第七話 陰陽師と二人の僧
(まずは、陰陽師や密教僧ではなく、純友様が法力を行使する際の構造を説明しましょう)
Yuiさん先生は説明を続けている。
今まで世界の構造を話してくれたのだが、今度は俺が術を使う際の仕組みについて教えてくれるらしい。
(末那識界にあるソースコードを、純友様の脳内スマホが取得した「末那識言語コンパイラ」によって種子語へと変換し、実行する。これが純友様の術の仕組みです)
[DISPLAY] -----------------------------
末那識言語
[プログラミング言語]のソースコード
↓
末那識言語コンパイラ
[種子語変換機]種子語に変換。
↓
種子語
[機械語]に従って、アストラルがエーテルを動かし、物質界に術効果を顕現。
----------------------------------------
(『聖なる矢』が発動しているのは、この一連の流れによるものなのです)
――ふむふむ。じゃあ、陰陽師たちはこれとは違う方法で術を使ってるってこと?
(はい、まったく異なります。
私たちは末那識側からのアプローチですが、陰陽師や密教僧は、エーテル側からのアプローチを行なっているのです)
――エーテルを直接動かしているってことかな?
(彼らは『体を動かす』『発声する』『心で思う』――いわゆる三密によって肉体に刺激を与え、肉体と結びついたアンカーであるエーテル体を揺り動かします)
――なるほどね。だからあんなに手でガシガシと印を結んだりしてるのか。
(そして、その動かしたエーテルにより、アストラルエネルギーを制御し、術を行使しているのです。
梵字などに込められたソースコードの通りにエーテルを動かすことで術に込められた効果を発揮しているのです)
――結構回りくどいね、エーテル動かしてアストラル動かして、プログラム動かしてまたエーテルをまた動かすってことでしょ?
(はい、末那識とは意識より高次元な無意識にあるものです。人の表面的な行動により動かすのは極めて難しいと言えるでしょう。
なので陰陽師たちは肉体であるエーテル側からアストラルに干渉しているのです)
――回りくどいように見えて、一番簡単な方法なのか……な?
(そうですね。無意識を制御するのはそれだけ難しい事だと言えるでしょう。
ただ、この方法もエーテルを使いアストラルを精密に操作する技術が必要です。アストラルという極めてノイズの混じりやすいエネルギーを制御するにはそれ相応の修行が必要なのです)
――ふむ、精神エネルギーとか動揺したらすぐ乱れちゃいそうだしね。
(そして、純友様が、ネット上にある情報ではダメなのかという問いがありましたが、エーテルもアストラルも、人が扱えるとはいえ、すべて高次元に秘められた情報なのです。
二次元に落とし込まれたデジタル画像や映像では、その情報の大部分が損なわれてしまうと言えるでしょう)
――つまり?
(ネット上の呪符の画像や、動画に映った印の結び方をいくら集めても、術を再現するための情報としては不十分だということです。
目の前で行われる、生のエーテルの流れでなければ、私には解析できません)
――なるほど、そういうことか……。
(現状、都で見た呪符や霊造物の類は、あの立体曼荼羅を除き、実効的なレベルでエーテルを駆動させているものはほとんど見当たりませんでした。
しかし、賀茂忠行の術式だけは「本物」でした。ぜひ、彼への接触をお勧めします)
長かったYui先生の講義が、ようやく終わりを迎える。
じゃあ、今度は賀茂忠行に会いにいくだけなのだが……本当に俺なんかが、おいそれと会いに行ってもいいものなのだろうか。
頭の痛いお勉強が終わったと思ったら、今度は別の意味でまた頭が痛くなりそうだった……。
――――――――――
賀茂忠行。
俺は足の怪我が落ち着いた数日後、この陰陽師に会いにいくことにした。
結局、あれやこれやと悩むのではなく「直接乗り込め」ということだ。
だって、会いに来いって言ってたんだもん。
ということで、今回の訪問は、弟の純乗を護衛に連れていくことにする。
俺と比べて若いし、腕っぷしもあるからだ。
彼は何かトラブルになった時のために、連れて歩くことが多い。
それに烏丸小路を北に進み、一条大路を越えるのだ。
すぐ側だとはいえ、京の外に出るのだから気をつけるに越したことはない。
主計寮で仕事を終わらせ、午後から賀茂忠行の屋敷に向かう。
もう水無月(六月)になっているので夏真っ盛りといった感じだ。
前世の感覚で考えると「なんで六月が?」となるのだが、Yuiさんに聞いてみるとこの時代は、今でいうところの七月から八月がこの月になるらしい。
昨今、前世のように気候変動が大きくなってきた影響か、ヒートアイランドほどではないにしろ結構暑く感じられた。
つまり、烏帽子の中が蒸れてハゲそうなのだ。
今年は大干ばつで、何日も日照りが続いている。頭の方まで一緒に干上がってもらっては困るのだよ。
しかも、また盗賊が増えるだろうなぁ。
我が弟、純乗の護衛も大袈裟な話ではないのだ。
家の子供達も九郎とマツによく見張っておいてもらわないとな。
暑いので少し軽めの正装にした俺たちは、どんどんと烏丸小路を北上していく。
ここら辺に来ることは滅多にないのだが、一条大路を越えると本当に世界が変わって見える。
民家はまばら、よくて田畑、後は森。
今は昼だが、何故か薄暗く気分が重くなりそうになる。
森や畑が多いなら、自然の清らかな空気でリフレッシュできそうなものだが……。
「兄上、やはりこの辺りは気味が悪うございますな……」
純乗も俺と同じように感じているようだ。
(負の感情を含んだエーテル濃度が高いですね……負のアストラルが渦巻いています。
ここから見えませんが、東にある賀茂川の河原が、北に行くほど近くなってきます。
河原には死体が散乱していますので、それが原因でもありますね――)
あー、そうか。
京中死体が転がっているので慣れてるとはいえ、河原なんか特に死体が集められている場所だ。この陰鬱さも頷ける。
そんな中しばらく北上すると、やがて高い土塀に囲まれた一帯が見え始める。あれが賀茂邸なのだろう。
俺は着物の襟を整え、軽く身だしなみを整える。
純乗もそれを見ると、真似するように身だしなみを整えた。
「ようやくおいでになりましたね――」
後ろからいきなり声がする。
ギョッとして後ろへ振り向くと、そこにはあの夜会った童の姿が――
「お待ち申し上げておりました。
なれど今は、別の客人がおいででございます……」
年のころは、うちの息子と同じぐらいだろうか?
幼い顔は無表情で、何か作り物のような雰囲気を感じる。
童が少し耳に手を当て、宙を見た。
「……では、お連れいたします」
――なんか電話で会話しているみたいだな。
(そうですね、これも解析しておきます――)
さ、さすがYuiさん抜け目がない……。
「師が首を長くしてお待ちかねにございます。
さあ、ご案内いたしましょう」
そう言って俺たちの後ろから前へと移動し、先導し始める。
「どこから現れたのだ……?」純乗が呟いている。
(この子供。体をエーテルに還元してアストラル空間を移動していました。
肉体自体がエクトプラズムで形成されており、極めて妖に近いと言えるでしょう。ただ、魂とエクトプラズムの結びつき方を見ると妖ではありませんね……これはむしろ……)
Yuiさん先生……。
色々と頼もしいことこの上ないが、何かウキウキしていませんか?
……まあ、これから陰陽師の根城に入るのだ。
Yuiさん先生を見習って、俺も気合いを入れないとな。
整えた筈の襟だが、もう一度手を通し背筋を伸ばす。
――やっぱり帰っちゃダメかな?
(ダメです)
即答するYuiさん先生にビビりながら、俺たちは不思議な童の後をついていくのだった。
――――――――――
部屋に通されると、そこには賀茂忠行他、二人の僧が座っていた。
純乗は護衛なので外で待たせてる。
「おお、ようやく参ったか。待ち侘びたぞ」
そう言って賀茂忠行は嬉しそうな顔をする。
年は俺より上の五十ぐらいか、白髪が混じっていて、目元は少し優しげだ。
評判からは、もっときついイメージがあったが、温厚そうな様子に少しホッとした。
「ああ、このお二方は浄蔵法師と良源房。
共に比叡山の優れたる高僧、学僧たちだ――」
浄蔵法師は俺と同じか少し上くらい。良源房は遥かに若く、純乗よりもまだ下ぐらいの年齢だろう。
二人とも意志が強そうで、積み重ねている修行の厳しさを感じさせる精悍な顔つきをしている。
「――過日、一条大路にて起きた巨石の怪事について、話をしていたのだ。そなたも耳にしておろう」
「賀茂殿――そのお話は、内密に願いとうございます……」
浄蔵法師は賀茂忠行の発言を抑える反応をする。
そう、先日、一条大路に動く巨石が突然現れ、夜な夜な勝手に動き回るという怪事件が起こったらしいのだ。もう僧たちが解決したと聞いていたが――
「よいではないか。これも真言宗――東寺の者らが功を焦り、自ら仕組んだのではないかと、そなたらも見立てているのであろう? 誰もが心では思えど、口にせぬだけよ」
すると、若い良源房が口を挟む。
「左様やもしれませぬが、朝廷も『国家を揺るがす不吉な予兆』と、決して軽うは見ておいでにならぬご様子。
それに先達ても、東寺の者に『京の守りは我らに任せ、そなたらは山に籠もっていればよい』などと言い放たれました。
近頃のあやつらのやり口は、いささか目に余りまする――」
「これ、良源房。そのあたりにしておくのだ。
弘法大師の名を汚さぬよう、彼らも必死なのであろう」
浄蔵法師はそう窘めると、小さく息を吐いた。
「……大師の名云々はさておき、案じられるのは、それだけではございませぬ。
近頃は宇多法皇の御体調も思わしくないと聞き及びます。何やら凶事が続くようで、気が塞ぎますな……」
浄蔵法師の言葉に、良源房も賀茂忠行も、一瞬だけ黙り込んだ。
なんだろう、法皇様がどうこうなんて、俺には縁のない雲の上の話。
何やら妙に重い空気が流れている気がする……。
「……時に、この者はどのような用向きで?」
浄蔵法師がこちらを鋭い目で見る。
「――おおお、そうであった。近頃、猛威を振るう疱瘡神に、源の某の息子が祟られてな。
屋敷へ向かう途上、偶然にもこの者が鬼どもの群れに立ち向かっていたのだ」
賀茂忠行は、何もかもを見透かすような目でこちらを見ると、少し考え込んだ。
「ふむ、藤原北家の者か……。
陰陽法師どもの流れかとも思ったが、そうではなさそうだな」
(純友様のエーテルの流れを見ましたね。
おそらくエーテルの残滓から純友様のビジョンを得たようです。エーテルに対する感度が高いのでしょう。サイコメトリー的な手法です)
「しかも、あの夜が法力を使った初めての機会であったのか。
東寺へ立ち寄り、霊力を呼び覚ましたと。
なれど、三密を要さぬ術をもって鬼どもを退けるとは……凄まじきことよ」
浄蔵法師と良源房が驚きの顔で、こちらを見る。
「東寺と申せば……以前、平という姓の滝口の武者が、何やら術を得たと聞き及びましたが、それと似ておりますな。
かの者は三密を用いず、怪力を振るったと聞きますが……」
「私もその滝口の武者とは面識がないが、噂は聞いています。
また東寺の者らが何か仕組んだ話かと思っていたが……」
賀茂忠行は「どうやらこの者も、あの羯磨曼荼羅を見て術を得たらしい」と言って、もう一度俺を見た。
(エーテルをシールドに変換。
賀茂忠行のエーテルスキャンから防御します)
「ふむ、もう見えぬか……何者かに守られているな。
……まあよい、東寺にて目覚めたとはいえ、あやつらとつながってはいないと見える。害はなかろう。されど、なればこそだ、藤原殿。あの三密を要さぬ『聖なる矢』とやら、見せてはくれまいか?」
そう言って賀茂忠行は目を好奇心に輝かせていた。
「ふむ、それは私も興味深うございますな……」
浄蔵法師もこちらを探るように見る。
「――ッ」
良源房は気に入らないようで、睨むようにこちらを見ている。
三者三様の視線に凄まじく緊張してしまう。
やっぱり来るんじゃなかったなぁと、後悔しかけている自分がいるのだった。
【第七話・用語解説】
■ 平安用語
・烏丸小路
平安京の南北を走る小路の一つ。本作では、純友の屋敷がある春日小路周辺から、賀茂邸のある京北郊外へ向かう道筋として登場します。
・水無月
旧暦六月の異称。旧暦六月は現在の暦の六月末~八月頃に相当することが多い、本作の時代である平安時代中期は異常気象の多い比較的温暖な気候であったとされています。
・浄蔵・良源
共に実在した平安時代の高僧。浄蔵は験力に優れた修験僧として数々の説話に登場し、良源は後に天台座主となり「元三大師」の通称で知られる人物です。本作では、東寺(真言宗)と対比される立場として登場します。
・滝口の武者
平安京内裏の清涼殿東北、滝口と呼ばれる場所に詰めて警護にあたった武士の総称。本文中で言及される「将門」は、後に承平天慶の乱で名を馳せる平将門を指します。
・弘法大師
空海に贈られた諡号。延喜二十一年(九二一年)、醍醐天皇より追贈されました。本作の時間軸(承平元年・九三一年)から見て十年ほど前のことにあたり、東寺・真言宗にとっては比較的新しく得た『権威の象徴』という位置づけになります。本話で浄蔵が語る東寺側の強気な姿勢は、この号を得て以降のものだという設定です。
・宇多法皇
第五十九代宇多天皇。譲位後に出家し法皇となった、平安時代前期を代表する治天の君の一人。本作の時間軸(承平元年)では存命ですが、御体調がすぐれないという噂が本話で語られています。
====================
※ここから先は、本作の世界観・設定に関する説明です。物語を楽しむだけなら読み飛ばしても問題ありません。興味のある方はどうぞ。
【第七話・Yuiの脳内講義】
(純友様、先ほどの説明で駆け足になってしまった部分を、少し補っておきましょう。なぜ、ネット上の映像や画像から術を解析できないのか。もう少しだけ、具体的にお話しさせてください)
――わかりましたYuiさん先生。居残り授業ってやつですね。
(はい、そうです! まず、こちらをご覧ください。
この二次元の画面に映る図形は、何に見えますか)
――長方形に見えるかな?
空中に現れたガラスの板のような画面には、長方形が描かれていた。
(そうですね、多くの方は「長方形」と答えます。
しかし、この二次元という制約を取り払ってみるとどうなるか――)
空中に現れたガラスの板は砕け散り、長方形は、円柱状の立体フレームワークとして空中に浮かんでいる。
(――実物は円柱という立体でした、というだけの話なのです。
三次元の情報は、本来立体として存在しています。それが二次元の映像や画像に落とし込まれた瞬間、どうしても削ぎ落とされてしまう情報がある。
エーテルやアストラル、種子語といったものは、この物質界よりもさらに高次元に秘められた情報です。
デジタル化された映像は、高次元の情報を低次元で表示する際のルールに従わざるを得ないため、十分な情報を保持できないのです)
――なるほどね。次元が違うと、こうも情報の解像度が違うとは思わなかったよ。
(3Dのゲームデータを、たった一枚のスクリーンショットだけ渡されて「これと同じゲームを作れ」と言われるようなもの、と申し上げれば分かりやすいでしょうか。無理な相談だということは、純友様にも想像していただけるかと思います)
――スマホからweb検索して、術を得ようなんて安易すぎてすみませんでした。
(いえ、わかっていただければ大丈夫です。
次にエーテルというものの説明をしておきましょうか。
賀茂忠行は、対象のエーテルを感じることができましたが、通常人間はエーテルを見ることができません。それは目という器官が光の反射を使い物体を認識しているからです。
エーテル単体は光とほとんど相互作用しません。ですから、光の反射を利用して物体を見る人間の目では、エーテルそのものを視認できないのです。
ただエーテルであっても、ある程度の量が集合すればマクロ化の影響が生じ、映像に映ったり視認可能になったりすることもあります)
――物質やエネルギーになる前に集合するってこと?
(はい、高密度に集合したエーテルは、弱くですが物質としての性質を帯びます。
その状態になれば、光にも反応し、物理的な影響も受けるようになる。最たる例が、いわゆる「エクトプラズム」です。
完全な物質ではありませんが、可視光によって視認可能な状態になるのです。あるいは、物質化せずとも、光を放出するほどのエネルギー体にまで結合すれば、観測は可能となります)
――ふむふむ、「エクトプラズム」って、昔オカルト雑誌で鼻の穴とかからモヤモヤっと出てる写真見たことあるわ。
(ただ、次元というものは、極めてミクロな方向へと広がっています。
単体の状態であれば、エーテルという真素粒子は自由に動けますが、結合してマクロ化すると素粒子間の結びつきが強まり、次元の隙間に絡まってガッチリと固定されてしまいます。
そうなると、高次元側からの影響を受けにくくなり、高次元的な特性が失われていくのです)
――結合したとしてエネルギーならまだしも、物質化しちゃったら動かなそうだしね。
(純友様が作られた樟脳のように、目に見える物質として結晶化させることと、少し似ているかもしれませんね。
凝縮すれば扱いやすくなる代わりに、失われるものもある。エーテルの世界でも、それは同じことなのです)
――まあ、なんとなくわかったようなわからないような……。
(――このあたりで止めておきましょう。
あまり脱線しすぎると、また純友様の脳が熱暴走してしまいそうですから……)
====================
※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。
※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。
※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。




