぐそこの担任の机の上で咲いている小さな花と、並んで置かれた鉛筆立てが映った。
幼い頃の恐ろしい記憶が頭をよぎるが、迷っている時間も他の手段も今はなかった。
すまない。力を貸してくれ。
俺は心の中で、花瓶にいけられた花に向かって呼び掛けた。
話しかけられた花が、驚いてこちらに意識を向けていることがはっきりと分かる。
君の気が済むまで歌を聞かせることを約束する。
お願いだ。その鉛筆立てを倒してくれ。
都古の指先から炸裂する紫色の光が、バチバチと激しい音を響かせる中、俺は小さな花に向かい口を開いた。
5年間頑なに封をしてきた、忌まわしい呪いの蓋を開ける。
「頼む。」
言葉を紡ぐと同時に、左の鎖骨のあたりにじわりと熱が広がった。
俺の言葉を受け、嬉しさで震えた小さな花は、鉛筆立てに向かいすぐに葉を伸ばし始める。
スルリと伸ばした葉を鉛筆立ての淵に引っ掛けると、そのままあっという間に引き倒した。
倒れた鉛筆立ての中から、1本のペンが転がり落ち、都古へ向かって転がっていく。
転がるペンに気づいた都古は攻撃を止め、驚きに目を見開いた。
ペンを見て、それからじっと俺を見つめている。
やがて、視線を外し肩を落とした都古は、俺に向かい無言で感謝の感情を投げてから、野崎たちと向き合った。
俺は、都古を止められたことに安堵しながら、力になってくれた小さな花のことを想った。
明日、必ずここにくる。
待っていてくれ。
力を使ったことで疲れをみせている花瓶の花に向かい、俺が心の中で話しかけると、花は「とても嬉しい」「楽しみにしている」という想いを伝えてきた。
俺は心に引き裂かれるような痛みを感じながら、うなずいた。
後悔はない。こうするしかなかったんだ。
俺は再び、野崎たちと言葉を交わす都古を見つめた。
野崎が都古との約束を誓った直後に現れた炎の輪・・・・その輪が焼き付いた先、野崎たちの手首に残された印を見て、俺は驚愕した。
俺は、これに似たものをよく知っていたのだ。




