4.俺たちの旅はまだ始まったばかりだ
4.俺たちの旅はまだ始まったばかりだ
「打ち切りじゃねえか!」
「朝っぱらから何に突っ込んでるの?金色のバカ。気持ち悪いよ」
「いや、慣れてるからいいけどさ、でも、可愛い女の子に気持ち悪いと言われると流石の俺もへこむな」
「バカ……」
「ふっ」
「鼻で笑うな!」
少し冗談が過ぎたか、と俺は飛んでくる枕を受け止める。
クロが俺のベッドで、俺は自分の部屋の床で寝ている。
「普通なら、俺がベッドで寝るべきなんだろうがな」
「レディを床で寝させるなんて、鬼畜もいいところね」
「レディは朝っぱらから枕を投げてきたりはしねえよ」
今日は朝から俺もクロもテンションがおかしかった。何故ならば、なんのドラマティカルな展開もなく俺こと赤嶺明、通称金色のバカまたはヒキコモリ日本代表が学校に行くことになったのだ。
「今思えば長かったな」
思い返せば大して思い出がよみがえってこない。何せ、俺、ゲームしかしてなかったし。
「幸せな生活だな」
いつの間にか俺の部屋を天姉が覗いていた。
「もう朝飯だぞ。早く支度をするんだな」
そう言われて俺は部屋から出ようとする。
「明」
そこをクロに呼び止められる。
「ちゃんとシャワー浴びていきなよ」
クロは俺を呼び止めはしない。だから、俺も頑張って学校に行かなくちゃいけない。
「おうよ。ガッテン承知だ」
カラ元気でもガッツポーズを見せて部屋を出て行く。どうせつまらない話だろうけど、学校の土産話をしてやろうと俺は考えた。
今日は特別な日になる、とは思うものの、家族の様子はいつもと変わりない。その方が俺としても楽ではある。
そして、玄関を出る算段になって――
「やっぱり、外に出ないといけないかな」
「外に出ずにどうやって学校に行くんだ?」
俺は玄関の扉を睨む。睨んで、睨んで、睨みまくる。
「ほら!飛んでけ!」
「やめっ、大地!」
背中を妹に押されて、俺は玄関から外に飛び出していた。
「靴履いてないんだけど」
「ほら」
天姉は俺の靴を投げてくる。
「もっと渡し方があるだろう」
「臭い靴を持ってやったんだ。蹴り飛ばして渡してもよかったんだぞ」
「ありがとうございました」
俺はいそいそと靴を履いた。
「空が眩しいな」
当たり前のことが当たり前じゃない気がした。朝が明るいなんて普通のことであるのに。
「じゃあ、そういうことで」
家に戻ろうとした俺の首根っこを天姉は掴む。
「お前、決心したんじゃないのか」
「確かに、そんなことをしたようなしなかったような」
俺は玄関の先を見る。そこには銀色の少女がいた。思いっきり舌を出して、中指を立てている。
「一体、どこでそんなもの覚えたのだろうか」
銀色の少女は鼻を赤くしていた。でも、俺に対して強気に戻ってくるな、と合図している。
だから、俺も思いっきり舌を出して抵抗する。
「学校に行ってウハウハなハーレムを築いてやるからな!嫉妬するんじゃねえぞ!」
「うるさい!明がモテるわけないじゃん!」
「おにいちゃん。それは無理だと思うよ」
「夢は寝てから見ろ」
「みんな、ひでえよな」
俺は気を取り直して、クロを見る。腕を前に突き出して、大きく親指を天高く上げる。
サムズアップ!
「俺、頑張ってくるからな!惚れるなよ?」
「死ね。金色のバーカ!」
俺はそれだけ言うと、体の向きをくるりと向けて、学校に向かった。
「泣いてるのか?」
「泣いてなんかねえよ」
何故だか涙腺が緩むけれど、でも、これ以上クロを泣かせるわけにもいかない。アイツの望みが、俺の登校ならば、それを叶えてやりたい。
「色々と不安だと思うけど、これ」
「ん?なんだ?」
俺は大地から手渡されたものを受け取る。
それはかなり古びたお札だった。長く汚い髪の毛が絡まっている。
「またそれか!前のヤツがなんか進化してるぞ」
「これは別のヤツだけど」
「うちにどんだけお札があるんだよ。呪われてるのか?というか、よくそんなところに家を建てたな」
だが、せっかくなので俺はお札を受け取ることにした。気味が悪かったけれど、そもそもに幽霊みたいなやつと生活している時点でいろいろと危ない。
俺たち兄妹は乾いた道を歩き出した。
親が事前に連絡していたので、俺はまず職員室へと向かった。そこで、担任にとっても感激された。どうもヒキコモリは俺一人ではなく、どこのクラスにも何人かはいるという。なんだか話がヒキコモリのみなさんを自立させる役割をどうこうという話になってきたので、俺は冷や汗をかきながら、引き攣った笑みを浮かべていた。
そうして、教室に入る。
とても緊張した。だが、何にもなかった。ある意味、何にもなさ過ぎてビックリするほどだった。
誰も話しかけてこない。教室に入って来た俺をギョッとした目で見た後、すぐに見なかったことにした。俺はいじめられて登校拒否になったわけでもないので、俺よりも周りの方が戸惑っているのかもしれなかった。
「はぁ」
俺は溜息を吐いて窓を見る。窓の外は驚くほど明るかった。目が痛い。
「明くん!明くんだぁ!」
俺は何者かの気配を感じて、さっと身を躍らせる。椅子から立ち上がっただけなのだが。
今まで俺が座っていたところにどすんと、湿った音がする。
俺は構わず再び椅子に座った。
「明くん。重い。重いよぉ」
「どうして俺の周りには突然抱きついてくる輩しかいないのか」
俺は仕方なく尻を退ける。
のっさりと乃木が身を起こす。
たわわな胸が揺れる。
「それ、邪魔じゃないのか?」
「うん?それ?」
「いや、忘れてくれ」
そう言えば、うちの人間はみんな貧乳だなということを思い出す。母親の遺伝なのか。クロに至ってはもう胸の存在さえない。
「やっと来てくれたんだね。これからずっと一緒だよ」
乃木は俺の手を掴んでぶんぶんと振る。
「お前、クラス違うだろう」
「モーマンタイ、モーマンタイ」
「そうかい」
ただ、周りの目もかなり気になる。それほど青春に力を入れていない学校だから、俺たちの行動はかなり目立つ。男女が話しているだけでちょっとした話題になる学校だし。
「ほら。お前は自分のクラスの子と話して来いよ」
「でも、明くん、友だちいないでしょ?」
「大きなお世話だ」
確かにいない。だが、いなくったって何とかなる。
「そっか。脳内妹がいるもんね」
そう言われて俺は言葉に困る。
クロは、ずっと屋内に囚われている銀色の少女はこの空も、人々の雑踏も知らないのだ。そう思うとなんだか悲しくなってくる。俺だけこんなことでいいのかとも思えてくる。
「どうかしたの?」
「いや……帰ってくれ。ちょっと一人になりたいんだ」
「うん……」
乃木は大人しく帰っていった。
俺は再び教室に一人取り残された。
なんだか全体的に気を使われているのが気持ち悪かった。時々、気を使って男子が話しかけてくるけれど、俺はまともに返事もできない。そういうのが苦手であるというのもある。
だが、俺は学校生活にどこか味気なさを感じていた。
気がつけばクロのことばかり考えていた。
制服を着て椅子に座って授業を受けるクロ。
同年代の子たちと同じように話しているクロ。
でも、それがもう叶わないことだと思うと胸が苦しくなる。
あの日まで、俺はどこかでクロは普通の女の子に戻れるんだと思っていたのだろう。
でも、失った命は二度と帰ってこない。
「はあぁ」
俺がひきこもった理由はきっと、この教室が俺のものじゃない、俺の居場所じゃないと思ったからだろう。なんだか、俺が感じているものと、他の人が感じているものが違うような気がして苦しかった。そんな苦しみが続いたある日、俺は引きこもることになったのだ。
俺自身も自分がひきこもった理由がよく分からない。理解できない。でも、このクラスよりも自分の部屋の方が自分に合っていると思ったから、ひきこもったのだろう。
「おにいちゃん食べよおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉ!」
「く、来るな!」
昼休みに教室に突っ込んでくる妹に対して俺はそう叫んでいた。何故ならば、妹のセリフ通り、俺を妹が食べようとしているかの如く、目をぎらつかせ、涎を垂らしていたからだ。
どったーん。
大地はひるむことなく机に突っ込んでいった。
「お前、よくも上級生の教室に入ってこれるよな」
「おにいちゃんの教室はわたしのもの。わたしの教室はわたしのもの!」
「すごいジャイアニズムだな。教室まで占拠しちゃったよ」
「おにいちゃん。ご飯食べよう」
そう提案してくれて嬉しかったが、俺は周りの目が気になって仕方がなかった。
「一人で食べるよ」
「おにいちゃん……」
俺はいもうとから逃げるように教室を去っていった。
しおらしくなったくせにすぐに追いかけてきた妹を振り払って俺は屋上近くの階段まで避難していた。屋上は鍵がかかっているので上がれない。
大地は足が物凄く早い。だが、バカなので曲がり角をそのまま直進してしまう癖があった。だから、校舎の中では比較的逃げやすい。ただ、大地にぶつかられた生徒の皆様方が気の毒だった。
「俺の学校生活はこれほど騒がしいものだっただろうか」
もっと大人しくて、変わり映えのしなかったもののようだと思っていた。だけど、きっと、一年前と今とじゃ何かが変わっているんだと思う。
ともかく、俺は暗く湿った廊下で弁当をついばむ。雰囲気のせいで美味しいとは言えなかった。だが、きっとヒキコモリの俺の生活はこんな雰囲気の方があっている。
「―――」
弁当を食っているとどこからか言い争うような荒っぽい声が聞こえた。一体何事か、と階段から下の方を覗いてみる。
「土居?」
久々に見た幼馴染の名前を呟く。
階段の下には特徴的な美しい黒髪の幼馴染と、その幼馴染を囲うようになんだかヤバ気な女子生徒たちが立っていた。いわゆる山姥メイクというやつだろうか。ほとんど怪物にしか見えない容姿をした生徒たちに土居は囲まれていた。
「一体何したんだ――」
俺は土居が心配になり、話に聞き耳を立てる。
「お前さあ下級生のくせに態度でかいっちゃ。喧嘩売ってるっちゃ?」
一体どこの星の言語だ。角とか虎パンとかか?
「別にわたしはあなたたちの迷惑になるようなことをしていない」
「敬語使えっちゃ!」
リーダー格らしき荒ぶる金髪が土居をはたく。
パチンと乾いた音を響かせた。
「これで観念したっちゃ?」
「……」
気がつけば俺は土居と荒ぶる金髪との間に割って入っていた。
「なんだ?てめぇは?」
「先輩方。今日はどうかひきとっていただけないでしょうか?」
「どうしてっちゃ?」
「このままだと危ないからです」
どちらが、とは言わなかった。
暴力に屈したことが気に行ったのか、荒ぶる金髪は上機嫌だった。
「ま、今日は許したるっちゃ。だげんど、今度不遜な態度っちゃとったら、容赦せんっちゃ」
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。
「なんのつもりなの?」
山姥たちが去っていったあと、土居は凄味のある声でそう言った。
「あの人たちを守ったんだよ」
土居は負けず嫌いで、そして、かなり執念深い。だから、基本的に百倍返しくらいにしないと気が済まない人なのだ。だから、俺はあの山姥たちが流血しないように守ってやったのだ。
「……」
土居はひどく睨んだと思うと、突如として俺の腹に拳骨を食らわせる。
メシメシ。
深く、深く、腹に突き刺さる。
「今思えば、どうしてお前がここにいる?」
「今さら……聞くなよ……」
俺は腹を抱え、膝をつきながら苦しんで声を出した。あと数ミリ腹に拳が突き刺さっていたら気を失っていただろう。
「色々あってな。学校に行く……」
今度は顎を思いっきり蹴り飛ばされた。足でアッパーカットを決められた。俺は頭頂部から後ろのリノリウムの床にぶち当たる。頭の中で嫌な感じの何かが反響しまくった。土居はそのくらいの暴力では気が済まなかったのか、勢いよく俺の柔らかな腹を踏んづける。
「お前、何を隠している。吐き出せ」
「出る!イケナイモノ出ちゃうぅうぅうぅうぅ!」
俺は辛うじてイケナイモノを喉の奥に押し込める。すると、急激に不快感がこみ上げてきて、何故だか意識さえも遠退いていく。
どうも土居は俺のズボンのポケットを漁っているらしかった。そこに何を入れていたのかは思い出せない。
「何かのプレイなのかい?キミにはそういう趣味があったんだね」
「勝手に納得しないでくれ」
俺はまた、いつかのおぼろげな世界にたどり着いていた。そこには全身黒い衣装に身を包んだ銀色の髪の少女がいる。容姿はクロそっくりだが、体つきは俺たちのような高校生くらいで、そして雰囲気は俺たちなんかよりもずっとずっと大人びていた。
「必要もなくこんなところに来るキミが悪いんだ」
「俺だって来たくなかったよ」
そこには何かがあって、その何かはすべておぼろげで、だから、何事も意味をなさなかった。それはきっとこの空間自体が意味をなさないものだからだろう。そして、この空間にいる少女は――
「なあ、死神。あんたはどうしてこんなところにいるんだ?」
「いたいからに決まっているだろう?」
自分のことを皮肉ったように死神と語った少女はその時のように口を歪めて言った。
「こんな、何にもないところにいて楽しいか?」
「まさか、キミに言われるとはね」
そう言われて俺はこの世界が俺のいた部屋と大差のない空間であることに気付いた。
「そして、お前はここに閉じこもっている、と」
「ああ。出たくないのさ」
「ここは現実を拒絶した空間なのか」
「ああ。そして、ボクだけの場所なはずだ。そこにキミが紛れ込んでいるのだから驚いている」
「決してそうは見えないけどな」
死神はいつもどこかおぼろげで気を抜くと消えてしまいそうだった。まるで、この空間と同じように――
「おや?やっと起きたデス」
「うん?なんだか聞き覚えのある声」
俺は目を覚ます。何かを見ていた気がするがあまり覚えていない。
「忘れたデスか?アリサです」
「あの、とってつけたように出てきた金髪キャラか」
「もう一度死にますか?」
「俺、死んでたの?なんだか死神っぽい何かにあった気がするけど、やっぱり三途の川だったんだ、あれ」
「使い捨てヒロインと呼んだこと、後悔させてやります!」
そう言ってアリサは俺につかみかかってくる。
「誰も呼んでないっての」
「白衣の堕天使の本気、見せてやるデス!」
俺はアリサと手と手を合わせて抵抗する。プロレスでこういうのを見たことがある。だからと言ってなんだというわけでもないのだけれど。
「で、登校初日から新ヒロインとイチャラブか?」
天姉がゴミを見るような目でこっちを見ている。
――どうしますか?
「こいつ、使い捨てヒロインじゃなかったのかよ。来週から色違いが出てくるんだろ?」
「進化しても紅いギャラドスにはならないデス!」
「マニアックな返しだな」
はあ、と天姉が溜息を吐く。
「私は愚弟が倒れたと聞いて心配していたのだぞ?」
と、ここで天姉は考え込む。
「ここでラノベのヒロインはどうあるべきなのだろうか?怒鳴り声で終わる感じか?機嫌を悪くしてからのデートパターン?いや、でも、デートとか甘々すぎて死にたくなるんだよな」
「天姉、どうしたの?頭おかしくなったのか?あと、天姉はヒロインじゃないと思うぞ」
「どうしてだ?」
「だって、ラノベのヒロインって裸見せてくれるもんじゃん」
「下衆だな」
「やっぱもう一度死んでおくデス!」
大地は部活なので、帰りは天姉と帰った。
「遅くまで自習とかしていないのか?」
「別に家でやろうと学校でやろうと大差はない」
こんな会話をしながら、俺は天姉が今年受験だったことを思い出した。
「どう?調子の方は」
「お前に心配されたくはないな」
確かに、つい昨日までヒキコモリだった俺は態度がデカいのかもしれない。
「まあ、天姉なら心配ないと思うけど……」
俺は校門の前に一人の少女の姿を見つけて、言葉をしりすぼみにしてしまった。
「乃木……」
「明くん……」
別に何ともないのだが、なんとなく雰囲気が青春っぽい。
「私は先に帰っておこうか?」
「いや、天姉も一緒に」
「お前らのその雰囲気が気味悪くて仕方ないんだが」
だけれども二人っきりの下校というのもとても気まずいので、天姉には我慢してもらう。
「その、久々の学校、どうだった?」
そう尋ねられても返答に困る。別に特には何もなかったのだから。
「なんだか、前と変わったような、そんな気もする」
お世辞のように、「楽しかった」などという嘘を言えたらいいのだろう。でも、俺は嘘が下手なのだ。
「それはきっと明くんが変わったからだよ」
「そうか?」
俺は自分では変化に気がつかない。
「うん。多分、ね。その、なんて言うか、明くんの考え方が変わった、みたいな。うん。きっと大人になったんだよ」
「大人に、か」
それはどうなのだろうか、と首を傾げる。
むしろ、俺は子どもに戻ったんじゃないだろうか。あの、金色のバカと銀色の少女しかいなかった部屋の中で、俺たちは子どもの頃に戻ったように遊んだのだから。もしくは、大人ぶって色々なことを難しく考えすぎたのか。
「そう言えば、昼休みに怪我をしたって聞いてるけど、大丈夫だった?様子を見に行けたらよかったんだけど」
「ああ。大丈夫だった。多分」
頭を打って頭が良くなっていたりはしないかな。
「勉強にはついていける?」
「うーん、何にも考えてなかった」
「それじゃダメだよ」
木々が緑色の葉をつけていた。もう、春は過ぎゆく季節なのだ。
「わたしが教えてあげよっか?」
「いや、悪いし。それに、天姉が教えてくれるだろう?」
「アイタタ。ズツウガシマス」
「なんで棒読みなんだよ。どうした?頭が悪くなった?」
「私は頭がいい。お前よりずっとな」
「とうとう自分の口で言っちゃったよ、この人」
確かに事実であるし、天姉が言うと嫌味にも、自慢にも聞こえない。
「そういうことではなくてだな……」
天姉は目で乃木を見ろと指図する。俺はちょっと乃木を見る。
いつも膨らんでいる頬っぺたがより膨らんでいる。
俺は思わずその頬っぺたを触ってしまった。
「ぷにぷに」
「な、なにしてるの!?明くん」
「いや、つい」
雪見だいふくって美味しいよな。
「なんだか明くんに食べられちゃいそう」
「変な意味にとられるからやめてくれ」
今から勉強を教えてもらっていたら帰る時間が遅くなるだろう。それに、クロは乃木のことをあまりよく思っていなかったことを思い出す。
「また、今度、時間のある時に、な」
「うん。じゃあ、休みの日にどう?」
「そうだな。お願いしようか」
天姉も自分の勉強で忙しいだろう。大地は学年が下であるということと、俺と同じくらいバカなので、あてにならない。
「じゃあ、四葉ちゃんも呼ぼう」
「土居……か」
俺は土居にされた仕打ちを思い出す。
「土居が来るとは思えないが」
「でも、四葉ちゃん、頭いいし」
そうなのだが、今日の件があった以上、あまり顔を合わせたくないのだ、これが。
「そう言えば、今日、土居は一緒に帰らなかったのか?」
「うん。わたしが明くんを待ってるって言ったから」
あー、これは、今度会ったら確実に黄泉送りだな、と確信する。
「俺と土居は仲が悪いので、なるべく会わせないようにしてくれ」
昔っから二人ともウマが合わなかったものな。
「でも、昔は楽しく遊んでいたじゃない?」
「うーん、気のせいじゃない?」
きっと乃木のお花畑脳ではそういうことになっているのだろう。俺はいつも喧嘩して俺がやられていたという記憶の他にないのだが。
「明日またね」
「ああ」
俺と乃木は分かれ道で別れた。
「明日からも学校に行けそうか?」
天姉は心配そうな声で聞いて来た。
「今のところは」
土居にやられることにだけは耐性がついているので、今のところは多分、明日も学校に行くだろう。
「もし困ったことがあれば私に言うのだぞ。何とかする」
「そう言ってくれるだけでありがたいよ」
やっぱり天姉は誰よりも優しいのだと俺はそう思った。




