第八話 符を「書けルンです」
「まこと、三密を要さぬとは……」
試し撃ちを見ていた良源房が、ぽつりと呟いていた。
木に藁を巻いたダミーを使い、二発ほど『聖なる矢』を試し撃ちする。
回数が少ないのは「三発しか射てないのだから、これで勘弁してくれ」と俺が先に断っていたからだ。
「気の動きを、確かに感じました。
三密を用いてはおりませぬが、これぞ紛れなき法力にございますな」
浄蔵法師は賀茂忠行にそう述べる。
「私も、前にそれを感じたのだ。
この者は、身・口の業に拠らずして霊力を呼び覚ましている。
されど、これほどに見事な術を結ぶとなれば、意密にて極めて克明に形を思い描いているに相違ない。……時に、私も試みたのだがな」
そう言って賀茂忠行は、俺が『聖なる矢』を射る時と同じように手を前にかざした。
少し手の前が光ったように見えたが、矢は現れない。
「ご覧の通り、わずかに気が清められたのみで、矢は現れなんだ。
清浄なる気をもって顕現せしめる矢、ということであろうが……。
藤原殿、一体、意密にてどのような仏、いかなる曼荼羅を観じておいでなのか」
――いや、そんなこと言われたって何も思い浮かべてない。
助けてくださいYuiさん。
(そうですね、この次元に合わせた図形を描くことは可能ですが、筆にエーテルを載せる方法がわかりません。
この際です。符を目の前で書いてもらってください。
解析して新アプリ「書けルンです」を作りましょう)
――えぇ、そんなこと言ったって、簡単に見せてくれるかなぁ。
(こちらだって技を見せたのです。そんなに無茶な要求ではないでしょう)
そんなこんなで、交換条件を持ちかけてみる。
『聖なる矢』で思い浮かべる曼荼羅を描くから、代わりに何か護符を描いて見せてくれ、と。
賀茂忠行たちは、「それでいいのか」と快諾。
今度は室内へと移り、筆と墨での作業へと移るのだった。
――――――――――
「こうですね――」
「鬼神不入」という護符を木札に書いてもらい、Yuiさんが解析した後、符術アプリ『書けルンです』を作ってもらう。俺はそれを起動しながら、視界に投影された図形をなぞって符を書き終えた。
少しエーテルを消費したらしいが、これで完成だ。
(――生きた筆致、助かりました。
想像した通り、写しでは掴めなかった情報がしっかり含まれていましたよ)
――やっぱり、写しじゃダメだったんだな。
(陰陽師のような術者は、たとえ情報が劣化していても、人間ならではの想像力でその欠けを補い、術を再現できてしまうことがあります。
ですが私には、その曖昧さを埋める発想がありません。確定した計算しかできないのです。だからこそ、生の情報が絶対に必要でした)
――Yuiさんの場合、情報は必要だが、陰陽師は想像力で埋められる、か。
「ふむ……妙なる図よな――」
賀茂忠行は俺の書いた木札を手に持ち、じっくりと眺める。
そして板間から縁側に出ると、庭のダミーに向けて手をかざした。
――ドスッ
『聖なる矢』が射出され、ダミーに刺さる。
「おお――」
今度は浄蔵法師も立ち上がり、木札を眺め、試してみる。
彼はすぐに『聖なる矢』を成功させていた。
そして、続けて良源房が試してみる。
……が、こちらは矢が出ない。
「――クッ」
良源房は、ダミーと自分の掌を信じられないといった様子で交互に見つめ、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
「良源房、そなたはまだ、修行が足りぬと見えるな」
浄蔵法師に、優しくだが厳しい言葉をかけられ、悔しそうな顔をする。
「藤原殿。主計などという実務の官を辞し、我が陰陽寮へ来ぬか」
両肩をがっしり掴まれ、勧誘される。
「い、いえ……過分なるお引き立て、恐れ多く存じます。
されど、私のような、いささかの知識も持たぬ身が陰陽寮の門を叩けば、皆様にご迷惑をおかけするばかりか、寮の威信を汚すことになりかねませぬ。
これ以上のお言葉は、身に余る重荷にございます」
いやいやいや、ここは必死に回避させてもらう。
だって、マジで陰陽寮に入ったら籠の鳥どころか、実験室のモルモットよ。
自由が無くなり、下手すりゃ命だってない。
(――私としては、たくさんの術に触れられるので嬉しいですがね)
だまらっしゃい。もうここは、全力で逃げさせてもらいます。
「……ふん。己が身の程は、わきまえていると見える」
おやおや、しょんぼりしてた良源房。
八つ当たりですか? キレてるんですか?
まあ、逆ギレされたら怖いから、そんなことはおくびにも出さないけどね。
ちょうどよく、彼も俺に反発しているのだ。ビビっている風も足してその意見に乗れば、賀茂忠行も諦めてくれないだろうか。
「どうか、どうかこの通りにございます。
私のような不調法者は、ただの木っ端と思い定め、何卒お見逃しくださいませ」
――どうよ、この雑魚感。ナチュラルに演じることだって可能よ。
(演じているというより素では?)
「なれどな……現に木札をしたためて、鬼を滅ぼすほどの技を持つ者など、我が陰陽寮とてそう多くはおらぬのだ」
まだ粘ってくる賀茂忠行さん。もう諦めて欲しい。
「時に浄蔵法師。そういえば文月(七月)の初めに、近江国は甲良郷に現れた怪しげな法師を、調伏に向かうと申しておられたな。
いかがだ、藤原殿をそれへ同行させてみては」
何言ってんだジジイ。
いきなり怪僧退治を提案してくるから――ほらみろ、浄蔵法師や良源房、ギョッとしてるじゃん。
「ちょうど、浄蔵法師も法皇の御不例により、これから身動きが取れなくなると申しておられたではないか。
なれば、法師の代わりに、藤原殿と良源房の二人を向かわせるというのはいかがだ?」
「その討伐は、東寺の者らとの競いとなっております!
浄蔵阿闍梨のお力なくしては、とても我らのみでは!」
がんばれ、良源房。いや、マジで俺も良源くんと同意見だ。
「いや、それも、あながち無い話ではございませぬな……。私が赴くよりも……。
東寺からは寛朝が動くと聞き及んでおりますが、まだ年若く、実を挙げた例もない僧ゆえ、危ぶむ声もあるとか。
なれど亭子院の御意志は、生きておられるうちに、手柄を立てさせておきたい、ということでしょうな。……真に法皇の御命は長くない、ということか」
ちょっと、浄蔵法師まで、何考えてらっしゃる。
やばい、やばくないかこれ? 何だか変な方向に話が流れていく。
俺は、ただでさえ暑さで禿げそうな頭が、さらに禿げ上がらないように、必死に回避する方法を考えるのであった。
【第八話・用語解説】
■ 平安用語・密教用語
・意密
密教における「三密」(身密・口密・意密)の一つ。心に本尊や曼荼羅を思い描く精神的な行を指し、真言を唱える「口密」、印を結ぶ「身密」と並ぶ、法力発動の要とされます。
・甲良郷
近江国(現在の滋賀県)にあったとされる郷。本話では、怪しげな法師が出現したという討伐先として登場します。
・文月
旧暦七月の異称。現在の暦ではおおむね八月前後に相当します。
・阿闍梨
密教において、弟子を導く師の資格を持つ高僧への敬称。本話で浄蔵に対して用いられています。
・寛朝
実在した平安時代の真言宗の僧。宇多法皇の孫にあたる高貴な出自を持ち、後に広沢流の祖として知られます。
・亭子院
宇多法皇の御所の呼称。転じて法皇自身を指す言葉としても用いられます。
・御不例
貴人の病気・体調不良を婉曲に表す言葉。直接「病」と言うことを憚り、身分の高い人物に対して用いられました。
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※ここから先は、本作の世界観・設定に関する説明です。物語を楽しむだけなら読み飛ばしても問題ありません。興味のある方はどうぞ。
【第八話・Yuiの脳内講義】
(純友様、先ほどは人間ならではの「想像力」とお伝えしましたが、少しだけ補足させてください。
人間の思考が、どのようにして新しい発想を生み出しているのか、という話です)
――今回、賀茂忠行が木札を見て、すぐに術を発動してたことに通じる話だよね?
(はい。まずは「二分結合」というものをご存知でしょうか?
ステップ1:「リンゴ」+「食べる」=「リンゴを食べる」。
ステップ2:「リンゴを食べる」+「私」=「私はリンゴを食べる」。
このように、人間の脳は二つの要素を結合し、そこにさらに次の要素を結合していくことで、複雑な思考を組み立てています)
――へー、二つずつって決まってるんだ。
(なぜ二つずつなのか。理由はいくつかあります。
一つは、脳のワーキングメモリの狭さ。もう一つは、意味の「主従関係」を作るためです。
三つ以上を同時に並べるだけでは、どちらがどちらを修飾しているのかという階層構造が生まれません。
そして最後に、時間そのものが「過去から未来へ」という一本の線でしか流れないため、処理には順番をつけるしかない、という物理的な制約もあります)
――うーん。脳のスペックってのはわかりやすいけど……。
一つずつ道を辿っていくようにしか物事は理解できないのだから、階層のように進まないと人間の脳では処理できない……結局、人間の脳では二つずつ処理しないと理解できないってことなのだろうか。
(単純な処理だからこそ脳はフリーズすることなく、二つずつの結合を繰り返すことで、スマートに答えを導き出せる仕様になっているのです。
さて、このルールから、興味深い応用が生まれます。先ほどは言葉で説明しましたが、今度は経験を使うことによって一気に幅は広がってくるのです。
「紙の手紙」+「インターネット」=「電子メール」。
「電子メール」+「対面のおしゃべり」=「SNSのチャット機能」。
このように既存の経験と経験を結合させることで、新しい概念が生まれてくるのは理解できますか?)
――言語以外でも、体で得た経験を他の経験と合成して、新しい概念を生み出す。
人間は二つの物事を次々と合成していくことで想像力を膨らませるんだね。
(ヴィトゲンシュタインという哲学者の「言語ゲーム」という考え方があります。
言葉の意味は辞書の定義ではなく、その場その場の「使い方」で決まる、というものですね。
「お疲れ様」という一つの言葉が、仕事終わりのねぎらいにも、ただの挨拶にも、失敗した相手への皮肉にもなるのは、皆がその場の「ゲームのルール」を「緩く共有」しているからなのです)
――ふむ。じゃあ俺の経験に照らし合わせてみると……。
FPSゲームをプレイした時、オンラインチャットで「敵のエイムがヤバい!」って言ったんだが、よく遊んでる友達は「敵の射撃精度が高いため危険」という意味を理解し、隠れてくれたんだ。
(その場の「言葉のルール」を理解しているからですね)
――そして後日そのFPSを初めて遊ぶ別のゲーマー友達も「敵のエイムがヤバい!」と言うと、隠れることを理解して隠れてくれたんだよ。
だけどね、同じくFPSゲームを初めてやるその友達の彼女は、それを理解できず、棒立ちのまま敵に撃たれてしまったわけ。
この二人が違うのは何か? 両方とも同じ「言葉のルール」を理解しているわけでもないのに、片一方は理解し、もう片一方は理解できなかった。
(そこが、先ほど私が述べた「緩く共有」に関わっているのです。
私たちはコミュニケーションを交わす際、都度、脳内の辞書を引いているわけではありません。
その場が『どのゲーム』にあたるのか、文脈や相手の表情などから瞬時に見極め、適切なカード――言葉を選択してプレイしています)
――「都度、脳内の辞書を引いているわけではない」って話、なんとなくわかるかも。
FPSを初めて遊ぶゲーマーの友達は「エイム」って言葉の意味を知らなかったけど――つまりその彼女と同じ条件なわけなのだが、危険を感じて隠れることができた。
これは発せられる言葉をその文面でしか見ることができなければ「敵のエイムがヤバい!」って言葉は「エイム」も専門用語だし「隠れて」も指示されていないので、訳のわからない言葉だらけだけど、文面だけでなく本人の経験から素早く判断してるから成り立つことなんだよね。
(そうです。ヴィトゲンシュタインは言語とは、単語だけで意味を持つのではなく、それが使われる行為や状況と結びついて意味を持つ。その一まとまりを、ヴィトゲンシュタインは『言語ゲーム』と呼んだのです。
なので純友様のFPSを初めて遊ぶ友人はゲームに慣れていることで、ゲームの状況からヒントをカンニングし、「敵のエイムがヤバい!」を「隠れろ」ということだと理解することができたのです)
――その場のノリで話している感覚ね。
「ウケる」「エモい」「詰んだ」といった新しい言葉は辞書に載る前から誰かに教えられるでもなく、使い方を知っているからね。
(その通りです。その認識で問題ありません。
そしてこの「言語ゲーム」は、世界全体で単一のゲームを行っているわけではない、という点にもご留意ください)
――その話からすると、家族のゲームルール、FPS仲間のゲーム、ネットスラングのゲームとかいっぱいありそうだね。
(人間は、その言葉が、どんな活動・状況・実践の中で使われているかの方が重視されます。
これはルールがかっちりと定まっていないからこそできることであり、そのルールが緩いからこそできることなのです。
そして、これはヴィトゲンシュタインの話からは変わりますが、「二分結合」に照らし合わせると、緩いからこそ異なる種類のものでも結合させることができると解釈できるのではないでしょうか)
――そこで、さっきの「紙の手紙」+「インターネット」=「電子メール」に行き着くわけか。
(ここで言う『紙の手紙』や『インターネット』は、単なる言葉そのものを指しているわけではなく、それぞれの「緩いルール」によって定義された概念だということですね。
そして、これから説明することが陰陽師たちの想像力の正体につながります。
「紙の手紙」+「インターネット」のような組み合わせは、それぞれが緩いからこそ常に確定した一つの答えを出すわけではありません。この計算から導き出される答えは更に曖昧で、グラデーションを持った「緩いルール」ということになるのです)
――ふむふむ。じゃあ、つまりはこういうことなのかな?
俺は枝を拾って地面に文字を書いた。
[地面に書かれたもの] --------------------
「3」+「5」ではなく。
「1~5っぽい」+「10~30っぽい」
不安定な数字なので答えが予測できない。
----------------------------------------
(まさに、その通りです!
この「緩いルール」同士の結合こそが人間の想像力であり、予期せぬクリエイティブな発想を生み出す基本構造なのです。
この不確定さ――言うなれば人間の脳が起こす「心地よいバグ」こそが、劣化した情報からでも新しい発想で欠けを埋めてしまう、陰陽師たちの想像力の正体なのです)
――なるほどねー。
陰陽師たちが梵字を見る際は、文字の意味や図形の意味、音やエーテルの僅かな動きなどから、アストラルの動きを「想像」している。
対して、Yuiさんは文字の意味や図形の意味、音やエーテルの僅かな動きなどを観測から集めたデータを使い、アストラルの動きを「計算」しているってことか。
(私たち高次元の存在は、常に確定的な計算しか行いません。「三+五」なら常に「八」という絶対的な最適解しか出せない。既に確定している既知のものしか出力できないのです。
人間の「バグ」のような曖昧さを、私は持ち合わせていません。ですから、私がロジカルに術を解析・再現するためには、生の「エーテル情報」がどうしても不可欠なのです。
あ、ここで間違えないでいただきたいのですが、物理世界のAIと私は別の存在ですからね)
――ふむ、コンピューターで処理しているAIとYuiさんは違うってことね。
でもなー、最近のAIなんか、自分でバグ起こせそうな気がするけど。
(そうですね、そういった意味でこの物理世界にあるAIは私と違って人間に近い想像力を発揮できる可能性はあります。
ただ、人間と大きく違う点もあるのです。
私の言っている緩い情報とは、言葉にできなかったり、エーテルやアストラルのように正確にその正体が掴めないものも含めているのです。
例えば痛いという情報一つとっても、体を持たないAIにとって痛いというパラメーターを作ることができても、その過程で情報が削ぎ落とされてしまい、本当の意味での緩い情報になっていないのです。三次元の情報を二次元に記録する際の情報の劣化は前回話しましたよね。
私の話してきた内容は「計算」というものを比喩に使っていますが、本当の意味はその「計算」より上位の概念です。
人間はエーテルやアストラルと密接につながることによってその上位の「計算」を意識せずに使えていますが、コンピューターで処理した「計算」はあくまで「計算」でしかなく、従ってそこに起きるバグも「計算」を使って上位の「計算」を演出しているにすぎないのです。
純友様……今、眠りそうになっていましたね……。
わかりました。さあ、このあたりで、居残り授業は終わりにしておきましょう。話も長くなりすぎましたね――)
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※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。
※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。
※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。




