5 ヒロイン力学解剖学
5 ヒロイン力学解剖学
さらりと朝のひかりが頬を撫で、俺は重い瞼を押し上げる。
「ああ。朝か」
長い間ヒキコモリを続けていた俺にとっては規則正しい生活など無縁もいいところだった。だが、家族と欠かさず食事を食べ始め、少しずつ規則正しい生活を取り戻していった。
「本当にいきなり学校に行かなくてよかったな」
いきなり学校に行こうとすると、生活リズムの狂いから、すぐにヒキコモリに逆戻りだったかもしれなかった。そう思うとクロの成し遂げた偉業というのは大きい。
俺は身を起こす。もちろん、俺の体はベッドにはない。犬畜生のように床で寝ているのだ。
「朝だな……」
陰鬱な溜息を吐きながら銀色の少女が言う。その憂いに満ちた姿は大人っぽく、異国人の情緒を感じさせる。そういう仕草も自称宇宙人にはさまになっていた。
「なにを憂いでいるんだよ」
ただ、身長が小学生かと思うほど小さいので、コミカルな笑いしかとれない。
ちなみに、こいつが、俺を床で寝泊まりさせている張本人だったりする。
「何で笑ってるんだよ」
「いや、つい」
クロにもいろいろ悩み事があるのだろう。膨らまない胸とか、伸びない身長とか。
「全部牛乳に相談すれば解決すると思うんだぁ……」
「どうしたの?金色のバカ。きしょい」
「それは結構、と」
だが、クロが一体何を悩んでいるのか俺は気になった。
「何かあったら、相談に乗るぞ」
昨日俺がいない間に何かあったのかもしれない。
「昨日俺がいない間に何かあったのか?」
クロは今のところ俺にしか見えない。そして、触れない。俺以外の人間が見ているところでは物を動かせない。
「そう。何かがあったんだよ」
クロはずっと窓の外の日差しを浴びながら憂いでいた。
「わたしの出番が少ない!」
「よし。早く学校に行く準備をしよう」
「待て!無視するな!」
だが、俺も暇ではないのだ。学校に行かなければならない。
「学校から帰ってきて、まろに何かあってしかるべきだろう!?行きにあんな感動的な別れ方をしておいて、そりゃないぜ!」
「朝から騒がしいな」
学校という慣れない環境のせいか、俺は食事や風呂を済ませるとすぐに寝てしまった。クロにかまっている余裕はなかった。
「今作からヒロインは交代しました」
「聞いてないぞ!わたし以上にヒロイン力の強いヒロインなんて――」
「……腐るほどいるよな」
ヒロインたる要素なぞ、俺に分かる訳はないが、クロをヒロインとするには、なんというか、ときめきが足りない。あと胸も。
「ふぎゃあ!」
俺はクロに足の脛を蹴り飛ばされる。物凄く痛い場所だ。
「失礼なこと考えてただろ」
「別に失礼じゃねえよ」
そう。胸は女の武器だ。男を圧殺することができる。女の胸に顔をうずめたまま死んでしまう男は年に10000人を超える時代だ。そのどれもが童貞なのだから恐ろしい。
「バカ。あんまり読者に嘘を教えるのはよくないよ」
「クロ。貧乳はステータスだ」
「バ、バカ。明の変態。でも、明がわたしの胸を好きだって言うなら……」
「ま、お前の胸は貧乳というより皆無なんだけどな!」
「――」
その後どうなったかは言うまでもない。
「おにーちゃん。朝からどうしたの?」
「いや、痴情がもつれたというか、なんというか」
大地は俺の話している言葉の意味が分からず首を傾げる。意味不明の内容ということもあるだろうが、大地は言葉の意味さえ分かっていないだろう。
「朝から面白い恰好をしているな」
天姉はそう言ってコーヒーを啜る。一瞬頬が緩んだので、なんの天変地異が、と身震いしたが、天姉はニュースの可愛い動物を見て惚気ただけのようだ。
「どういうことだ?」
俺は学校に行くためにしっかりと制服を着ている。だが、不思議なことを言われて、昨日の努力が全て夢だったんじゃないかと思えてきた。
「今日は学校が休みだ」
「何だって――!?」
「何だって――!?」
俺と大地は同時に叫んだ。大地もまた、制服を着ている。
「昨日あれだけ明日ありますよ的なことを言っておいて今さら休みで済まされるか」
「そんなこと知らん。別に休みの日に学校に行ってもいいと思うぞ。自首勉強がてら、な」
「じしゅの字がおかしいような」
「気にするな」
「でも、今さら今日が休みだなんて。読者さんたちは前の話から長い間、明日は学校があると思い込んでいたんだぞ?これは裁判沙汰じゃないのか?」
「小さいのは息子だけにしておけ」
そう言われて、俺は黙る。息子の小ささを指摘されると俺は何も言えなくなる。
「なるほど。クロ。お前の気持ちがよく分かったよ」
「わたしが死んでしまったみたいじゃないか」
「いや、死んでるだろ」
あまり笑えないジョークではある。
「なあ、大地。急に言われても――」
大地の方を見た瞬間、俺は息をのむ。大地は俺の隣で生着替え中だったのだ。桃色の下着がもろに見えている。
「な、何してんだ!」
「え?着替えだけど?今日休みだったら、制服いらないし」
「男の前で着替えるなど――」
「おにいちゃん、男だったの?」
ひどいショックだった。
落ち込んでいる俺の肩にそっと大きな手が乗せられる。
「この家の男の肩身の狭さがよくわかるだろう?」
「父さん……」
父親はこんな環境の中頑張ってきたのだ。今さらながら同情する。
「こういう時はな、娘の発育を素直に喜ぶべきなんだ。色んな意味で」
「死ね。変態」
父親は朝から女性陣からのリンチを受けた。
「でね。私としては、是非とも明に彼女を作って欲しいわけよ」
「急にどうしたの」
俺はつまらなさそうに母親の言葉に答える。
「しっかりとしたお嫁さんを見つければ、明だってなんとかなるでしょう。理想のヒモ生活でしょう」
「大地がおにいちゃんのお嫁さんになる!」
「はいはい。そうですね」
俺は適当に流しておく。
だが、流しておいて、重要なことを確認しておかなければならないことに気がついた。
「なあ、父さん、母さん。今さらなんだけど、俺だけ他の姉妹と血がつながってないとかそういうことないよな」
「ああ。しっかりとつながっている」
俺はその言葉に安心する。
「残念だったな。大地。お前はヒロインにはなれそうにないぞ」
「ちっ。このロリコンが」
俺は妹に物凄く悪態を吐かれた。
「じゃあさ、大地。俺が老人好きなのと幼女好きなのとだったら、どっちがいい」
「おにいちゃん。警察に行く?」
「ごめん。聞いた俺がバカだった」
確かに、言った自分が恥ずかしい。
「ところで、結局なんの話なんだ?」
「それよ」
母親は俺を指さす。
「俺はものじゃない」
「そうじゃなくて、それ。その服装」
制服のことか。
「そう。制服。アンタ、制服以外に外に出られるような服ってないでしょう」
「あとはジャージとか?」
そりゃあ、碌に外にも出なかったから、服を買う必要もなかった。
「そんなんじゃ、理想のヒモ生活ができないわよ」
「別にヒモになりたいわけじゃない」
「いや、むしろヒモにしかなれないだろう」
そうだな、と一同頷く。ひどくないか。この家族。
「ともかく、彼女ができたらデートの時に服がない、じゃ困るでしょ?だから、服を買ってきなさい。お金はあげるから」
「めんどくせー」
ここでヒキコモリの本領発揮である。
「明。誰かいい子いないの?」
「さらっとスルーしたな」
どうも強制的に連れ出されるらしい。
「別に……」
最初に浮かんだのは銀色の少女だった。その少女は今は楽しそうにテレビを見ている。次に浮かんで来たのは大きな胸の乃木。そして……最後はなかったことにしよう。
「ついでにパソコンも買ってきなさい。安いのにしてね」
「うん。ありがとう」
俺は行く他にないようだった。
「うん。で、どうしてこのパーティなんだ?」
「なんか文句あるデスか?」
俺の家には使い捨てヒロインのアリサが来ていた。
「誰が使い捨てデスか!でも、ヒロインとなるとこのスカトロの嫁ということになるので悩みどころデス」
「女の子が汚い言葉を使わない」
アリサは女の子らしい、春の装いをしていた。眩しく白い太ももを強調するショートパンツ。半袖という動きやすい恰好ながらも可愛さを忘れさせないフリルがアクセントとなった、トップス。頭には金色の髪がすっぽりと入るハンチング帽。
「もったいない」
少し天然のカールがかかっているものの、美しい金髪をアリサは持っていた。それを隠すように帽子を被っているので残念だった。
「なんて嫌らしい想像してるデスか」
「してねえよ」
「おにいちゃん、不潔」
「金色のバカ、嫌らしい」
何故に休日の朝から年下の女の子に罵倒されねばならない。
「さあ、さっさと行くデス」
一方の赤嶺家の二人、大地と俺はジャージ姿だった。俺は外出用の服がないだけだし、大地に至っては、おしゃれとかそういうことに興味がないのだった。母親は大地にもお金を渡し、服を買うように言ったのだ。
そうして玄関を出ようとした時、クロが慌てて駆けてきた。
俺の背中に抱きつく。
「金色のバカ。絶対に帰ってきてね」
俺は静かにクロの小さな頭に手を載せる。
「目立ちたいからって、死亡フラグは立てるんじゃないぞ」
「ちっ。これで不動のヒロインとなれるかと思ったのに」
そんなことだろうと思い、俺は家を後にした。
外の空気がこれほどまでに新鮮であることを俺は今まで知らなかった。やはり、学校のある日に外出するのと休日外に出るのとは違う。
「まだ一日しか学校に行ってないデス」
「アリサ。お前むっちゃ俺につっかかってくるな」
「呼び捨てにするなデス。アリサ様と言えデス」
きらり、と広い卵オデコが光る。
「で、どこに行こうかな」
「無視するなデス」
俺たちの様子を大地はじーっと見ている。
「二人、付き合ってるの?」
「は、はあ?そ、そんなわけないだろ!」
「――う。うげげげげげげえぇえぇえぇえぇえぇえぇ!」
「吐くほどじゃないだろ!」
アリサが本気で気持ち悪がったので、大地の疑問は拭い去られたようだった。
「アリサは大地と一緒にデートするのが楽しみなだけデス。なのに、このゴキブリが――」
「俺の人権はどうなっているのか」
だが、そういうことなのか。でも、それはどうなのか。それでいいのか。
「今日は一緒に遊ぼうね。アリサちゃん!」
大地は屈託のない笑顔をアリサに向ける。アリサは顔を赤くする。
大地はアリサをただの友達としてしか見ていないようだった。
「こんな田舎にあるとしたら、デパートの他にないだろう」
某洋服チェーン店があったりする場所である。都会の町のように小さな若者向けのファッション店なんてない。あって、おばさま向けの安い服屋だ。
「本当に仕方ないデスね」
残念そうにするので俺が申し訳なく思ってしまった。
「帰りたいな」
町で唯一の大きなデパートを見上げて俺は帰りたくなった。田舎の人間は行くところがないから、休日はこのあたりで過ごしている。なので、クラスメイトと出会う確率も高くなる。
「まあ、名前なんて覚えてないんだけど」
「ごちゃごちゃ言ってないで行くデス」
「人が多いところは苦手でさ」
「サンドバック的ひき肉にしてやりたいデス」
日本語的な意味は分かりかねるが、物騒な言葉だということは分かった。
「やっぱりわたし、目立たないよ、今回……」
入り口からすでに明るく可憐なシンフォニーが耳をつんざいた。人がうじゃうじゃといる。見渡す限り、人、人、人だ。
「うげぇ」
俺は情けない声を上げるが、二人はまったく平気なようだった。
「おにいちゃん、大丈夫?」
「どうも人酔いしたっぽい」
「情けない奴デス」
「どう?大地がおにいちゃんの耳元でずっとおにいちゃんって呼んであげようか?」
「そっちの方がキツイわ」
大地は本気で心配して言ってくれているのだから、少し質が悪いところもある。
「そら。さっさと、服を見に行くぞ」
とりあえず、俺は適当な服さえ買えればそれでよかった。早くこんな人の多い場所から逃げ出したいという気持ちが強い。
俺たちはさっさと二階の衣料品ゾーンに向かう。
ただ、このデパートは二階までしかないのだが。
「もっと電車で都会の方まで行って、可愛い服を大地に選んであげたかったデス」
婦人服を見ながらアリサは頭を悩ませる。
「適当でいいよ」
「服を選ばせているお前が言うか」
俺は俺の服を見に行った方が邪魔にならなくていいか。でも、ジャージが動きやすいから、ついついジャージを選んでしまうんだよな。サイズも大きめを買っておけば問題はないし。
「アリサは都会まで行ったりするのか?」
「もとよりそっちの方に住んでいたデス」
「そうなのか」
転校生ということか。通りで珍しい服装なわけだ。田舎臭くない、都会の町を歩いていても違和感のない服装。だが、田舎では少し浮いていて、アリサと一緒にいる俺たちまでも注目の的だったりする。
「でも、最近は転校せずに同じ学校に通うやつもいるって聞いたけどな」
「おにいちゃん……」
大地は俺の服の袖を引っ張る。その顔は俺にそれ以上話すなと言っていた。
俺はアリサを見る。暗い顔をしていた。地雷を踏み潰したのだと俺は知る。
「別にいいデス。アリサは気にしてないデス。それより、大地。これを着てみるデス」
アリサは大地に服を押し付け、無理矢理試着室に放り込む。
俺とアリサは二人きりになってしまった。ひどく気まずかった。
「その、すまなかった」
「お前に同情される筋合いはないデス」
「同情なんてできねえよ。だって、俺はお前の大変さを分かってやることなんてできないから」
誰もがヒキコモリの俺なんかより辛くて重い現実を背負っている。だから、軽々しくヒキコモリを止めようとした俺を家族はボコったわけだ。散々逃げてきた俺を許せなかったわけだ。
「そういうところが嫌いデス……」
本当に俺はアリサに嫌われているようだった。俺はアリサのことを妹と同じようにしか見ていないので、あまり気にはならない。なんだかんだで兄妹ってのはいつの間にか仲直りする。
「じゃっじゃーんっ!」
大地が試着室を開け放つ。
「どう?」
「似合ってるデス」
「おにいちゃんは?」
「……」
何といえばいいのか分からなかった。
大地らしいスポティッシュさを醸し出したコーディネート。アリサと同じくショートパンツで、二人はお似合いのマブダチのように思える。これがそこらのババ臭い服で作り出せるとは、アリサは天才なのかもしれない。
「惚れてもいいんだぜ?」
「バカ」
「バカっていう方がバカ」
「バーカ、バーカ」
「バカバカバカバカ!」
「バカバカバカバカバカ」
「二人とも落ち着くデス」
アリサの言葉に俺たちは正気に戻る。このバカスパイラルに陥ると、なかなか簡単に戻れなくなるのだ。
「仲が良くて羨ましいデス……」
アリサはそう呟いていた。
「いやあ、俺の分まで選んでもらってすまんな」
俺のことが嫌いなアリサのことだから、適当な服を選ぶかと思ったのだが、意外としっかりしたものを選んでくれた。
「ウニクロで満足できるなんて、貧相な感性デス」
「いや、田舎の男子にとってはウニクロでも十分なんだよ」
どうせ外に遊びに行くこともあまりないだろうし。
「ちょっと俺は電気街にでも寄ろうかと思ってるんだが、二人はどうする?」
二人は買った服に着替えていて、電気街という風貌ではない。
「おにいちゃん。ここで買えばいいじゃん」
このデパートには電器店も入っている。入っているのだが……
「残念ながら、俺はこんなところで終わる人間じゃない!」
「クズの言葉デス」
「大丈夫だよ。アリサちゃん。おにいちゃんはクズなんだってことは小学生でも知っている常識なんだから」
「大地。お前、アリサよりもひどいな」
「アリサ様、デス」
「で、どうする?俺一人でも行くけど」
「おにいちゃんが一人で町を歩けるわけないじゃん」
「そうデス」
確かに、少し自信はなかったけど、そうはっきり言わなくてもいいじゃないか。
「ほら。おにいちゃん。さっさと行くよ。おにいちゃんの帰りを待ってる脳内妹がいるんだから」
そう言って大地は一人で先に進む。
どうも大地にはバレバレだったようだ。
「と、電気街に足を踏み入れた金色のバカ一同であったわけですが」
どこの町にも電気街というものはできる。日本一有名な電気街でなくともどこかにそういう場所は存在する。電気街の特徴として、数多い電化製品が集まり、その中でもマニアックなものが集まる傾向にある。自作のアンプやパソコンはもちろん、自分の手で電化製品を治したい人にもお勧めだ。
そんな電気街。
電気街と言えばパソコン。
パソコンといえばPCゲーム。この国で数多いPCゲームの種類といえば、シュミレーションゲームである。そして、そのシュミレーションゲームに付随するのがジャパネーゼ、オタク文化。
つまり、電気街イコールオタク文化なわけである。
そんなどこにでもあるような電気街に一店、メイド喫茶ではない喫茶店が存在した――
「でも、普通の喫茶店ではなく」
そこは執事喫茶でした。
「俺、物凄く居辛いんですけど」
男一人に少女二人というのはカップル以上に目立つ。メイド喫茶にカップルで行くということだけでもチャレンジャーなのに、それを大きく飛び越した執事喫茶に行くことになろうとは。店内の女性方の視線が痛い。
「おや。男性のお客様とは珍しいですね」
執事さんが話しかけてくる。優しそうな顔に肩までかかる髪、そして、小さな丸メガネが特徴だった。
「彼女さんたちですか?」
「は、はい!」
勢いでそう答えてしまった。その途端、辺りからざわざわと不穏な音が聞こえる。
「い、いえ。そうではなくて、妹とその友だちで」
声を裏返らせて、必死に弁解する。
「こら。わらんさん。天然ボケを発症しない」
現れた人が執事さんの頭を小突く。ポニーテールが特徴的な
「女……?」
の人だった。背が高く、臙脂服を着ているので一瞬どちらかわからなかった。
「すいません。私はここの支配人の下柳田と申します」
「あ、どうも」
「うちの執事がボケて申し訳ありません。普段はしっかりとしているのですが、時々ボケるので」
「あはは。気にしてませんよ」
俺は大地たちが気になって、様子を見る。二人は目を輝かせて他の執事たちを見ていた。
「この面食いどもが」
執事たちが移動するたびにあちらこちらから小さな歓声が起こった。流石、イケメンたちである。
「では、ごゆっくりどうぞ」
下柳田という支配人は頭を下げて去っていく。男性は帰ってくれと言われるかと思いひやひやしたが、そういうことではなくて安心する。
「で、どうしてここなんだ」
「いいじゃない。ちょっとした休憩」
確かに、少しデパートから歩いたので俺も疲れてはいたが。
「メイド喫茶は他にもあっただろう」
「メイド喫茶に女の子が来たら、なにしてんねん、てなるじゃん。おにいちゃん、バカ?」
「俺は金色のバカだよ」
バカをとうとう認めたが、こちらの方が何故かすっきりとする。
だが、俺のアウェー感はパナイわけで――
「むっふっふっふっふ」
アリサは楽しそうに俺を見て笑っていた。
「さては、お前の策略か」
「さあ。何を言っているのか訳が分からぬでゴザル」
「嘘を吐くと語尾が変わるのな」
「そんなことないのこと!」
きっと電気街限定フォームなのだろうとあまり気にしない。
「でも、女の子たちがイケメンに惚れる気持ちがよくわかるわ」
男の俺が言うのも気持ちが悪いが、喫茶店で働いている執事たちは物凄く格好良かった。一つ一つの動作が一々格好いい。男の俺が言うのだから、間違いないだろう。
「イケメンへの憧れと恋愛は別物デス」
アリサは運ばれてきたオレンジジュースをストローで吸う。
ちなみに、ストローは何故かカップル用のハートをかたどった二人用ストロー。あれって、正式名称とかあるのかな。というか、あんなのを吸い合っているカップルの姿なんて絶対に見たくない。
「そんなものなのか?」
俺みたいな冴えないヒキコモリよりは執事さんたちの方がよっぽどいい。
「そうだよ。おにいちゃんだって、アイドルとか二次元の女の子と恋愛したいと思う?」
大地はそう言って、はっ、と口を押える。
「ごめん、おにいちゃん。おにいちゃんは二次元の女の子しか愛せない体になっちゃったんだね」
「やめろ、大地。周りの淑女におもいっきし誤解される」
「ごめん。脳内妹の間違いだったね」
「だから、クロはそう言うんじゃなくて、やっぱり妹として見れないというか……」
すると、ぽんっ、と肩に手を置かれる。俺の背後には執事姿の、背の低い小学生かと錯覚するようなショタが立っていた。
「その気持ち、よくわかるよ」
「同情しないでくれ~」
俺は泣きそうになる。そういうんじゃないんだ。初めから、話の初めから話して、説明して、納得してもらいたい!
「おにいちゃん、こんなに可愛い妹とその友だちがいるのに襲わないなんて、頭おかしいよ。もしかして、ソッチ系?」
途端、周りの女性たちの声が歓声に変わる。
またも大地は口を押える。
「ごめん。そうだってもおにいちゃんはわたしのおにいちゃんだよ。例えおねえちゃんに変わっても」
「止めんか。もう」
あはは、そういう趣味はなくて、とショタも素早く去っていく。
「俺の生活は波風が立ち始めた」
「順風満帆デス」
「どこが!」
あまり休んだ気にならない執事喫茶を出て、俺たちは電気屋に向かっていた。数々の電気屋があるのでどこに入るか迷う。
「うん?」
そんな時、大地の電話が鳴った。
俺は部屋のどこかに電源の切れたスマホが置きっぱなしであることに気付く。
「え?なに?」
それは親し気な反応ではなかった。明らかに不審な反応。
「どうした」
俺が尋ねると大地は俺にスマホを差し出す。
「おにいちゃんに代われって」
俺はスマホを受け取る。
変声機越しに、俺は衝撃の事実を教えられる。




