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第六話 陰陽師・賀茂忠行



「お手を貸しましょう。こちらへどうぞ――」



 耳元で聞こえたその声に弾かれるように振り向くと、そこには十歳ほどの童を従え、泰然と佇む一人の男がいた。



 ――賀茂忠行(かものただゆき)。



 宮中でにわかに名を知られ始めている陰陽師。

 噂に聞く姿そのままの、静かだが只者ではない気配を纏った男が、闇の中にすっと立っていたのだ。


 声を発する間もなく、賀茂忠行(かものただゆき)の背後から布を頭から垂らした修験者風の男たちが数人、音もなく現れる。

 俺の体はあっという間に抱え上げられ、そのまま闇夜に停めてあった牛車の中へと運び込まれていった。


 餓鬼どもの唸り声が、まだ遠くない場所から響いてくる。



「――痛ッ」



 牛車の中で足の怪我を思い出す。

 少し袴を捲って確認すると、ふくらはぎに刃物で切られたような傷ができていた。



(純友(すみとも)様のエーテルを操作し、止血しています。

 直ちに大事に至ることはありません)



 足がちぎれているとか、筋が切れているとかいうわけではないらしい。

 俺はその事実に、少しだけ胸を撫で下ろした。


 牛車の御簾(みす)越しでも、賀茂忠行(かものただゆき)たちの輪郭が緑色のラインで縁取られている。おかげで、彼らが何をしているのか確認できた。



(輪郭色はアストラルの状態を見て判断しています。

 とりあえず今のところは、敵意を感じられませんので、ナビゲーションではグリーン表示しています)



 なるほど。彼らはひとまず味方だと思っていいらしい。


 そこへ、賀茂忠行(かものただゆき)が御簾(みす)の中へと入ってきた。



「――緊急を要する。説明は後だ」



 彼はそう言うと牛車の中に座り、人差し指と中指を立てて――




 ――臨(りん)

 ――兵(ぴょう)

 ――闘(とう)

 ――者(しゃ)

 ――皆(かい)

 ――陣(じん)

 ――烈(れつ)

 ――在(ざい)

 ――前(ぜん)




 と、空中を縦横に切り始める。


 切り終えた右手をそのまま左手と組み合わせ、胸の前で左手の親指を内側に入れると、残りの四本の指で包み込むようにして固い拳を結んだ。




 ――唵(オン)!




 右手を開き、その左手の拳を上からそっと覆い隠す。




 ――マリシエイ・ソワカ




 胸の前でガッチリ手を結んでいる。




 ――オン・マリシエイ・ソワカ。

 ――オン・マリシエイ・ソワカ。

 ――オン・マリシエイ・ソワカ。




 賀茂忠行(かものただゆき)の唇から、呪文が途切れることなく高速で紡ぎ出されていく。その尋常じゃない雰囲気に、俺はただ息を殺して見守ることしかできなかった。



(最初の動作で、結界空間を作成しました)



 ――結界空間? 結界を張って逃げ込んだということ?



(はい。そしてアストラル次元側にエーテルで作った部屋を移動させたのです。

 このことで、この物質次元からの隔離をおこなったようです)

  



 ――クえっ


     ――キキキキ

 


  ――ぎゃっ


      ――ぎゃっ、ぎゃっ




 そうこう話していると、外が騒がしくなり始める。

 御簾(みす)の外――すぐ目の前に、無数の赤いラインがうようよと集まり始めていた。


 鬼が牛車のすぐ外で、こちらを覗き込むように顔を近づけている。

 表示された「赤」が、御簾(みす)を挟んで俺の鼻先数センチのところまで迫っていた。




 ――見つかる。




 心臓が跳ね上がる。

 だが、鬼は俺たちの存在にまったく気づいていない。




 ――オン・マリシエイ・ソワカ。

 ――オン・マリシエイ・ソワカ。

 ――オン・マリシエイ・ソワカ。




「おかシぃなアぁぁ、人間がいたぁと思ったノにぃぃぃ――」



 鬼たちは、牛車の周りをうろつき回っている。

 しかし、彼らは俺たちを見つけることができないまま、やがて朝を迎えるのであった。




――――――――――




「今は急ぎ、下京に住む依頼人のもとへ参らねばならぬ。

 後ほど、必ず我が家へ来られよ――」



 あの後、賀茂忠行(かものただゆき)はそう言うと牛車に乗り去っていった。

 外にいた童も無事で、去り際にペコリとお辞儀をすると、牛車を追いかけていった。



 いや、ほんと、九死に一生を得るとはこのことだ。


 東寺の坊主に恨み言を呟き、気を取り直す。

 そして俺はまた日常に戻り、スマホチート無双に励むことにしたのだ。



 そう、俺は今、無事自宅へ帰ることができたのだ。

 帰った当初は家の者たちに散々心配されたのだが、今は人心地がつき、ゆっくり今後の方針について考える時間を取ることができていた。



「クックッ――どうせ家を解体するんだ。

 狭くなるが、ものすんごいチート住宅にしてやろう」



 笑みを浮かべながら、どのような家にしようかと考えることにする。


 工房は欲しいよなぁ。

 高温を使える炉はもちろん、人力水車のような、大型ハムスター車も作って動力にしたい。


 そうこう考えているうちに色々アイデアは溢れてくる。

 だがそれらを実行するためには問題点も多々あった。


 騒音や異臭、煙だ。


 これらの要素をクリアしないと、この家に秘密の工房など夢のまた夢だろう。



(そこで純友(すみとも)様に提案です。

 賀茂忠行(かものただゆき)に会いに行ってはいかがでしょうか?)



 いつものごとく、脳内に話しかけてくるYuiさん。

 しかし、あの陰陽師に会いにいくのを勧められるとは思わなかった。



(実は、あの時の術を解析いたしました。

 そのことにより、純友(すみとも)様の悩みを解決できるかもしれません)



 ――ほうほう。それは工房の話なのだろうか?



(はい。賀茂忠行(かものただゆき)が使った隠形法(おんぎょうほう)ですが、二つの要素を持っていたのは、説明しましたよね)



 ――うーん。確か「結界作成」と「物質次元からの隔離」とか言ってたよね?



(はい、その通りです。その二つを組み合わせ、屋敷内に隠世(かくりよ)部屋を作るのはいかがでしょう?)



 ――え、なにそれ、すごくいいね。



(ただ、それには問題が二つあります。

 一つ目は術者が常駐しなければならないこと。

 二つ目はエーテルが継続的に必要となるということです)



 ――な、なるほど……術って一見チートに思えるが、結構制約があるものだな。



(そこで解決するために提案したいのが、符術スキルの獲得です。

 符に術を込め、屋敷に貼り付けることによって一つ目の問題を解決し、その符自体に周囲のエーテルを吸収させるよう組み込めば、二つ目の問題もクリアできるのです)



 ――そ、それで賀茂の陰陽師のところへ行けと。

 でも、符術とか、そんなに簡単に教えてくれるかなぁ? それこそ、そういうのって秘伝のような気もするんだが。



(本物の効果がある符を見せてもらうだけで構いません。

 解析し、私が符作成用アプリを作りますので心配は無用です)



  ――えー、それにしても相手は陰陽寮の人だ。付き合いもないし弟子でもなんでもないのにそんなに簡単に教えてくれるかなぁ……。

 あ、そうだスマホがネット使えるじゃん。たとえば、ネット検索して出てきたりしないの?

 梵字(ぼんじ)とか符とかネットに画像や知識がたくさんありそうだけど。



(ネットの画像は二次元です。高次元のものを画像に写し取るということは、情報の劣化を意味します。

 これは……高卒の純友(すみとも)様にもわかるように、法力とは何かをご説明しなければならないようですね)



 何か某料理漫画のように「本物のカレーってやつを教えてあげますよ」とか言いながらディスられている気がする。



(まずは世界の構造から、簡単に説明しましょう)



[DISPLAY] -----------------------------


 1.如来蔵(にょらいぞう)界

 2.阿頼耶識(あらやしき)界

 3.末那識(まなしき)界

 4.精神界(アストラル界)

 5.物質界(アッシャー界)


----------------------------------------




(それぞれ1が最も高次で、5に近づくほど物質界に近くなります。

 本当は他にも次元はあるのですが、我々が考えるのはこれらで構いません)



 ふむ。まあ、そういうものなのだろう。

 それにこれ以上名前を言われても覚えられないしね。



(では一気に説明を進めますね)




[DISPLAY] -----------------------------


 1.如来蔵(にょらいぞう)界[種子情報の海]

 ――あらゆる情報が流転する、カオス状態の海。


 2.阿頼耶識(あらやしき)界[海にできた泡]

 ――種子情報同士が干渉し合い、摩擦を起こして区画を生む。


 3.末那識(まなしき)界[泡の中に咲いた花]

 ――刺激により阿頼耶識の中で芽吹いた「アストラル感応器」。


 4.精神(アストラル)界[感情・精神エネルギーの世界]

 ――末那識(まなしき)がアストラルエネルギーを動かし、また干渉も受ける。


 5.物質(アッシャー)界[物質・光・電気の世界]

 ――純友(すみとも)様の存在する次元。すべてはアストラルに干渉されやすいエーテルという最小素粒子で構成されています。


----------------------------------------




(純友(すみとも)様の存在する次元は、この五番目です。地球や宇宙、物質すべてがこの次元に存在しています。

 そして物質と呼ばれるもの、光エネルギー、電気――そのすべてが、エーテルと呼ばれる一つの最小素粒子で構成されているのです)



 ――何、全部エーテルでできてるって?



(この次元すべてがというわけではありません、物質界の話です。

 エーテルは光すら構成する最小のものなので、光で観測することは難しいです。純友(すみとも)様の前世の記憶にないのも無理はないことですね)



 ふむ、まあ、相変わらずそういうものだと飲み込むしかないのだろう。

 うーん、しかし、まあ、今のところ理解しているつもりではいるが……もう俺の頭はパンパンだった。



(純友(すみとも)様、念のため申しますが――私がお伝えしているこれらの言葉は、この世界の「正体」そのものではありません。

 人間の言語という不完全な器に、高次元の出来事を無理やり表現した言葉の綾(あや)だと思ってください)



 ――言葉の綾(あや)?



(はい。ストレージやOSなど、私がお話しした比喩は、あくまで純友(すみとも)様が理解しやすいよう、たまたま近い形をしていたものを借りているに過ぎません。真の姿ではないのです。ですから、あまり厳密に捉えすぎませんように)



 ――そ、そうなのか?

 ……なんかスマホやAIの喩え話で妙にしっくりきてたから、てっきりそのまま正解なのかと思ってたよ……。



(正解に近づくための、いわば方便ですね。

 さて――ここまでが世界の構造です。

 次は、私たちが法力を使う際の構造をご説明しましょう――)



 えぇ、まだ続くの……。


 俺は思わず天を仰いだ。

 なんかイキイキと説明してくれるから止めにくいんだよねー。


 友達の趣味について軽く尋ねてみると、早口で説明してくれるあれよ。

 まあ、聞いといて損はない話だ。じっくりと腰を据えて聞いてみるとしよう。








【第六話・用語解説】


■ 平安用語


・隠世(かくりよ)

 日本神話に由来する語で、目に見えるこの世(顕世)に対して、目に見えない幽冥の世界を指す言葉。本作では、アストラル次元側に一時的に作られた退避空間の呼称として用いられています。




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※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。

※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。

※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。

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