第十六話 怪僧討伐、近江へ
なんだかんだで文月(7月)になり、怪僧の討伐遠征を迎え、俺は京を出発した。
いくら霊力が使えるとはいえ、「僧」や「陰陽師」という役割で同行するのではない。
そりゃ、ただの主計寮に勤める、下級貴族なんだから、そんなことを任せられるはずがなかった。
ただ、流石は賀茂忠行。
そのまま取りやめとなってくれればよかったのだが、無理やり捻じ込んだらしい。
結局、俺は朝廷側に立って、この討伐の成り行きを見定める役として、同行する羽目になったのだ。
「比叡山」対「東寺」。
「天台宗」対「真言宗」の結果を見定める役となってしまった……。
いや、少し話を盛りすぎか。
正確にいうと従五位下行右衛門大尉兼、検非違使大尉平朝臣守澄という、お偉い人がリーダーになったのだ。
俺は「朝廷側のお目付け役チーム」にて、事務方兼、書記官として同行することとなったのである。
下級だが、一応貴族である俺。
一応チームNo.2だ。
リーダー、平朝臣守澄。
事務方兼、書記官は俺。
その他にも四人いるのだが、そいつらは恩赦の代わりに検非違使の手先となった男たちだ。
ようは犯罪者集団を用心棒にしているわけなのだが、この連中が怖い怖い。
まあ、平判官殿も屈強な四十代の武者といった感じで怖いのだが、どこかしら品はあった。
しかし、この犯罪者集団は、黒腕の剛太と呼ばれる男を筆頭に、某世紀末伝説に出てきそうな奴らである。
当然、見た目、ひ弱なおっさんである俺に対しては、奴ら舐め腐った態度で接してきていた。
一応仲間とはいえ、こいつらのことは信用はできず、野宿の際はYuiさんに見張ってもらうことにする。
そんなわけで、くっそ暑い熱帯夜と相まって、眠れない日々が続いたのだった。
本当に勘弁してほしい。
しかも、一緒に行く予定だった、寛朝率いる真言宗の東寺チーム。
比叡山に寄って、良源率いる天台宗チームと合流して、近江国甲良郷へ行く予定だったのだが、「比叡山の者たちと馴れ合うつもりはない」と言い出し、京を出る時点で、別行動を取って現地へ向かってしまったのだ。
彼らは逢坂関を経由して、前世の滋賀県大津市あたりにある近江国府に立ち寄るという別ルートで向かうらしい。
まあ、信仰を賭けた勝負だからな。
あわよくば先に行って解決してやろうと思っているだろう。
寛朝は十五歳という若さだ。
先が長くなさそうな宇多法皇が、亡くなる前に「手柄をたてさせてやりたい」という噂は本当なのかもしれない。
……。
もう一度言う。
本当に勘弁してほしい。
この時代の坊さんヤバすぎだろ。
奴らの血の気の多さに辟易としながら、道中を進む。
のっけから、どう考えても、穏やかにすみそうにない空気。
いや、マジで勘弁してくれ。
――――――――――
じりじりと肌を焦がすような陽射しと、水面からのねっとりとした照り返しが、容赦なく俺の体力を奪っていく。
比叡山の東麓、坂本の湊を出立した五隻。
平田舟の船団は、波一つない淡海を東へと進んでいた。
「……暑い」
最後尾を走る俺たちの乗る舟――
その船縁に座り、忌々しげに汗を拭ったのは、「朝廷側のお目付け役チーム」リーダーである平判官殿だった。
数々の凶悪犯を捕らえてきた屈強な武官といえど、この異常な猛暑には参っているようだ。
そう、確かに暑いのだ。
今年の干ばつは、尋常ではなかった。
都を出てここに至るまで、水が枯れ果てた川や路傍で倒れ伏す農民の姿など、嫌というほど見てきた。
現に淡海の港では水が干上がってしまっている箇所があり、出航するにも一苦労だったのである。
この調子なら、日照りの被害は各所に広がっているのだろう。
背後にそびえ立つ、巨大な比叡山。
その黒々とした影に、圧迫感を感じながら俺たちの乗った船は淡海を進んでいる。
東寺チームが先に向かったと聞き、良源たちは慌てて船を用意したのだ。
淡海はこのような状況になっているが、流石に船の方が陸路を歩くよりか格段に早い。
彼らに追いつくためにはそれしか方法がないのだろう。
ただ、早いと言っても、目的地の犬上川の河口までは丸一日かかる。
そう、まだまだ時間はかかるのだ。
俺は、時間を潰し、暑さを紛らわせるために、怪僧討伐までに準備していたことを、反芻するように思い返していた。
まずは、『緑青の鏡』の使役。
これは嬉しいことに、真名を使うことによって、無事、十分すぎる形で使役は成功していた。
さらに今現在、俺の懐には『緑青の鏡』が収められており、この討伐遠征に連れてきているのだった。
理由はこの鏡の性質にある。
なんと、『緑青の鏡』が十分な力を発揮できるようになることで、あの、隠世の塗籠が使えるようになったのだ。
つまり、どういうことかと言うと「鏡を通じて隠世の塗籠に物を収納できるようになった」のである。
そう、お分かりいただけただろうか。
みなさん大好物、チート中のチート、アイテムBOX的なことができるようになったのである。
そりゃ、この遠征に連れてくよね。
鬼の実体化を使うには、鏡面に、作り上げた隠世と同じ塗籠が映っていることが条件なので無理なのだが、それでも、この隠世が使えるのは十分なメリットだろう。
もちろん、他の連中には言ってない。
そりゃ当然だろう。
コイツら、官位が全てのスーパーブラック企業体質なので、そんなことができると知られたら俺が使い倒されてしまう。
お口チャックでファイナルアンサーが賢い下級貴族の処世術だ。
――さあ、どんどん行こう。
次は法力関連。
Yuiさんと一緒に作った法力や呪符がこれだ。
[DISPLAY] -----------------------------
【赤帝の矢】(発動消費EP:7)
当てることで対象を物理的に炎上させる。
【着火】(発動消費EP:5)
触れている対象に着火することができる。
【赤帝地雷符】(作成消費EP:7)
触れた対象を物理的に炎上させる。
----------------------------------------
え、これだけかって?
正直、法力は必要になるたびに作るのがいいのではないかという話になったのだ。
せいぜい使用頻度が高いものは数個ぐらいなので、沢山作りすぎると俺が覚えきれない。
よく使いそうなもの以外は、Yuiさんがその場で組み上げてくれるので「作り置きしておく必要はない」となったのだ。
とまあ、俺自身のEPは『緑青の鏡』を調伏したことによって50以上となり、体の動きも絶好調に良くなっていた。
二十の頃よりも遥かにいいぐらいで、びっくりしている。
そもそもこの遠征で俺は、戦力としてカウントされてない。
なので戦闘中は『隠行符』で身を隠し、終わったら現れるぐらいでもいいのではないだろうかと思っている。
道中の病原菌や虫、軽い汚れについては『浄化の護符』がある。
水や食料は『緑青の鏡』にこっそり隠しており、「暑さ」と「コミュニケーション」以外は困ってなかったりもするから、もう、これ以上、怪僧討伐に関しては用意することはなかった。
ただ、「暑さ」と「コミュニケーション」が一番のストレス――
なので、この遠征が辛いことには変わりがないがなっ。
それに一番嫌なのは遠征に出ることよりも、遠征に行くことで時間を使ってしまうことなのだ。
藤原淑姫様の隠居先を作るのにも時間が必要なのに、この遠征期間、何もできないのは非常に痛い。
なので、俺が遠征に出ている間、作業を進めておけるように様々な準備をしておいた。
『緑青の鏡』を使役した今、法力を作るよりその準備で手一杯だったのである。
この遠征に出る前に、基礎である地盤の工事を終え、重要箇所にコンクリート、その他は灰と土を練り固めたもので固め、礎石が重さで沈まないようにしていた。あとは俺が帰ってくるまでに、家の骨組みまでは作っておくように指示を出しておく。
土壁や漆喰は、乾燥させる必要があるから、俺が帰ってからの作業となっていた。なので土壁予定の場所に、竹を編んだ格子を組んでおいてもらう。
あと、知識チート的なものも出発までに、いくつか考えていた。
この時代にもある油紙だが、それを使って窓製作をしたいと思っている。
乾性油を使ってプラスチックのように硬化させた油紙は、防水や透過率がいいので障子を作るのにもってこいだと思うのだよ。そのために庭で乾性油であるエゴマを栽培していたりもするしね。
だがこれにも問題点はある。
一つ目はエゴマ油を取るための圧搾方法。
二つ目は黄ばんだエゴマの脱色方法だった。
これが普通の和紙にエゴマを塗ると、黄ばんだ障子となり汚くてホラーっぽいものとなってしまう。それにエゴマ臭さがプラスされ、とても快適とは言えない空間となってしまうのだ。
そこでYuiさん先生に相談したところ。
(圧搾には楔式の圧搾機を作りましょう。
両サイドから横方向に楔を打ち込み、楔で広がった幅を下方向の圧力に変換するのです。
また、エゴマの脱色と脱臭には、炭と日光を利用します。
食用ではないため、炭の粉に不純物を吸着させた後、紫外線によって黄色い色素を破壊するのです。これで透明度の高い油になりますよ)
という返事が返ってくる。
じゃあ、帰ったらそれらの作業ができるよう、遠征中、楔式の圧搾機を作っててもらうことにした。
他にもそれだけではない、ふわふわした綿的なものを作って寝具を作ろうと考えていた。
この時代の寝具は、草の筵に寝そべって、自分が昼間着てた服を掛け布団にするという地獄の環境。
上流貴族様なら畳が敷けるので、まだいいが、歳をとるたびに寝るのがキツくなってきていた。
年寄りが凍死するなんて珍しくない時代。
長生きするためには、避けて通れない問題だった。
ただ布団をつくろうにも、現状コットンは普及しておらず、数を揃えるのが困難だ。
なので、Yuiさんに綿風のものを考えてもらうことにした。
そして出来たのが、植物の繊維を潰して毛羽立たせ産毛を作り、それを縦横交互に重ねていった「植物繊維のふわふわシート」なのである。
工程はこうだ。
[DISPLAY] -----------------------------
1.葛を沢山集めて煮る。
↓
2.おけの水に2~3日漬けておく(発酵)。
↓
3.水から引き揚げて井戸水で洗う。
↓
4.繊維を木槌で叩き毛羽立たせる。
↓
5.半乾きにして「竹製千歯扱き」に通す。
↓
6.梳き終わった繊維を乾かす。
↓
7.乾いてフワッと産毛が立った繊維を、縦・横と格子状に重ねる。
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出来上がったものを、布の袋に入れれば完成である。
まあ、試作では前世レベルの綿布団が作れたわけではないが、木の床に布を敷いただけに比べれば格段に快適なものが出来上がった。
座布団ぐらいの試作ができたので、出発までには毎日少しずつ作りためていて貰えば、俺が帰ってくるまでに布団二、三枚分ぐらいはできているのではと思っている。
「おう、後ろの舟! 漕ぐ手が鈍っておるぞ!」
先を走る良源率いる天台宗チーム。
その最も先頭にいる、堂衆たちの棟梁が後ろを振り返り、怒声を飛ばした。
反芻していた思考が一気に引き戻される。
前に続く舟たちには、比叡山から連れてこられた二十名近い堂衆たちがぎっしりと乗り込んでいる。
僧衣を着てはいるが、無骨な薙刀や鉄の錫杖を握りしめた彼ら。
こちらも某世紀末伝説に出てきそうな奴らで「仏道とは?」と言いたくなるような荒くれ者にしか見えない。
「急がぬか!山の威信にかけて東寺に先を越されるわけにはいかん!
それに平判官殿。我らのみにて事件は片付けてみせる故、今回は手出し無用に願おう。主計の少属については身の程を弁え、大人しく見物しておるがよい」
並走していた船の舳先に立っていた、若い僧、良源が俺を冷たい目で睨んでいた。
お望みの通り、俺は余計なことをするつもりは無い。
しかし、そんな目で見られてもなぁ……。
俺は肩をすくめて「わかっている」と返した。
進行方向――
遠くに見えるのは東の鈴鹿山脈と、その北寄りに鎮座する霊峰・伊吹山。
淡海から立ち上る陽炎に歪むそれらの山々は、まるで長大な城壁のようにこの湖を取り囲んでいる。
暑苦しい空気が、犬上川河口に近づくにつれ、泥と血の混じったような、生臭いものへと変わっているような気がするのだった。
【第十六話・用語解説】
■ 平安用語
・主計寮
太政官八省のうち民部省に属する被官の一つ。諸国から納められる調・庸などの租税・貢納物の計算・監査を担った役所。
・検非違使
平安京内の治安維持・警察・裁判を担った令外官。
・検非違使大尉
検非違使庁における三等官(尉)。庁内の実務を統括する武官職。
・右衛門大尉
右衛門府(宮城の警備等を担う官司)の三等官。
・少属
諸司(寮など)の四等官のうち最下位にあたる「属」の下位区分。下級の事務官。
・淡海
琵琶湖、または近江国の古称。「近江」の語源ともされる。
・平田舟
底が平らで喫水の浅い、川や湖の輸送に適した小型の舟。
・逢坂関
山城国と近江国の境に置かれた関所。京から東国・近江方面へ向かう際の要所。
・堂衆
比叡山延暦寺において、学問を修める学侶とは別に、雑務・警護・力仕事等を担った下級の僧集団。武装することも多く、後には僧兵の中核をなした。
■ 登場人物・歴史人物
・賀茂忠行【実在人物をもとにしたキャラクター設定】
陰陽師。純友を今回の遠征に同行させた張本人。
・平朝臣守澄【本作オリジナル人物】
朝廷側のお目付け役チームのリーダー。従五位下・右衛門大尉・検非違使大尉を兼ねる。
・寛朝【実在人物をもとにしたキャラクター設定】
東寺(真言宗)チームを率いる僧。
・良源【実在人物をもとにしたキャラクター設定】
天台宗チームを率いる若い僧。後の元三大師。
・剛太【本作オリジナル人物】
元犯罪者の用心棒集団を率いる男。
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※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。
※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。
※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。




