↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/26

第二十四話 八大龍王、現る



  ――くく……


        ――はっはっはっは……


     ――アっハッハ ッ!!




 夜空に浮かんだ偽空海が、狂喜の声を張り上げる。

 眼下の平野では、残る七柱の水龍が我が物顔で這い回っていた。


 最初の一柱の水流によって、犬上大領(いぬがみのたいりょう)たちの軍勢と長寺(おさでら)の建造物は木っ端のように粉砕され、一部を残して濁流へと飲み込まれていた。



 阿鼻叫喚。



 荒れ狂う濁流から響く轟音は、人々の悲鳴のようにも聞こえる。

 集まっていた松明の明かりが消え失せ、平野には闇と狂喜の音が広がっていたのだ。



「ああっ……空海様……!

 なんという御力、なんという美しさ……!」



 地上でトグロを巻く蛇女が、自身の焼け焦げた火傷の痛みも忘れたかのように、夜空の主を恍惚とした表情で見上げている。



「空海様こそ、私に神の力を授けてくださったお方……!

 まことの仏、まことの神にござりまする……!」



 その讃美の声に気を良くしたのか。

 偽空海は眼下を見下ろしたまま、ひどく上機嫌な声で語り始めた。



「そうだ。お前はよく働いてくれている。

 この地に古くより伝わる、蛇を祀る水神の社――その朽ちし社に安置された依代(よりしろ)を用いて、お前という式神を創り上げた甲斐、確かにあったな」



 ドパガキよろしくアドレナリンやらドーパミンが脳からドパドパ出てるのだろうか。

 偽空海がひどく興奮しているように見えた。



「これより先、諸国に眠る神の依代(よりしろ)をことごとく集めようぞ。

 房中の秘術をもって、そなたのごとき式神を幾人も生み出さん。

 その式神による大軍勢をもって、腐りし山(やま)も寺も、すべて覆してくれよう!」



 ヤバい――。

 正直、俺はここまで空海の力がすごいとは予想してなかった。

 龍脈というエネルギー源があってこその、八大龍王召喚だとは思うのだが、このままでは規格外すぎて手も足も出ない。




   ――スーッ


      ――ハーッ




 パニクらないようにするためには、一旦何もしないのがいいと昔テレビか何かで見たな。

 俺は落ち着くために深呼吸をして、周囲を見渡した。



 偽空海も蛇女も、興奮しているのか、こちらに意識は向いていない。




   ――あいつさぁ、お前の事、好きみたいだぜ


        ――やめてよー、気色悪い


  ――でもさ、そんな性格だから仕事も押し付けやすいんだけどね




 前世の記憶。


 会社の休憩室で、周りの状況など見えず、人が聞いているかどうかも気にしないで悪口を話す同僚たち。

 話が盛り上がっていて、周りが見えてないのだろう。



 ふと、そんな光景を思い出す。



 まー、今回、俺が悪口言われているわけじゃないけどさ。

 なんか、イケメンと女性がキャッキャッ楽しそうにしてるから、なんとなく思い出しただけだ。


 しかし、それを思い出してみると、こんな状況なのに、なんだか滑稽なものを見ている気分になって、少し冷静に考えることができるようになってきた。



 式神で軍勢を作るねぇ。

 かの有名な役行者(えんのぎょうじゃ)は数々の鬼神を使役してたという。あんな感じに各地で鬼神を調伏して回るのだろうか。



 そういえば『緑青(ろくしょう)の鏡』も式神といえば式神だよな……。



(蛇女のエーテル体にできた房中術による機構に、神の依代(よりしろ)を組み込み、鬼神力を発揮しているのでしょう。

 良源(りょうげん)が想像力で模倣した『疑似内丹術(ぎじないたんじゅつ)』と同じような仕組みです。

 阿頼耶識(あらやしき)関数を自分の想像力で使うより、依代(よりしろ)に組み込まれた阿頼耶識(あらやしき)関数を使う方がより安定して力を得られますからね)



 ふむふむ。確かに俺もそんな感じはした。

 だから神の依代(よりしろ)が欲しいわけか……。



 ――しかし、Yuiさんや。

 やけにあの偽空海、テンション爆上がりしているみたいだけど……あれって何か理由あるのかな?

 やっていることが凄いから、状況的にわからなくもないけど、正直、何か異常な気もする。



(現在の彼は、末那識(まなしき)にインストールされた『空海システム』の巨大な権限に、自身の脆弱な精神が耐えきれず、暴走を起こしています。

 その結果、承認欲求と自己正当化が異常に肥大化しているのでしょう。「自分こそが世界を救う新たな空海だ」という誇大妄想に完全に酔いしれている状態ですね)



 ――末那識(まなしき)が暴走してるってこと?

 元から何かを抱えてた彼が、その感情を肥大化させたと。



(彼の言い分を聞く限り、仏教界を憂いているというより、その中にはもっと別のものが含まれているようですね。

 エリートへの強い嫌悪感――自分の劣等感を「腐った仏教界」に責任転嫁してるといったところですね。

 元から「自分を認めなかった世界に対する個人的な怒りとプライド」を秘めていた人物なのでしょう)



 ――随分と辛辣だなぁ……。



(対象は今、全能感の絶頂にあり、システムリソース――

 つまりあの『弘法池(こうぼういけ)』からのエーテル供給を無制限に引き出して暴走しているという、極めて危険な状態なのです)



 ――何それ、怖っわ……。

 俺も、力を使っていたらあんな風に精神がイカれるの?



(ご安心ください。

 純友(すみとも)様の場合は、末那識(まなしき)のシステムがスマートフォンという形で端末(デバイス)化しています。外部からの制御がし易い状態にあるので空海・異体《クウカイ・ヴァリアント》のような精神侵食を受け辛い構造となっています。

 それに、基本的には私が安全管理しておりますから、それほど心配する必要はないですよ)



 それほどって……。

 しかし、まあ、Yuiさんとの話で、俺もだいぶ落ち着いてきたな。


 見た感じ、あれだけ興奮している偽空海だ。冷静ではない分、隙の多い行動をしそうだと思えてきた。

 とはいえ、ここら辺で何かしないとゲームオーバーなのは確実だろう。


 だがこの状況はチャンスだとも言える。

 家で待っている家族のためにも、なんとか無事帰京しないとな――。




   ――スーッ


      ――ハーッ




 また小さく息を吐き出し、腹を括る。

 とにかく、一か八かの賭けに出るか。


 ――Yuiさん、この金縛りみたいな拘束、自力で解けるかな?



(拘束に使用されているエーテル量を上回る力をぶつければ解除可能です。『エーテル循環システム(疑似内丹術)』の出力を最大まで引き上げれば、今の敵の出力なら破れますよ)



 ――じゃあ、それお願いっ――



 身体中に流れている力が丹田に集中するのを感じた。

 Yuiさんのサポートを受けて、エーテルが循環しているのだろう。



 目の前が脈動するように、ドクンと震え、集中力が一気にトップギアへと上がる。



「おおおおおッ!!」



 身体の奥底から爆発的な熱が湧き上がり、俺を縛り付けていた見えざる手を弾け飛ばす。



 良源(りょうげん)は目を見開き、こちらを見ていた。

 偽空海も、法力を解除されたことに気がつき、鬱陶しそうな目でこちらを見ている。




     ――フワッ




 重力の自由落下に任せて地面へ落ちる。

 下りのエレベーターのような感覚ののち、すぐさま地面へと着地した。


 足のバネを利用し、着地の衝撃を和らげる。

 僅かな泥の飛沫が飛ぶが、それらが地面に落ちる前に俺は駆け出していた。


 そのまま、よく聞こえるように、わざとらしいぐらいの大声で良源(りょうげん)に向かって叫んだ。



「良源(りょうげん)殿! 諦めてはなりませぬ!

 私はこれから計画通りに、あの『弘法池(こうぼういけ)』を潰します!」



 少し地面は泥濘んでいるが、力強い蹴りで足元を捉える。

 俺は『弘法池(こうぼういけ)』へ向かって一直線に走った。



「――させはせぬ!」



 蛇女が、太い尾を鞭のようにしならせて攻撃してくる。


 横薙ぎに払ってきた尾は長かった。

 輸送トラックがドリフトで滑ってくるような幅なので、横に逃げるのは不可能だ。



 必然的に上か下か、どちらかに逃げることになるのだが――

 集中力によって上がった思考スピードが、蛇女の攻撃をスローモーションのように見せる。



 俺は両膝を折り、地面に膝をつけて泥を利用して滑る。

 リンボーダンスのように反り返り、蛇女の尾の下を潜った。



 鼻先に少し尾を掠めると、風圧が俺の烏帽子(えぼし)を吹き飛ばす。




      ――ブォ ン




 背後では、過ぎた尾に続くようにして蛇女の腕が振るわれた音が響く。

 上から逃げていたら、この追撃でやられていただろう。


 ゾーンに入ったような状態なので、蛇女の動作の起こりもよく見えていたので避けることもできた。




     ――ドオォォ ォン




 蛇女の攻撃は泥を巻き上げ、地面を抉る。

 ただ、その間にも俺は一直線に『弘法池(こうぼういけ)』へと駆けていた。


 流石にこの場所を偽空海が八大龍王に襲わせることはしないだろう。

 『弘法池(こうぼういけ)』ごと破壊してしまえば、自身のエーテル供給が断たれてしまうからだ。



「――おおおオオオッ!!」



 俺の叫びに呼応してくれたのか、空中で金縛りに遭っていた良源(りょうげん)もまた、赤黒く染まった筋肉をさらに隆起させ、見えざる拘束を強引に引きちぎっていた。



 もう少しで『弘法池(こうぼういけ)』に着く。

 ここで土砂を解放すれば、この泉は破壊されるだろう。



 懐に手を突っ込むと『緑青(ろくしょう)の鏡』の硬い手触りを感じる。

 俺はそれを引っ張り出して、頭上に掲げた。




    ――小賢しいッ!!




 空から聞こえる怒声。



 スローモーションになる風景。

 俺はゆっくりと視線を頭上に向ける。



 偽空海が顔を怒りに歪め、俺に向けて左手を突き出していた。




    ――ズン ッ




 瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの超圧力が、俺の全身を圧殺するようにのしかかってきた。



「――ぐァッ!」



 自分の意思とは裏腹に、肺から空気が吐き出される。

 あまりの衝撃に脳は揺れ、思考は弾き飛ばされていた。




    ――クワァ ん


        ――クワァク ワァ ん




 地面に叩きつけられ、指先すら動かせなくなる。


 『エーテル循環システム(疑似内丹術)』の出力でも相殺しきれない、桁違いのエーテルの暴力により、掲げていた『緑青(ろくしょう)の鏡』は飛ばされてしまう。




        ――クワァク ワァ ん


    ――クワァ ん





 地面に転がっていった『緑青(ろくしょう)の鏡』が泥の中に倒れる。



「――藤原殿ッ!!」



 良源(りょうげん)は俺の安否を確認しながらも、空中に浮いている偽空海を攻撃しようと、奴のそばへとジャンプする。




    ――無駄だ ッ!!



         ――グ シャッ




 俺と同じように超圧力によって、ジャンプを挫かれ落下する良源(りょうげん)。

 少し高い位置にいたので、俺よりダメージが大きいのではないだろうか。



 必死に圧力に抵抗している様が見て取れる。



 動けないが、それほどダメージは大きくないのだろう。

 落ち方次第では致命傷だったと思うので、頑丈な良源(りょうげん)に少し安心する。




 ……いや、そうもいってられないか。 

 せっかく脱出したというのに、また動けなくなってしまった。

 これでは振り出しに戻ったのと一緒だ。


 シュルシュルと長い舌を出し入れしながら、倒れている『緑青(ろくしょう)の鏡』に近寄る蛇女。



「空海様!」



 蛇女が鏡を拾い上げると、鋭い声を上げた。



「かねて申し上げた通りにございます。

 かの者、あの鏡に池を埋めるだけの土を蔵しておりました。捨て置けぬ法具にございます!!」



 俺は偽空海の力によって圧迫され、頭を上げるのがやっとだった。

 必死に圧力に抵抗しながら、空中にいる偽空海を睨みつける。


 ゆっくりと余裕を持った動きで、空中から地面スレスレまで降りてきた偽空海。



「くくっ……無駄な足掻きを。

 先の戦のごとく、またその鏡に仲間を蔵し、逃れるつもりか?」



 蛇女と共に三日月のように口角を上げて、ニヤニヤと笑っている。



「――それは、私の大切な式神(・・・・・)なんだ、返してくれないか?」



 地面に落ちている鏡を拾い上げた蛇女を睨みつけ、挑発するように俺は吐き捨てる。



「ふふっ」



 蛇女は嬉しそうに鏡を、ふわりと近寄ってきた偽空海に恭しく手渡した。



「ほぅ……これは……」



 偽空海は鏡を受け取ると、月明かりにかざしてマジマジと眺めた。



「素晴らしい。強い神の気が宿っておる。

 是非とも、私の兵隊の一人に加えるべき逸品だな――」



 ――『緑青(ろくしょう)の鏡』は月明かりを反射し、鈍く光っていた。



「――っ。私たちをどうするつもりなんだ」



 俺は、圧迫されながらも偽空海に問いかける。

 苦しい……苦しいが、前世の――上司や同僚からの重圧に比べたらなんのそのだ。

 肉体的な重圧の方が、どちらかというと耐え易い。



「――ふむ。そこの学侶(がくりょ)は、山(やま)や寺に私のことを伝えてもらわねばならぬゆえな。命ばかりは助けてやろう」



 偽空海は、良源(りょうげん)を見下ろす。



「誰がっ――がはッ!!」



 さらに力を強め、反抗する良源(りょうげん)を圧迫する。

 そして俺の方へと向き直し、此れ見よがしに手に持った『緑青(ろくしょう)の鏡』見せつけながら偽空海は口を開いた。



「この鏡も手に入ったことだ。

 貴様にはもはや用はない、ここで果てるがよい――」




    ――ズズン ッ




 水をいっぱいに入れた風船でも乗せられたかのように、体の重力が増す。

 いくらエーテルで強化しているとはいえ、もう耐えられる圧力ではないのだろう。


 エーテル体がギシギシと軋むような感覚があった。



(空海・異体《クウカイ・ヴァリアント》の末那識(まなしき)『空海システム』に私たちの『空海関数ウイルス』が侵入できました――)



 ――やっとか。

 Yuiさんは俺か式神の『緑青(ろくしょう)の鏡』に偽空海が触れば、『空海関数ウイルス』によって、『弘法池(こうぼういけ)』からのエネルギールートを書き換えられると言っていた。

 『緑青(ろくしょう)の鏡』に興味を持っているから、鏡を出したら自分から拾ってくれるのではと思っていたが、案の定持ってくれたまではよかったのだ。



 だが、やはり触ってすぐには『空海関数ウイルス』を侵入させることはできなかったようだ。

 Yuiさんからなんの合図もないので焦って会話で時間稼ぎをしていたが、今ようやく感染したらしい。



「三密を用いずして我と同じ技を使う者、捨て置くは危うかろう。竜女、この男を殺せ――」



 偽空海は蛇女に指示を出す。



 

   ――シュルル ル ル


              ――シャー ッ




 俺の側にいた蛇女は、先の割れた長い舌を出し入れし、腕を振り上げた。




   ――ズズン ッ




 偽空海からの圧力がさらに強くなり、意識が遠のき始める。



「――俺さあ、あんた達から仕事、押し付けられた時……あの日さあ、Vtuberマ○ン船長の生誕祭だったんだよなぁ。

 早く家帰って生配信見たかったんだよ……」



 朦朧とする意識。

 もう、自分でも頭の中がぐちゃぐちゃになり、自分でもよくわからないが、前世のことを口走っていた。



「――ん? 何をいっておる?」



 蛇女が俺の呟きを聞き、気味の悪い体を伸ばし、シュルシュルと舌を出しながら耳を近づけてくる。



「――ッ、だから三次元女に興味ないってんだよっ、気色悪い!!!

 お前に気があるわけないじゃん!!」



 肺に残っている空気を使い、俺は蛇女へ向けて吐き捨てていた。



(空海・異体《クウカイ・ヴァリアント》の『空海関数ウイルス』によりエネルギールートを完全に変更。龍脈からのエーテルエネルギーは『緑青(ろくしょう)の鏡』へと移行します)




 Yuiさんの声が脳内に響く。


 その瞬間、偽空海が持った鏡に、膨大なエネルギーが集まるのを感じるのだった。






※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。

※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。

※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。