第五話 平安京、百鬼夜行
――クえっ
――キキキキ
――グチャ
暗闇の中、息を潜めて隠れている。
帰宅するためには、幅五十メートルほどもある二条大路を、南から北へ渡らなければならない。
ただ、その二条大路には大量の鬼たちが蠢いていた。
――クえっ
――キキキキ
――グチャ
痩せ細った子供のような体で、頭に鉢を被り踊り狂うもの。
羽毛の禿げたカラスのような頭部を持ち、必死に道端の死体を啄んでいるもの。
前世のゲームでよく見た餓鬼のような体で死体に噛みついているものなど、数十体にも及んでいる。
それぞれが好き勝手に二条大路を闊歩していた。
そう、これは百鬼夜行なのだ。
夜が明けるまで待とうかな?
いやいや、まだまだ日の出までには時間があるぞ。
俺は必死にこの場を切り抜ける方法を考えていた。
とにかくだ。せっかくチートを持っているのだから、今、何ができるかをYuiさんに聞いてみるとしよう。
(そうですね……まだ初期状態ですので、デフォルトで実装されている末那識言語のソースコードは、聖属性のエーテルを利用した『聖なる矢』となります)
――それはどんな術なんだ?
(聖属性のエーテルをエネルギーの矢にして放つ術です。
あの小鬼程度なら一、二発ほど命中させれば倒せるでしょう)
――お、おお頼もしいな。じゃあ、何発ぐらい打てるのだろう?
マシンガンみたいに矢をばら撒いてこいつら追い払えるのだろうか?
(いえ、それは不可能です。
純友様のエーテル量ではせいぜい三発が限界でしょう。
それ以上使用すると、生命維持などの基本機能に影響が出るためお勧めしません)
だめじゃん。一匹二匹倒したところでどうにもなんない。しかも威力も微妙だし。
(『聖なる矢』のソースコードを見たところ威力調整する項目がありますね……ただ、安全に運用するためのリミッターと……威力をあげることによる計算量の増加を抑える計算式が必要となってきます。
現在、私はそのような計算式を学習していませんので『聖なる矢』の威力を上げることは不可能です)
……詰んだか?
ビクビクしながら隠れてることが、SAN値をゴリゴリと削ってるというのに……朝までここで待てと。
――くんくん
――くんくん
一匹、直立した犬のような鬼が鼻を鳴らしている。
「ぷすー、臭ぉウゥぞ、臭ぉウゥ。
生くぃテル人間の臭いがスルルルゥ」
口がちゃんと閉まらないのか、空気が抜けるような声でそんなことを喋り始めた。
――本当カ!
――どこダ!
――どコだ!
――探せ!
鬼たちが、一斉にざわつき始める。
マズい。
どっと冷や汗が噴き出し、指先が凍りついたように冷たくなる。
心臓の音が、暗闇の中で爆音のように鳴り響いていた。
(鬼たちにとって生者のエーテルは最高のご馳走です。
彼らは死体を食べてはいますが、それは死体にかすかに残ったエーテルをとっているに過ぎません。
物質化している肉体を噛み砕いてエーテルに還元することも可能ですが、それで吸収できるのはごく微量です)
空気を読まないYuiさん。解説ありがとう。
でも、なんかもうそんな空気を読まない発言のおかげだろうか、こんなピンチでも、幾分冷静さが戻ってきた気がする。
(端末のエーテルセンサーを活用したナビゲーションを開始します。
視覚情報にリンクした『情報重畳表示』を構築しました)
視覚に情報が追加される。
暗い夜道だが、周囲が把握できるようになった。
色はあまり見えないので白黒に近い状態だが、灯りなしで周囲が見えるようになったのは嬉しい。
そして、さらに視覚に情報が追加される。
鬼たちに赤い縁取りがされるようになっていたのだ。
ゲームなどで敵キャラが見やすいように縁取りされるアレだ。
障害物の向こうでも透過して表示されているのだ。
(この端末のセンサー感度だと10mぐらいが限界でしょう。
逃走の際は、お気をつけください)
う、うむ。
何もないよりは全然マシだ。
俺は背を低くしたまま、少し奥へと戻るのであった。
――――――――――
「はぁ、ハァハア」
『聖なる矢』によって頭を射抜かれた餓鬼がその場に崩れ落ちる。
ついに見つかってしまったか。
結局、京を横断する二条大路を渡らなければ帰れない。
なので、もう一度二条大路に近づいたのだが、その際に、鬼に見つかってしまっていたのだ。
追ってきた鬼に『聖なる矢』を放つ。
Yuiさんが言うには自動命中機能がついているらしく、放つだけで見事敵の脳天に命中させていた。
崩れ落ちた餓鬼の頭には『聖なる矢』が生えており、エネルギーの矢は光を放っている。
――エネルギーの矢といえど、すぐに消えるわけじゃないんだな……。
(聖属性は妖に対して特効となりますが、エネルギーの塊をぶつけるだけではすぐに霧散し、たいしたダメージは与えられません。
なので火矢のように、エーテルが一番柔軟に動くことができる素材、エクトプラズムで矢を形成し、聖エネルギーの炎を纏わせているのです)
そう言われてみると確かに餓鬼の頭に刺さっているのは白い矢で、その矢を起点に炎が広がっていたように思える。
(とはいえ、エクトプラズムは完全な物質ではありません。
放置しておけば数分で消えると思ってください)
うむ。わかった。
俺は周囲を見渡し、鬼たちが追ってきていないか確認する。
しかし、まずいな。
数匹、こちらの『聖なる矢』の明るさに気づいたようで、集まってきているのがわかった。
――あと二回。
『聖なる矢』が放てる回数だ。
一日休憩すれば、周囲のエーテルを変換吸収して自然回復するらしい。
目の前の餓鬼が光になって消える。
その光は俺にまとわりつくように触れて消えた。
(この餓鬼の体もエクトプラズムで構成されていました。
分解されたエーテルを使い純友様のエーテル総量を拡張します)
おお、そういえばエーテル吸収するなら、回復できるんじゃない?
(餓鬼のエーテル属性は、人間である純友様には適合しません。
私はまだエーテル属性変換のプロセスを学習していないため、現状はエーテル総量を拡張するための『刺激』としてのみ利用可能なのです)
魔法みたいなものを期待していたのに……俺のチートって意外と世知辛い雰囲気があるよな……。
――コッち!
――臭いッ!
――アア、ハラ……減ッタァ!
くっ、考え込んでる時間はなかった。
早く移動しよう――
「――ッ!!」
その時、俺の足に激痛が走る。
足元を黒く長い塊が撫でたと思うと、それが目の前に鎌首を持ち上げて現れた。
――キチキチキチ
でかいムカデである。
(純友様! この鬼はステルス機能を持っていたようです。お気をつけください!)
複数の蠢く足を、喜んでいるかのようにワサワサと波立たせていた。
俺の血のついた牙をチキチキと噛み合わせているその仕草が、さらに恐怖を煽ってくる。
手を前に突き出し『聖なる矢』を放った。
矢はムカデの頭に突き刺さり、全身を聖なる炎が包む。
――キキキキキチッ
すぐにムカデは丸くなり、光となって消えた。
――あと一回。
「――痛ッ!!」
足を見てみると、袴は破れ血が滲んでいる。
(純友様の体をスキャンしましたが、傷口から毒が入り込んだり、細菌感染したりしている様子はありません。ただその裂傷では、長時間の歩行は困難でしょう)
服を捲り上げて傷口を見たいがそんな暇はない。
敵表示を見ていると、二体ほどすぐそばまで来ていた。
「くッ、いてててっ――」
足の痛みは気になるが、動けないわけではない。
敵とは逆方向へ逃げようと振り返る――
――ドンッ
その途端、背中を突き飛ばされた。
地面へと倒されてしまう。
――がるるぅぅ ガアァ
俺の傷ついた足に、犬型の鬼が噛みつき、めちゃくちゃに引っ張り倒している。
かろうじて袴を噛まれているだけだが――
――ドスッ
反射的に『聖なる矢』を犬型の鬼に放つ。
鬼は炎に包まれていた。
――あとゼロ回。
(法力用の余剰エーテルを使い果たしました。
これより、生命および基本システム維持のため、法力用エーテルの使用をロックします)
――くっ、ついに尽きたか……。
急いで顔を上げると、目の前には別の餓鬼が、すぐ側まで――
餓鬼は醜く顔を歪めて笑っていた。
禿げ上がり痩せこけた顔で、大きく口を開け、楽しそうに揺れている。
真っ黒に開いた口の中に、抜けかけた歯がポツリポツリと残っていることで、さらにその空洞が際立っていた。
――ああーぁぁ ぁあーーーァァ
その空洞の奥から湧き上がってくる音は抑揚がなく、空気が抜けるように噴き出している。
腹水が溜まり膨れた腹は、痩せ細った四肢を強調し、枯れ木のような腕をこちらに伸ばしてきた。
え、やばい。
死ぬ??
――黒い空洞が大きくなる。
脳の処理が追いつかない。
現実感の無い死が、静かに近寄ってくるのを感じた。
(しっかりしてください!!)
脳内に響き渡る声。
その声によって現実に引き戻される。
そ、そうだ!
こんなとこで死ねない!!
パッとしない中年が、せっかくチートもらって転生したんだ。
こんなところで死んでられるかよっ!!
近くで燃え盛る、犬型の鬼に刺さった矢を握る。
「――おォらッ!!」
一気に引き抜いた矢を餓鬼の頭にブッ刺した。
――アアーぁぁぁ アーーーァァッ
餓鬼は白い炎を上げて燃え始めた。
「ふぅ、ふぅ――」
俺は這いずりながら、少し離れると『聖なる矢』を掴んだ手を見る。
――やっぱり火傷はしてない。
Yuiさんが属性がどうのとか言ってたので、燃えていても人間なら触れるだろうと思い、使用済みの矢を引っ掴んでやったのだ。
餓鬼が光の粒子となりこちらに流れ込んできた。
少し安心したが、現状を思い出し、周囲を見渡す。
――まずい。また気が付かれたか。
周囲を見ると少し遠いが、赤い表示がワラワラと集まってきているのがわかる。
「次から次へと……もう詰んでるじゃん……」
思わず呟いてみるが、このピンチを切り抜けなければ、俺のチート無双は始まらないのだ。
この際だから、土塀を乗り越えて人の家にでも入ってやろうか? でもこの土塀、三メートルぐらいあるよなぁ。
色々と生き残る手段を考える。
――とにかく立つか。
俺は立ち上がるため姿勢を変えるがその時――
「お手を貸しましょう。こちらへどうぞ――」
耳元で聞こえた、男とも女ともつかない子供の声。
痛みを堪え、弾かれたように立ち上がり、声のした方を睨みつける。
そこにいたのは、闇夜に佇む一台の牛車。
そして、十歳ほどの童を従え、泰然と立つ一人の貴族の男だった。
その顔に、見覚えがあった。
宮中でにわかに名を知られ始めている陰陽師。
賀茂忠行。
魑魅魍魎が跋扈するこの都において、その名を轟かせつつある陰陽師が、そこに立っていたのだった。
【第五話・用語解説】
■ 平安用語・怪異
・二条大路
平安京の大内裏南面を東西に走る大路。朱雀大路(南北の中心軸)に次ぐ広さを誇り、道幅は約十七丈(約五十メートル)にも及びました。
・百鬼夜行
深夜、都大路を無数の鬼や妖怪が練り歩くとされた怪異。平安時代の説話などにも登場し、これに遭遇することは恐ろしい災厄と考えられていました。
・餓鬼
仏教における六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)の一つ「餓鬼道」に堕ちた亡者の姿。常に飢えと渇きに苦しみ、死肉や汚物を貪る醜悪な姿で描かれることが多く、平安時代の人々にとって身近な地獄絵・仏教説話の題材でした。
・賀茂忠行
平安時代中期に実在した陰陽家。生没年は不詳ながら、射覆(隠したものの中身を占い当てる術)を得意とし、後年、当代随一の陰陽師と称されるようになりました。後に陰陽道の大家となる賀茂保憲の父であり、『今昔物語集』には、幼い頃の安倍晴明を伴って夜道を進んでいた際、晴明が百鬼夜行の接近をいち早く察知して忠行に急を告げたという説話が伝えられています。
■ 現代知識
・SAN値
TRPG(テーブルトークRPG)などに由来する、精神の正常さ(Sanity)を数値化した概念。恐怖や異常な体験によって消耗し、尽きると精神に異常をきたすとされる、サブカルチャー界隈で広く使われる俗語表現です。
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※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。
※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。
※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。




